episode.7
1
ドアノブに手をかけ、扉の中であるわんだぁらんどの中に入ると、真っ白な空間の次はある意味また気分が悪くなりそうな真っ黒な空間だった。なんだこれ、どうなってやがる。真っ白な空間の次は真っ黒かよ。どんな鬼畜仕様だ、勘弁してくれ、本当に。
はぁ、とうんざりしたように俺が溜息を吐くと、何が面白いのか『タイム』はセーラー服の裾を口元に当てて馬鹿にするかのようなケタケタと下品な妖怪じみた笑い方を浮かべる。なんでよりによってそんなに気持ちの悪い笑い方をするのかと気になったのだが、突っ込んだら負けなような気がしたので、敢えてそこには触れないでじとっと『タイム』を睨むように見た。
「せんせぇ、わんだぁらんどはせんせぇが創造するんです。真っ黒な空間になってしまったのはボクの力ではなく、せんせぇの創造性の問題ですね。まぁ初めてですしなかなか上出来と言ってもよいでしょう。わんだぁらんどはせんせぇがめいきんぐして増やしていくのです。まぁでも、こんな気持ちの悪い空間でしたら相手も怯まざるを得ませんね。さぁ、眠りから覚めましょう。りあるからわんだぁらんどへ。偽物の『先生』からの宣戦布告、受けて立ちましょう」
「マジかよ……」
そんな大事なことは早めに言ってくれ、という気持ちはもちろんなのだが、リアル、つまり現実世界の方からわんだぁらんどへ行かないといけないらしい。それってつまり『タイム』の夢の中からは行けないってことなのか?俺が今こうしているのはわんだぁらんどじゃないのか?
「おい、『タイム』、『タイム』の夢からわんだぁらんどへ行くことはできないのか?」
「のんのんです。できるのはボクだけですね。仮にもここはわんだぁらんどを創造するだけですから。『先生』には一度起きてもらって、りあるの扉からわんだぁらんどへ皆さんを連れてきてください。どこかのどあーを適当にわんだぁらんどとつないできますので真っ黒な扉に白いドアノブに鍵を入れて戻ってきてください。それでは、ボクは偽物たちを連れてきます」
「わ、分かった……」
この状況で起きるも何もないような気がしたが、一先ず起きよう!と念じて目を閉じることにした。戻る、戻る?起きるんじゃないのか?
そんなことを思いながら目を開くと、若干機能しているのかよくわからない瞼を数度ぱちぱちと瞬かせた後に辺りをきょろきょろと見渡すと、所謂”てぃいちゃぁずるうむ”の俺のソファーで横になっていた。頸動脈辺りを殴られたときは広間みたいなところにいた気がするんだが、誰かが連れてきてくれたんだろうか?おそらく『無感情』だろう。終わった後に礼を言わなければならない。
「おい」
「せ、せんせい……」
「随分と遅いお目覚めですね、センセイ」
「『先生』殿が来たという事は……」
「わんだぁらんどの創造が完了したことを認めます」
「ま、顔合わせも兼ねて今日は皆で行こっか~」
「遠征部隊はどうするのよ……?」
「おーおー、一気にしゃべるなお前ら、おじさん聖徳太子じゃねえんだ」
俺が声をかけると、『サイレント』、『弾』、『武蔵』、『無感情』、『永寿』、『姫』の順番に重ねがちに口を開く。聖徳太子よろしく一気に喋られても正直に言うと分からない。年齢のせいで同じ話を何度か聞き直すくらいの老化が俺にも来ているのに、そこから遠慮なく無慈悲に一気に色々と聞いてくるのはおじさんに対する嫌がらせにしか思えない。
中年男性を労わってほしい。
「黒い扉だ。真っ黒な扉。アジトのどこかに繋いでおくって『タイム』が言ってたから今から扉を探すぞ。ちなみに俺の予想だとあんまり使わない部屋だと思うんだがどこか心当たりはあるか?」
「あまり使わない部屋か……。某が知る限りだと屋根裏部屋と思うのだが……『弾』殿、ここは『弾』殿の家だろう?どこか心当たりはないのか?」
「こ、ここ、『弾』の家なのか!?」
こんなにやたら広い城みたいな家に住んでいる人間がこの世に存在するとは思ってなかった。俺のぼろっちいアパートが少し懐かしく思えた。少し錆びて危険を伴う音を立てて降りるしかない階段はこの状況になってしまうと少しだけ懐かしいものもあった。
「俺というよりは『サイレント』ですね。『サイレント』めっちゃ金持ちの子ですから。俺は『サイレント』の叔父なだけで……」
「叔父!?」
ここにきて新事実がぞくぞくと出てくる。『サイレント』が金持ちってのはやたらいい質の服を着てるなあとずっと思っていたこともあるからそんな気はしてたが、というか雰囲気が箱入り息子だったので甘やかされて育ったんだろうなぁとちょっとばかし思ってもいた。
ただここにきて『弾』と『サイレント』が血縁関係に当たるとはさすがに驚きだ。ていうか『サイレント』は叔父さん相手でも手話を使うのか。ますます俺と普通に会話する理由が分からなくなってきたが、ここはもう開き直って俺が神的立ち位置『先生』だからだ、と思うことにした。
……いや、別に虚しいとか全く思っていない。
「ちょっとおっさん、扉あったわよ、扉。真っ黒に白いドアノブ」
「やるな小童」
「うっさいわね!!」
『姫』がやたらキョロキョロしていたかと思えば俺が無駄話を叩いているうちに『姫』は扉を探してくれていたらしい。申し訳なさを感じつつもありがたい。
「ん~?ね、ねえ~あそこってさ~」
『永寿』が扉を見て若干ひきつったような顔を見せたかと思うと、『武蔵』も苦渋の表情を浮かべる。なんとなく『無感情』の表情筋も少しひきつっているような気が……
「厠……だな……」
2
まさかのまさかで繋がれた先はトイレの扉だったらしい。ふっつーにいろんな意味で勘弁してほしいものだが、もういっそどうにでもなれと思ったのが全員複雑な気分になりながらもトイレの扉の前に立った。なんというか、シュールである。
「いいか、行くぞ」
「……は、はい」
かっこつけていくぞ、なんて言ってみたが、それに返事をしてくれたのは『サイレント』だけだった。わんだぁらんどの扉一発目がトイレってのは確かにちょっといかがなものか。『タイム』が起きた時には文句を言ってやろう、そう思いながら鍵を鍵穴にさし、ドアノブに手をかける。
深呼吸をして開くと、目前に広がる暗黒世界。
「おかえりなさい、せんせえ。もうじき偽物も来ますのでお待ちくださいね」
「ああ……」
「せ、せんせい……ここ、やだ……」
「………すまん」
『サイレント』に背中のシャツを思い切り握られ、震えた声でそんなことを言われてしまったもんだから、思わず口から出てきた言葉は謝罪だった。その一連の流れを見て恨めしそうにこちらを見る『姫』とゲラゲラと笑っている『タイム』の対照的な姿に思わず口元が綻びそうになったが、どこかから一筋の光が入ったことですぐにそんな和やかな空気は張り詰めたピリピリとしたものになる。
恨めしそうにこちらを見ていた『姫』は腰に手を当てて光の入った方向を見ているし、『タイム』は口元こそ笑っているものの、目は全くと言っていいほど笑っていない様子で光の入った方を見た。俺も周りに続くように光の入った方を見る。
「おや。私の方が少し遅かったようなのですね『ビーム』。そうですか、わんだぁらんどはあちらに取られてしまったというのですね」
「申し訳ありません『先生』、俺が不甲斐ないばかりに……!」
「『記憶改竄』、貴様は何も悪くないでしょう。さあ、挨拶をしましょう。『無邪気』の伴侶に、『無邪気』の殺害者に、『先生』に。無礼を働くのではありませんよ」
「はい、『先生』」
『先生』と呼ばれている燕尾服の男……?は嫌に穏やかで優しい声で語り掛けてくる。噂の『記憶改竄』は見た目こそは女だが、言葉遣いは男そのものだった。何か複雑な家庭事情でもあるのだろうか。
『先生』の三歩後ろに立っている『ビーム』と思しき女はこちらを一瞥した後に深いお辞儀をした。ふむ、確かに話に聞いていた通りの人物のような気がするが……。
そして気になったのは手をつないでこちらをじっと見つめている真っ白な肌に色素の薄い瞳にやけに色の深い黒色の髪を持ちフランス人形のような服装の男と、真っ黒な肌に眼もとでさえ白い部分のない真っ白な髪を持った日本人形のような服装の女。顔立ちはそっくりで、フランス人形の方はオールバックの後ろ側が右側が短く左側が長めになっているショートカット、日本人形の方は前髪で目元を完全に隠しており、後ろ側が左側が短く右側が長めになっているショートカットになっていた。
「『切断』、『分裂』、挨拶をしなさい」
『先生』が双子っぽい手をつないだ男女の肩を叩いてそういうと、フランス人形と日本人形は顔を二人で見合わせてうん、と一つうなずいた後に日本人形が口を開く。つーか日本人形真っ黒とかこわっ。
「こっちが『切断』じゃない方。あっちが『分裂』じゃない方。あれが『ビーム』じゃない方で、あれが『先生』じゃない方。あれは『記憶改竄』じゃない方」
「こっちが『切断』かもしれない方。あっちが『分裂』かもしれない方。あれが『先生』かもしれない方で、あれが『記憶改竄』かもしれない方。あれは『ビーム』かもしれない方」
「おっちゃんに優しく説明してくれよな……」
日本人形とフランス人形の意味が分からなすぎる説明を終えてなんとなくわかったようなわからないような気分である。
というか相手人数少なくないか?こっちは俺を含めて『サイレント』、『姫』、『タイム』、『弾』、『無感情』、『武蔵』、『永寿』の八人、しかしあっちは『切断』、『分裂』、『ビーム』、『記憶改竄』、『先生』の五人だ。
「初めまして『タイム』、そして『先生』。僭越ながら宣戦布告させてもらいました。”異能集団”のトップクラスを。……そちらのトップクラスは……『弾』と『武蔵』だけですね。宣戦布告するまでもなく才能者集団撲滅は完了でしょうか」
イラっと来た。
何かが俺の中でじわじわと湧き上がっているのが嫌でも分かった。だからか、俺は余計なことを口走ってしまった。
「お前の目は節穴かよ。猿真似野郎……っと、わりぃ。口が滑った、猿」