みっつ、白城香は帰宅する。
やっと、やっと、放課後になった。
昼休みを終えてから、やたらと黒城薫の視線を感じていたので、午後の授業中は落ち着かなかった。やたらと気になるので自分は自意識過剰なのだと言い聞かせ、黒板と先生を凝視していた。
授業が終わった後の、可愛いクラスメイト達に囲まれての勉強会は、もちろんとても楽しかった。今週末に一緒にケーキバイキングに行くことになって、私の心は花畑にいるようだった。週末が楽しみで仕方がなかったの。
お花畑が過去形なのはなぜかって?皆さんもうお分かりでしょう、いつものパターンですよ。どうしてだか黒城薫が昇降口のドアに寄りかかっているのです。しかも、私の下駄箱が真正面に見えて、避けて帰るとかどうにも出来そうにない位置に立っているんですよ。あれで女子制服を着ていたなら、間違いなく男子生徒たちの視線を今よりも集めていたでしょう。ああ、彼の周りに花が咲き誇っているようだわ。
しかし、どうしたものか、かれこれ30分は時間を潰してきたというのに、黒城薫はまだあそこにいる。もう夕暮れ時で、残っている生徒もまばらだというのに一体だれを待っているのかしら。もしかして、待ち人来ず?約束をすっぽかされたのかしら。
ーーまさか、私に…?
いえ、そんなはずはないわっ!ただ部活動をしている生徒を待っているだけなのよ。そうよ。なにをこそこそしていたのかしら。声をかけられる訳でもなく、約束をしていた訳でもないのだから、あの男が私に用があるなんて思う方がおかしいのよ白城香。ちょっと最近自意識過剰が過ぎるのよ。そうよ。ここは堂々と目の前を可憐に去ってあげれば良いのよ。儚げな雰囲気は黒城薫にお譲りして、私は可憐で太陽みたいな方向性を目指せばいいのよ。さあ、歩きだすのよ!
「あれ、姫。どうした?怪我でもした?」
「たまには一緒に帰ろうと思って…」
「ふーん?もう少しかかるから、ちょっと待ってて。」
太陽にはなれそうにないわ。だって今日のあの男はなんだか変なんだもの。水上先生の不思議そうな視線は気にしないように、保健室のベッドに腰かける。自意識過剰と思われたって良いわ。もう、今日は極力関わらないようにしておきたいのだもの。この日のことを私はずっと後悔することになるなんてことはないわ、寧ろ未来の私は今日の私に感謝するはずよ。
「姫、待たせたな。後は鍵を職員室に帰すだけだから、先に裏門で待ってろ。」
「あ、はーい。」
あれから数十分経過しているとはいえ、黒城薫はまだあそこにいるかも知れない。だけど、何か話しかけてきてももう大丈夫。私には謙ちゃんバリアがあって、どんな人のお誘いも跳ね返して見せるわ。
そうやって恐る恐る昇降口を覗けば、黒城薫はもう立っていなかった。やはり待ち合わせは私ではなかったのね。なんとなく自分に用があったのではないと少し気分が沈む自分がいるけれど気のせいにしておこう。下駄箱を見ても手紙も入っていないし、後から現れたりもしない。何を怖がる必要があったのかしら、白城香。本当にあなたは最近自意識過剰だわ。さっさと靴を履き替えて裏門で待っていよう。
カサッ
靴の中に綺麗に折り畳まれた紙が入っていた。開いてみれば、簡潔に文字が綴られていた。
『明日の昼休み、屋上に。』