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ひとつ、白城は図書室で勉強をする

ああ、放課後になってしまった。考え事をしていたら1日はあっという間に終わってしまうものね。授業なんて聞いてないようなものだったけど、大丈夫。高校三年間で習う授業の内容は新学期が、始まる前に終わらせておいたから。花嫁修業と思えばこのくらい、なんてことはない。さあ、来るが良いわ黒城薫。あなたの分からないところの全てを私がさらりと解説してあげる。そして思うが良いわ、なんて完璧なお姫様みたいな人なのだろうと!さあ、お座りなさい黒城薫。


「あ、あの白城さん。私達も教えて頂いても良いでしょうか。」


あら、可愛いクラスメイト達ではありませんか。

そういえば、いつの間にか人が増えている気がする。人があまりいない席に座ったはずなのに、私たちの席の周りだけ人の密度が高くなってしまっている。もちろんこの程度の人数を捌くのは余裕よ。


「ええ、もちろんよ。」


本当なら黒城薫なんて放っておいて、可愛らしい貴女たちにかまってあげたいのだけど、約束は約束。今日はこの男と約束をしてしまったのだから。でも、二人きりなんて約束はしていないのだから、人が何人増えようと約束を破ることにはならないわよね。ええ、ならないわ。


「あ、でも」


と、クラスメイトのひとりが遠慮がちに黒城薫の方を見た。


「明日も黒城くんとお勉強されるのでは……?」

「ええ。でも二人だけでする必要もないし。ねえ、黒城くん」


そんな男に気を使わなくてもいいのに。黒城薫、可愛いクラスメイト達に言って安心させてあげなさい。そんな今気がついたように目を丸くしていないで、私と貴方は二人だけで好んで勉強する仲ではありませんと、もちろん一緒にやりましょうと、さらっとはっきりと言ってしまいなさい。


「僕は二人がいいなと思ってるけど…」

「な」

「まあ…!」


私はそんなこと塵ほども思っていないのですけど!ご冗談をと否定の言葉を繰り出す前に黒城薫は言葉を紡いだ。


「やっぱり、独り占めはだめだよね…?」


黒城薫が困ったように首を傾げる。さらさらと後ろで軽く結ばれていた髪の毛がこぼれていく。それだけで女子生徒は先ほどよりもほんのり頬を染める。わざとやっているんでしょう!それにクラスメイト達、何をやはり、とか思ったとおり、とか嬉しそうに言っていますの?


「いえ、黒城くんと白城さんのお邪魔は致しませんわ。」

「佐々木さん、ちょ」

「白城さん、少し残念ではありますが、やはり王子さまの隣はお姫様が似合いますもの。」


似合いませんから!似合いませんから!いまさらっと私を王子さま呼ばわりしましたね!?

ああ、このままでは明日もこの男と勉強することになってしまう。噂の的になってしまう。しかもきっと男役は私なのだわ!そればかりは阻止しなくては。ひとつ咳払いをしてから、クラスメイトに向き直り手を握る。


「佐々木さん、今日はその残念ですが、良ければ明日、一緒に勉強をしましょう。」

「白城さん…でも」

「私は佐々木さんとも勉強したいの、良いでしょう?」

「は、はいっ。」


よし。これで連日あの男とお勉強という事態は避けられそうね。それに、やはり一緒に勉強するなら可愛い女の子の方が良い。隣の子も一緒に頷いている。あかく染まる頬も可愛いわ。

まだ黒城薫の存在を気にしているようだったので、だめ押しでひそりと耳元に呟く。


「明日、もっとお話をしましょう?」

「白城、さま」


とっておきの声と笑顔で囁けばほら、余計なことなんて考えられないでしょう?


「だから、また明日、ね」

「はい、楽しみしています!」


その流れのまま、クラスメイトたちを図書館の入り口までお見送り。笑顔で帰っていく姿もとても愛らしい。


ーーこれで明日は可愛い乙女たちと勉強会ね!


姿が見えなくなったところで静かに扉を閉めた。私は静かにあの男のいる席まで戻り、対面に静かに座る。


「皆さんをからかうのは程ほどにしてください、黒城くん。」

「うん、ごめんね?でも本心だよ。」

「それは、静かに勉強したいという意味ででしょう。」

「うん。僕は静かに君と二人で勉強したいと思ってるよ。」


…だから、その顔はずるいんですよ、黒城薫。私だからまだ良いものの、他の人なら貴方の笑顔を見ただけできっと惹かれてしまうんだから。その言葉だって勘違いしてしまう人は大勢いるのに。


「…遅くなってしまいましたが、始めましょうか。といっても、私が黒城に教えてあげられるのはほとんどないと思いますが。」

「そんなことないよ。よろしくね、白城さん。」

「はい。よろしくお願いします。」


お互い持参した参考書などに目を落とすと、雨の日のような静けさが訪れた。どちらとも、話しかける様子もなく、筆記や頁をめくる音が室内に小さく響いている。

教えるなんて言ったけれど、二人とも同じくらいの学力か、黒城薫の方が上なので試験勉強なんて必要なかった。現に黒城薫は到底高校では読むことはないような書籍に目を通している。おそらく黒城薫は、試験前という口実に人に群がられるのが好きではないのだろう。だから、特に教えてとねだられることもなく、一緒にいれば人が寄って来ないだろう白城に声をかけているのだ。


「白城さんはさ、僕を見ても色めき立ったりしないよね。」

「あら、ライバル視はしてるわ。」

「そうなの?」

「ええ、目標もあるのし。」

「目標?なに?」

「…秘密よ。人に教えるものでもないし。」

「秘密なんだ。」

「ええ、ーーーー」





驚いた。


「黒城くん、近すぎるわ。」


いつの間にか、黒城薫の顔が目の前にあった。平静を保ったまま、両手で静かに押しやる。残念、と黒城薫はとても楽しそうに笑った。


「だから!あまりからかわないでと…」


カタン


背後から椅子が机にぶつかる音が響いた。振り返ると、図書委員の女の子が顔を真っ赤にしてこちらを見ている。


「す、すみません、私、何も見てないですから」


見るって何を!?そんなに顔を赤くして言うことなんてしてないわよ?!顔がすごく近くにあっただけで、そんな、ふうに、みせて………見せていたのね、黒城薫!


「誰にも言いませんからーーーー!」

「ちょっとまってーーー!」


止めるまもなく、図書委員の女の子は部屋から駆け出していった。追いかけるのは無理だわ、それよりもこの男をどうにかしないと。


「黒城くん…」

「ーっ、ふふっ、ごめん、ね? 覗き見していたから、つい。」

「あなたという人は、…本当に噂になってしまうわよ。」







「…白城さんとなら、嫌じゃないよ?」


ああ、にこにこしている。本当に楽しそうに笑っていて、憎たらしい。それ、周りが静かになるから良いなあと思っての答えでしょう。


「黒城さんは、嫌?」


彼の手が私の髪を優しく掬う。だから、近いといっているのに。


「ーーー嫌、よ。」



黒城薫の唇は魅力的に微笑んでいる。私はノートに視線を落としたまま、深々とため息をついた。見上げればきっと、あの可愛らしい笑顔ではない笑みが私の目に飛び込んでくることだろう。


「…ほら、続きをやりましょう。黒城くん。」



また、残念という呟きが聞こえた。今、私はその笑みを見るつもりはないの。

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