1.モールラガードでの一夜 01
この世界は二つに別れた大きな大陸が存在する。
そのうちの一つ、東パンゲア大陸の中央にあるジャルディア国。
そこで一番大きな森に隣接した商業都市モールラガードは、主要街道に突き刺さるような形で存在していた。
街のぐるりは高く頑丈な石造りの塀で覆われている。
そこへ出入りするには、街道の流れで作られた東西にある関所を通るしかない。
戦士と魔法使いが混合編成された警備兵達の手で厳重に守られた門を、今日も大勢が行き交う。大半が静かに。気配を殺すかのように。俯いて。
戦士達は怪しい人物がいないか。
魔法使い達は怪しい術がかけられている者がいないか。
くまなく目を光らせている……はずだった。
そこにいるすべての者が間違いなく怪しいと思う一団を、戦士は親しげに笑って通した。
だが、誰も異を唱えない。
その一団は奴隷商人。この商業都市でも扱われている『商品』の売買の為にやってきたのだ。
街中で人身売買が当然のごとく扱われている証しだった。
奴隷商人の一団の後ろには、小麦の入った袋を山ほど積んだ馬車が。大騒ぎをしながら走る子供達の塊が。徒歩で道を行く老若男女が続く。
大騒ぎしている子供達以外は、皆、警備兵達とは目を合わせないように歩いている。肩と背中に緊張をべったりと貼りつけて。
それが伝播する。
皆が皆、びくびくと身を固くして、歩く。
それをわかっていて、警備兵達は見張り台から行き交う人々を睥睨する。
そして、その中の戦士の一人がニヤリと嗤った。
「おい、そこの男」
成人男性の腰ほどの高さのある木製の見張り台から戦士が声をかけたのは、いかにも気の弱そうな痩身の中年男だった。
男はひいと甲高い声を漏らし、固く固く直立する。
「その態度、怪しいな。何を企んでいる?」
「ななな、何も企んでなんか……じ、自分は薬草を売りに来ただけで……」
「まさか、毒草じゃねぇだろうな? たっぷり調べる必要がありそうだ。ちょっと来い」
「ひ、ひいい、ほ、本当だ! 俺は毒なんか……や、やめ……うわっ、あああ……!」
戦士達に腕を搦め捕られた男は、引きずられるように見張り台の裏の詰め所へと連れて行かれた。
「あーあ。あれは、いくらか賄賂握らせないと解放されないわね」
「賄賂で済んだらいいけどな。薬草が高値で取り引きされてるモンだったら、全部没収されて、追い出されちまうぞ」
少し後ろで一部始終を見ていた男女が言葉を交わす。
二人共、麻色のマントのフードを目深に被っていて、顔はほぼ見えない。
俯かず、長身をまっすぐ伸ばし、堂々と歩いている。
特に男はずば抜けて背が高い。群衆の中から頭二つ分は出ていた。
「ここの関所は命までは取らないから、まだ安全よね」
そう言って、女は赤い唇の端を軽く釣り上げた。
「っていうかさ、おなかすいたんだけど。さっさと宿に向かうわよ」
「はいはい」
二人は揃って分厚い石造りの壁を潜る。
少し歩いたその先に広がるのは、高くても三階、多くが二階建ての、煉瓦造りの店舗が並ぶ雑多な町並みだった。
関所を出てすぐの丸い広場からは、太い道が四本、扇骨のように広がっている。
どの道も、左右に旅人目当ての屋台が並び、店員達の呼び込みと行き交う人々の声が複雑に響いていた。
それを越えた先には、一階が酒場になっている宿がずらりと続いている。
そこを根城に旅人は街で商売をして、また関所を潜る。
せっかく儲けた金を関所の警備兵に取られぬように緊張しながら。俯いて。
「宿は、禿親父んとこにするぞ」
「ふとっちょと痩せてるの、どっちの宿?」
「太ってる方」
「ええ~……あそこのクゥリ、不味いじゃん」
「クゥリで選んだら風呂が駄目って文句言ってたのは、お前だろうが。どっちか我慢しろ」
「ちぇっ。んじゃあ、風呂優先。ふとっちょのとこで我慢するわよ」
女は文句を言いながら、屋台の試食の林檎に指を伸ばした。形良く長い指で薄く切られた木の実を摘み、口に運ぶ。
続けて進行方向にある焼き菓子、干し魚、ドライフルーツを、ひょいと取っては、ぱくりと食べ歩く。
とうもろこし入りのパンの試食を狙い、女が手を伸ばした瞬間、長身にふさわしいがっしりとした指が、白い指を大雑把に掴んだ。
「いだだだ、折れる折れる折れる!」
「だったら、つまみ食いをしながら歩くのをやめろ。みっともない」
「食べていいのを摘まんでるだけじゃん。うっさいなぁ。んじゃあ、買ってよ。マジおなかすいてんのよ」
「宿まで我慢しろっての……ったく……」
男の呆れたような声は、元気な子供達の声に掻き消された。
男女は揃って声の方を見る。
そこにいたのは、先程、元気に関所を潜っていた子供達だった。