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プロローグ

現代も過去も、人はいろいろな悩みに打ちひしがれ、心から癒しを求めている。心の痛みは、体の痛みになって表れる。その体の痛みを癒そうと、人はマッサージに通うのだが、本当の癒しは、心まで届く。心が解放されたとき、人は一陣のラベンダー色の風が心を通り抜けたような、そんな感じがするのだった。そんなサロンがあったらいいな、と思い、この小説を書き始めました。

彼女の名前は、美菜。35歳。家族は、サラリーマンの夫とゴールデン・レトリバーのルンバの3人暮らし。美菜は、アロマオイルで全身をマッサージするエステシャンだ。スラリとした体つきで、肩まである髪の毛の長めの前髪に隠れるようにのぞく切れ長の瞳は、憂いを秘めていた。この仕事についたとき、彼女の体に電撃が走った。「これだ!」エステの仕事が、彼女が捜し求めていた天職だと感じたのだ。

 彼女には、不思議な能力があった。客の体に触れると、その体の痛みと同時に、心の痛みが伝わってくるのだ。それは彼女の脳裏をかけめぐり、その客と一体となり、彼女の癒しの力は、客の深い痛みを包み込み、解放へと向かわせてしまうのだった。客が彼女の店を出るとき、なんともいえない、雨上がりの虹を見たような、そんな感覚になった。それが、彼女の心をも晴れ晴れとさせた。彼女は、自分の店にやってくる疲れた人々を癒すのが勤めだと感じていた。施術の後の一服のお茶と、自分で焼いたクッキーを出しながら、スッキリとした客の顔をながめるのが好きだった。


 彼女の店は、街外れの静かな一角にあった。しばらく空き家だったものの内装を簡単に改装した、窓の大きい、こじんまりとした三角の屋根のお店だった。看板も何もなく、そこが何の建物か、近所でも知らない人もいた。ひっそりと、そこだけ異空間のような雰囲気が漂っていた。ツタが白い壁をいっぱいに這っていた。そのツタのような形の門を開けると、玄関へ踏み石が続いていた。5、6個の踏み石を渡ると、大きな板でできた玄関に着いた。客達は、そこに着くと、ひとつため息をついて、呼び鈴がないので、玄関のドアを軽くトントンと叩くのだった。すると、しばらくして、おもむろに玄関のドアが開き、涼しげに微笑む美菜の顔がのぞくのだった。客は、美菜の顔を見るとほっとして、安心して促されるままに家の中に足を踏み入れるのだった。

 6月の梅雨のど真ん中。きょうも客からの依頼があった。美菜と同い年くらいの女性だ。朝、夫をいつものように送り出し、ルンバの散歩を済ますと、軽い朝食をとった。日課のにんじんジュース、玄米とあじの開きと味噌汁、お漬物というメニューだ。体がよろこんでいるな、美菜はそう感じた。美菜は、豚肉、牛肉のような、4つ足の肉を食べると、悲鳴が聞こえるような気がした。子供のころは何も考えず食べていたが、いつのころからか、食べなくなった。夫も魚党なので、ちょうどよかった。しばらく肉を食べないでいると、食べたくなくなってきた。食べなくても体が調子いい。かえって前よりも調子よくなったような気がした。

 予約は午後2時からだった。美菜の店は、住んでいるマンションから歩いて10分くらいのところにあった。自分の店を持つのが夢だった美菜は、安く借りられる物件を見つけ、きれいに掃除して自分の城にした。内装は、緑と白を基調に、落ち着いた雰囲気にした。なぜか暖炉があった。美菜は、この城が気に入っていた。ベッドを設置し、大き目の緑色のバスタオルを敷いた。赤や橙、黄色のボールが連なったアジアン風のランプを3カ所に吊るした。部屋を暗くしてそのランプをつけると、幻想的だった。

 一通り家事を済ますと、お気に入りの大き目のゆったりとした藤の椅子に座り、大き目のマグカップに入れたカフェオレを飲みながら、雨に濡れる庭の新緑をながめた。ルンバが足元に満足そうに寝そべっている。美菜は、この時間が好きだった。しなやかな肢体を椅子にもたれさせ、とりとめのないことを考えながら、庭の風景に目を遊ばせた。そして、少しずつ主婦からエステシャンとしての美菜へとシフトしていくのだった。

 美菜は、自分の能力を不思議に思った。なぜ、客の体を触ると、その人の心が見えてしまうのか・・・。最初はびっくりしたが、次第にその能力に集中し始めた。自分の指から何かが流れていき、客の体も心も模索するのだ。この客は、何を求めているのか。何に悲しんでいるのか。仕事をした後、自分がちっとも疲れていないのを感じた。これが私の使命なのかしら・・・、美菜はそう思った。美菜自身にも悩みがないわけではなかった。小さい頃から少し変わっているとまわりから思われていた。いつもぼんやりとしていたのだ。そして同い年の子達との会話がかみ合わず、仲間はずれにされたりもした。実菜が一足先に心が大人になっていたからかもしれない。成熟した子供だったのだ。淋しい子供時代の影響で、美菜は人見知りだった。客に対しても、一歩引いたところで微笑んでいた。でも、そんな美菜が居心地よく、客は心を許していった。


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