episode.6
1
「わんだぁらんど……!?」
話がいきなりすぎる。色々突っ込みたいことも多すぎるし、『無感情』の口からそんな拙い言葉が出てくる日が来るなんて本当に数時間前までは思いもよらなかったこともありますますどういう意味だと尋ねたくなる。
宣戦布告されたって?どこに?誰に?なんで?
『タイム』に目を向けると、何を考えているのかなんのつもりなのか意味が分からないが『タイム』は眠りについていた。いやいや、いくら夢に関する才能にしたってこれはいささかきついだろう。というか素直に言わせてもらうとこんな危機的状況の中何も知らないおっさんを一人にしないでほしい。
おじさんは結構デリケートな生き物なんだからな!!
「『先生』、『タイム』の夢の中に鍵があることを伝えます。宣戦布告相手は”異能”危険度マックス『先生』、場所は表、つまり今まで『先生』が先生として生きていた世界のことだと認めます。『タイム』の夢の中の鍵は表と裏を完全に切り離すことが出来る鍵があるのです。今まではそれを手にすることが出来ず表にも裏にも気を配って戦ってきましたが、わんだぁらんどを開くことによって表と裏とは違う新しい世界を生み出し存分に戦闘ができる場所が用意されると認めます。時間はありません。『先生』、眠って鍵を開いてください。わんだぁらんどを作り出してください。それでは、おやすみなさい」
「はぁ!?………いっ!!」
話がいきなりすぎて分からない事ばかりつらつらと言われたかと思うと、『無感情』になんのためらいもなく頸動脈辺りを思い切り殴られる。あまりにもの痛みに死さえ覚悟したが、不思議と俺は俺という自我を保っていて、逆に死んだのかとある意味恐怖に陥る。
どこかに落ちたような感覚がして起き上がると、三途の川とお花畑なんてものは存在しなく、真っ赤な顔をした閻魔様もいなかった。何もない真っ白な場所で素直に言うと最高に気持ち悪い空間だった。何もなさ過ぎて、逆に気持ち悪い。
「……鍵ってなんだよ」
ひとまず鍵を探すために立ち上がってみるが、上も下も右も左も真っ白で立っているのかも正直わからない。もしかしたら寝転んでいるのかもしれないし。
うぷ。そう考えだしたらとてつもなく気持ち悪くなってきた。
あるのかも分からない道を歩いたりたたいたり踏んでみたり蹴ったりしてみるも、鍵らしいものなんて何も見つからない。というか本当にこれは『タイム』の夢の中なのか?だとしたらなんでこんな気持ちの悪くなりそうな夢を見てるんだ。
つーか俺が鍵取りにくるってわかってんのになんで親切に鍵の場所を教えてくれんのかね。おっさんのやる気のなさと体力のなさ舐めんなよ二十代。起きたらめいっぱいビールを飲ませてもらうからな。
時間の感覚もないし、眠いとか腹が減ったとか喉が渇いたとか、そんな感情が全く湧きあがらない。本当に気持ちが悪い。ああもう、さっさと出て来いよ!鍵のくせして生意気な!!
半ばイライラしていたこともあり、真っ白な空間の触れるような触れていないような謎のものにあたるかのように拳を叩きつけると、叩いた場所から不意に大量の飴玉が落ちてくる。なんで飴玉なんだとは思ったが、少しは気もまぎれるだろうと思い飴玉を口にした瞬間、飴玉のあまりにもの不味さに吐き出す。
「うえぇ!?きもっ!!」
飴玉は何とも言い難いごつごつした大きな形をしていて、それでいてくそ不味い。おかげでモチベーションは上がったが、気分は最悪である。
一度口にしてしまった以上そのままにしておくわけにもいかず、がりがりと飴玉をかむ。空腹みたいなものは全くでないのに味覚ばっかりは余計に機能してやがる。最悪だ。
ガリガリと音を立てながら飴玉をかみ砕いていると、何か噛めない物体に首をかしげる。一体何だこれは。不味いだけじゃなく馬鹿みたいに固い飴玉もあるのか。正直に言うと夢にしてはシビアすぎないかこれ。
味を紛らわせようと大量に出てきた飴玉のうち一番まともそうな味がしそうな桃色の袋に包まれた飴玉を口に放り込むと、イチゴの風味がしただけで一瞬でなくなった。つーかなんだこれ、タチ悪すぎだわ。逆に気持ち悪くなったわ。
「くっそー……まじいしかてえし鍵は出てこねえし気持ち悪いし……もうおっちゃんへとへとだわ……」
へとへとだとは言ってみるも、それは感覚的な問題であって精神的にやれて行っている一方で、体力はすこぶる元気だ。それこそおっさんの体とか全くお構いなしに、である。嫌にルンルン気分になりそうな体に何よりもスキップで世界一周できそうなくらいには体力が有り余っている。
……スキップで世界一周か。
一瞬自分がスキップで世界一周するさまを想像してみたが、気持ち悪すぎる。気持ち悪いのレベルを軽く凌駕している。変なことは考えるもんじゃない。
そんなことを考えていたおかげか、嫌にまずい飴玉はもうほとんど無いといってもいいみたいだ。先ほどまで噛めなくて苦戦していたひと際大きな固形物が口に残っているのは別として。
くっそー。感覚を感じないはずなのに歯が痛くなってきた気がするぜ。顎も心なしか限界を訴えている。
もう無理だ、素直にここは諦めるしかない。本当はあまりやりたく無かったのが、飴玉を口から出すと掌に載せた時に思わず吹き出す。
「鍵じゃねえか!!」
ピッカピカの黄金色に輝くおとぎ話にでも出てきそうな大きくて装飾の綺麗な鍵。これを馬鹿みたいにずっと噛んでた俺って……。
2
なんとか鍵を手に入れることはできたんだが、噂のわんだぁらんどの扉ってもんがどこにあるのかが分からない。ていうか『タイム』は本当にどうなってやがる?眠っているだけで他の新しい世界を作るとかおとぎ話もいいところだ。
肝心な鍵はくそみたいに不味い飴玉の中に紛れ込んでいたし、わんだぁらんどの扉はない。まったく、とんでもない噓をつかれたみたい、というよりは何だか子供の遊びに付き合ってる気分だ。相手側の『先生』に宣戦布告されて(新しいダジャレみたいだ)表にも裏にも干渉しないように新しい世界とやらで戦闘を繰り出す、どんな話だ。
そもそも俺がこんなんなんだから『先生』は本当は何もできないんじゃないか?ますますなんでこんなことになってるのか訳が分からなくなってきた。しかも相手は何らかの形で”才能”とは全く違うそれこそゲームに出も出てきそうな謎の力を使うんだというし、人間の限度ある”才能”如きで勝てるのか?誰かが言ってたじゃないか。”異能”は強すぎたって。強すぎるなら戦うなんて無謀な真似をしなければいい。素直に身を潜めて安寧の為に生きるのは駄目なのだろうか?
わからない。俺にはそんな難しい話は全く。逆にわかる奴なんているんだろうか。いるんだろう、きっと。例えばそう、何度か話に出てきた噂の『天才』とやらもそんなんなんだろう?ああ、分からない。なんかもう、どうでもいいような気もしてきた。
俺はただの四十代の小汚いおっさんで、一人目の嫁には逃げられて二人目はつい最近亡くなった。大した功績も残していないのに『先生』などと呼ばれては売れない知名度のかけらもない小説作家。なのになんで、いきなりこんな目にあわなくちゃいけないんだ。
「だるいな……」
気分が悪くなるような空間だからか、自然と機嫌も落ちてくる。どうしようもないほどやるせない投げやりな気持ちになってくる。つーか”才能”ってのは公にするもんなのか?そんなの誰もが生まれ持ってるだろうに。人より一つ二つ秀でているものくらい誰にだってあるだろう。
投げやりな気持ちになりながら落ちていた飴玉を口に入れる。またまずいだろうと思っていただけに、口の中に広がったレモンの味は子供のような駄々をこねた思考を一気に浄化した。あの不味い飴は何か呪いでもかかってるのか。なんというか、鬱になる感じの。
立ち上がっているのかは分からないが、感覚的に立ち上がって何もないところをさ迷い歩いてみる。扉なんて見当たらないが、投げやりになって探さないよりは何百倍もマシだ。ていうかここの時間間隔っていうのはどうなってるんだ?夢の中だと仮定して、外の世界ではどんだけ時間がかかってるんだ?リンクしてるんだとすればタチが悪いにもほどがある。もしくは夢の何倍も早い時間を進んでいるとかか?だったらあいつらはどうなってるんだ。
何が『先生』だ。こんな情けない『先生』がいてたまるもんか。
思考が切り替わったおかげか、自分でもびっくりするくらいのポジティブ思考になっていた。少し前までのネガティブな渦巻く感情はあっさりと姿を闇に……というよりは、光に溶かしてしまったみたいだ。
「わんだぁらんどの扉をお探しですか、せんせぇ」
「はぁ!?」
ふと声をかけられ、俺が驚いて声のした方を見ると、『タイム』だった。服装はいつもと変わらない。真っ黒な髪とうさんくさい瞳も変わらない。セーラー服の裾を余らせておちょくるような態度をしている姿もいつもと変わらない。一体どうなっているんだ。
「そーりー。ボクはボクの夢に干渉するのが遅いんです。いや、あのめんばぁの中では一番早かったのですがさすが『先生』は違いますね。びゅーりほー。ぶらぼぉです。ボクが来る前に鍵は見つけてくれたようで。感謝に堪えません。さんきゅうべりぃそぉまっち。せんせぇ、わんだぁらんどの扉はせんせぇが作るんですよ。めいきんぐどあー。今まで何度も何人もボクの夢でボクと一緒に鍵を探しましたが、鍵そのものが姿を現しませんでしたから。扉は最初から無いんです。『先生』にしか作れないんです。さぁ。いめぇじをしてください。わんだぁらんどを。扉を」
「作る……?そんなことが出来るのか……?」
「ええ。『先生』になら」
固唾を飲んでそっと目を閉じてどんな扉かを想像する。俺がイメージした扉は真っ白な空間で感覚が麻痺したのか、ドアノブが真っ白に染められた真っ黒な扉だ。もっといいイメージはないのかと思ったが、俺の貧困な想像力には少し厳しすぎた。
しばらく目を閉じて、ポツンと浮かぶ真っ黒なドアを思い浮かべた後に目を開くと、目の前に真っ黒なドアが姿を現す。
「おお……?」
「ぶらっくどあーですね、わんだぁらんどの鍵を入れてください」
ぱちぱち、というよりは布同士のぶつかるような絡まるような曇ったようなぽんぽんと音がする拍手を俺に送った『タイム』は鍵を入れろというので黄金色に輝くおとぎ話に出てきそうな鍵を真っ白なドアノブのカギ穴に差し込んだ。
ガチャリ、と何かが開く音がして、俺はそっとドアノブに手をかけた。