1.モールラガードでの一夜 09
「あら、大勢で遊びに来てくれたのぉ?」
ほろ酔い加減の女の艶っぽい声に、ならず者達がびくりと身を竦めた途端、部屋に目映い光が入り込んだ。
続く雷鳴。
それが収まるにつれ、ならず者達の視界も戻ってくる。
部屋に目的の三人がいた。
まずはネフ。
窓を背に、ベッドボードに凭れ、あぐらを掻いている。煙管まで咥えて。
その膝の上に眠たげな少女が座っている。脅える風でもなく無表情で。
ネフ達とならず者達の間にフォルがいた。躰の線に沿った薄い夜着から露わに出ている艶めかしい脚を組み、ベッドの縁に腰掛けている。
雨が強く降ってはいても夜明けが近いのか、僅かに明るさがある。その中で、招かれざる客の面々を見て、フォルは嬉しそうに笑った。
「見て、ネフ。やっぱあの時の男達だわ。賭けはあたしの勝ちよ。はい、五百スーフラ」
にやにやと嬉しそうにフォルが右掌を広げる。ネフはチッと舌打ちしてから五百スーフラコインを投げつけた。
「来るのがわかってやがったか……」
「ばれるのがいやなら、この宿に入ってすぐ気配を消しておけば良かったのよ」
ならず者達はぎょっとする。
階段を上がってきた気配や、廊下を歩いていた気配ではなく、何時間も前に一階の酒場に入った時から、こちらのことがわかっていたのかと。
そして、今以上、部屋に踏み込むか否かを逡巡する。
「ふふっ……ふふふっ……」
くすくすと笑うフォルが上体を軽く曲げた。
タイミングを合わせたかのような雷光。
強い光に薄い夜着が透け、下着をつけていない豊満な胸の形がくっきりと浮かび上がった。
妖艶が、ならず者達の逡巡を断ち切った。
「ここまで来て、引き返せるか!!」
ドアを開けた男は舌舐めずりをして叫ぶや否や、剣を振り上げ、フォルに突進する。
それを避けるでもなく、武器を手にするでもなく。
フォルは――滑らかな脚を大きく広げた。
予想外の動きに男は剣を振り落とすのが一瞬遅れた。
その隙に、華奢な両踵が男の背中に引っかかる。
強引に、ぐいと引き寄せ、フォルは男の腰に両脚を搦めた。
「お馬鹿さん」
軽やかな声に、ごりっと歪な音が重なった。
男は、驚きの顔のまま剣を床に落とす。
蠱惑的な脚がするりと離れると、男の躰は糸の切れた操り人形のようにどうと床へ落ちた。
下半身は俯き、上半身は仰向けに倒れたそれは本当に人形のようだった。
歪形になった仲間を見て、ならず者達は察した。
今の音は腰骨を折られ、神経を切断されたのだと。
――女の脚が絡んだだけで。
「お、おい……やっぱ噂は本当だったんだ……胸に宝石が埋め込まれてる女戦士は……人間最強……いや、最狂だって!!」
「失礼ねー。最強でいいじゃないの」
今し方屠った男の横に、フォルはすらりと立ち上がる。
それだけで男達は呻き、軽く躰を仰け反らせた。
「どうしたの? あっちのデカいの殺して、ちびっこ誘拐して、あたしを犯そうとか考えてたんでしょ? やらないの?」
フォルが一歩前に出ると、男達は一歩下がる。
「そっちがやらないんだったら、こっちからいってあげる」
フォルの姿が消えた。
音もなく飛んだのだ。
「どこだ!?」
「くそっ、暗いから……がっ!?」
一番前にいた男が呻いた同時に、ごきりと鈍い音が響いた。
男はどうと床に頽れる。
首は天井を向き、胴はうつ伏せになっていた。
フォルが首に腕を巻きつけ折ったからだ。
「ひっ――っ」
ならず者達が悲鳴を上げる前に、フォルは一人の男の頭を鷲掴みにして廊下の壁にめり込ませる。
ごづんという音がたち、壁に亀裂が入る。その中央で男は全身を大きく一度痙攣させた後、まったく動かなくなった。
あっという間に素手の女に三人の仲間を殺された――
その事実に、残った男達は声を出すのも忘れ、団子のように固まって我先にと廊下を走る。
暗がりでゆらりと光る二つの瞳が後を追っていった。
「フォルには七人……いや、四人になっちまったか。で、俺には二人って。なめられたもんだな」
全員が逃げた訳ではなかった。
部屋の隅にいるのはならず者達のリーダーと、もう一人。
「煉組術師か……」
ぷかりと輪の煙を吐くネフは、まったく動こうとしない。
「このっ……! なめてんのはどっちだよ!」
業を煮やしたリーダーの男は、雄叫びを上げ剣を振り上げネフに突進する。
ネフは右腕を上げた。指は背後にある窓の留め金にかかっている。長く逞しい指でそれをはずす。
突進してきたリーダーが、ベッドに飛び乗ったのに合わせ、ネフは沈み込むように躰をずり下げた。
マットレスが不規則に揺れ、男はバランスを崩し、窓に突進する。
「あっ、あっ、あっ……ああああ~~!!」
男がぶつかった勢いでぱっかりと窓が開いた。
男の躰は窓の外へと飛び出す。
そして、そのまま石畳へと落ちていった。
下でびちゃりと水分の詰まったものが潰れる音がした。
それを聞かせまいとネフは少女の両耳を手で塞いでいた。
「ん?」
その手に違和感を覚え、ネフは目を落とす。
両手首には太い草の蔓が幾重にも巻きついていた。
ぐっと強く上へ引っ張られた。大きな手が少女の頭をするりと滑り上り、頭頂を超えた瞬間、両手首をがっちりと締められてしまった。
ネフは目で蔓を追う。煉組術師の掌へと続いている。
「てめえが作った獲物を縛める為の魔術道具ってわけか。へー」
両手を縛められ、自由を奪われているというのに、ネフは呑気に感心した。
ネフの目の前で、膝の上の少女がふわりと浮いた。少女の胴体には別の蔓が絡まっている。煉組術師が魔法で命じた為に浮かび上がったのだ。
「おっと」
音もなく煉組術師の方へと戻る蔓を、ネフは掴んだ。
黒いフードの下で、煉組術師はニヤリと嗤った。
魔法で動く蔓の力は、巨象や熊のような力強さを備えている。その力強さに耐えられるよう、蔓も頑丈に強化していた。剣で切ろうとしても同じ場所に何度も刃をたてねば断ち切ることはできない。
このまま男ごと引き寄せ、蔓を操る反対の手に持つナイフで首を刺せばいい。女と戦っている仲間を見捨て、蔓を使って窓から逃げれば問題ない。
そう思っていたが……
「よっと」
まるで、水分にふやけたパンでも扱うように易々と、ネフは蔓を手で千切り、かくんと落ちた少女の躰を受け止めた。
「なっ……!?」
フードの下から驚愕の声が大きく響いた。
「この蔓を素手で簡単に千切っただと!? 理論上不可能だ! そんなことができるのは……まさか、貴様――」
煉組術師の言葉はそこで止められた。
躰が宙に浮いていた。
自身の身に何が起こったか理解できたのは、ネフの頭上を通り過ぎた時だった。
ネフが手首に絡まる蔓を勢いをつけ、引いたのだ。
その為に、煉組術師の躰は浮き上がり、ネフと少女を超え、窓の外へと勢いよく飛び出した。
煉組術師は新たに蔓を出し、先端を窓枠に引っかけた。
ネフが蔓を千切り、地面に叩き落とすと考えたからだ。
だが、実際は違った。
雨の中、宙に浮いていた躰が、ぴたりと止まった。
何が起こったのかと、煉組術師は飛び出したばかりの窓を見る。
ネフが蔓を掴んでいた。
止まったのは一瞬。
飛び出した勢いのまま、煉組術師の躰が向かうのは、宿の外壁。
落下せず、振り子のように壁に向かう。
「ぎゃ――」
どごんと壁が壊れる音と、蛙が踏まれた時のような声が同時に聞こえた。
ネフが窓の下をひょいと覗く。煉組術師の躰が壁から離れ、石畳に落ちていくのが見えた。
妙な形になった煉組術師がぴくりともしないのを確認すると、何重にも絡まる手首の蔓をたやすく千切って窓から捨てる。少女の胴に絡まっている蔓も千切り、窓外へ廃棄し終えると、ぱたんと窓を閉めた。
(……やりすぎちまったかな……)
軽く息を整えてから、ネフは少女に優しい声で語りかけた。
「びっくりしたな。大丈夫か?」
ネフは膝の上に座らせたままの少女を見る。
少女は顔色も表情も変えず、じっとしていた。
「あのな。今、攫われそうになったんだぞ? そういう時は、きゃーとか大きな声で悲鳴を上げるんだ」
「……きゃー?」
「そうだ。怖かっただろ?」
「……こわいって……なに?」
ほんの僅か、はっとした顔になったネフは、少女の頭に大きな掌を置いた。
「そうだな。怖いとか寒いとかそういうの忘れたっていうか、わかんねぇ顔で突っ立ってたもんな。愚問だったな。だけどな……だからこそ、か。お前さんと一緒にいれば、あいつの為になりそうな気もするんだ。だから、一緒にいたいってのあんだけどさ……俺達は、こんなだから。難しいだろうな……」




