episode.4
1
「おお、センセイいい飲みっぷりですね」
「大吟醸は初めての様子ですね。感想をどうぞ」
「喉がキューッとする!!」
「その語彙力は小説家としてどうなんです?」
才能者専用の酒場があるらしく、そこに連れていかれたかと思えば『無感情』の采配により大吟醸を頼まれそれを喉に通す。ちょっと前まで俺としても喉がキューッとするという発言はいかがなものかと思っていたが、確かに言われてみればそんな感じもする。喉がキューッとする。
もちろん、そんな語彙力のない素人のような発言をしたのもあり『弾』に小説家としてそれはどうなのかとの突っ込みも貰ってしまったが、なかなか楽しかったのは紛れもない事実だ。
隣に座る『無感情』もチビチビと大吟醸を飲んでいるようで、ふと「一気に飲まないのか?」と尋ねると、『無感情』は作ったような笑みを見せながら口を開く。
「お酒はあまり飲まない方です。いつ収集がかかるか分からないので。それに比べて『弾』はなんの遠慮もなく一気飲みですね。まあ『弾』は才能の性質上へべれけでも相手が『ビーム』でもない限り戦えると判断します」
「び、びーむ…………?」
『無感情』の淡々とした回答にそれは確かにと思いつつも、『無感情』の口から出てきた『ビーム』という正直に言ってしまうといかにものような名前に思わず首を傾げる。
「『ビーム』は性格こそは温厚で優しいものの、異能の使い方が雑です。手当り次第というかなんというか……目に付いたものは全部ぶっ壊すというか……そんな感じのヤツです。視野が広いやつなので隠れながら戦う俺としても困りますね」
性格こそが温厚で優しいやつが目に付いたものを全部壊すなんてものは環境破壊で許されていいレベルじゃない。逆にその『ビーム』は温厚で優しいのかすら気になってくる。
それよりも何故温厚で優しいということを『弾』が知っているのかは分からなかったが、話の仕方からして何度か交戦した事があるのだろう。そうすればその時それとなく人柄を理解することはできるようだ。
それでも百発百中の『弾』であればなんとかなりそうだとは思うのだが、やはり才能にも限界はあってその『ビーム』とやらには勝てないのだろうか。まずは見てみないと何も言えないというのも事実だ。
「……こういうの言うのもなんだが……『無感情』は才能事態が感情論だし戦闘は難しいんじゃないか……?」
「なるほど、感情論と言われてしまえば確かにそれもそうですね。しかし私は『無感情』故に躊躇うという言葉を知りません。記憶がありませんから異能者に知り合いも居ませんし。どちらかと言えば却って有利な才能だと判断しています。唯一利かないとすれば……『記憶改竄』は厄介と判断します。人の記憶を勝手に覗き込んで餌にするのはいくらなんでも下劣なやり方だと判断します」
「そりゃまた大層な…………」
『記憶改竄』。そんな異能怖すぎる。そんな奴に1度でも接触したことがあったらもしかしたら俺の記憶が改竄されている可能性もあるのか。……それは誰であろうと厄介な気もする。
そのうえ心の中に大事にしまっていた記憶やら正直隠したい記憶すらも探られるとすれば考えたくない。うーむ、なんというか……一番厄介な……
「しかし本当の意味で厄介だったのは『無邪気』でしょうかね。アイツはサイコパスの塊みたいなもんでしたし」
「……『無邪気』、か」
最初の方からちょくちょく出てくる異能者の名前。一体誰だ?俺の元伴侶と言われたところで信じ難いし……というよりは信じたくないと言った方が正しいだろう。元嫁ならまだしも(全然まだしもじゃないが)死んだばかりの嫁だとしたらなんというか……それこそ本当に人間不信になりそうだ。
サイコパスの塊。どちらもそんな奴という雰囲気は感じさせなかったし、恐らくそれはないだろう。これは俺の勝手な希望論かもしれないが、それでもいい。あの2人にサイコパスなんて思わせるようなことがなかった、それだけで俺はまだ信じることは出来た……気がする。
「『無邪気』の話をするにはまだ早いと判断します。『弾』、今は『無邪気』の話は避けましょう。いずれ知る事です。先に『先生』には才能者としての役割と仕事をまず覚えてもらいましょう。ここしばらくはお酒も飲めませんし今晩はそのような話は無しにしましょう」
「そうだな」
「お、お前ら…………」
なんというか、『サイレント』だけが常識人だと思っていたのもあり思いのほか常識人だった『弾』と『無感情』には感動する。というか『弾』は学ランさえ着ていなければまだマシと言えるような……言えないような……。いややっぱり二十歳超えた男の学ランはキツイ。前言撤回。『弾』は常識人じゃない。
色素の薄い毛髪と肌色からすれば黒は確かに映えるが、似合うかどうかと言われれば似合っていない。やめた方が良いと思う。そんな事を思ってみても『タイム』もワンサイズ大きめのセーラー服を着ていたし、『サイレント』……は、恐らく年齢相応くらい、『永寿』はまず見た目が若すぎるというか……正直に言うと年齢を考えろと思うというか……なんというか、ムカつく感じがする。
そして『無感情』は……なんというか、普通だ。普通なのだが、普通すぎて逆に不気味というか……そんな感じだ。『武蔵』に至っては女の癖して男みたいな格好をしてるしというか和服だし、小童に関しては論外だ。論外。
「…………あれ?」
才能者って常識人居ないのか?
「『サイレント』が一番の常識人だと思われます『先生』。唯一問題があるとすればコミュニケーション能力が乏しい事くらいでしょうか」
と、言いつつも『先生』には全然普通に話しているみたいですけれどね。
なんてことを淡々と何事もないように言うあたりは『無感情』と言うべきか。あの『サイレント』が俺とはちゃんと手話を使わないで話していることには流石に小童は納得が行っていないみたいだが、大人気なくもここは言ってやろう。
ざまあみろ。
2
「あんなに飲んだのは久々の事です。有意義な時間であったと判断します」
「ああ、それは俺も同意です。本当にありがとうございましたセンセイ」
「え、いや、ただ飲んでただけ…………」
何故かお礼を言われ、感謝される覚えは全くないのだが嫌な気がするわけでもないので照れくさい気持ちになりながらもそこは受け入れることにした。おっさんの照れ顔ほど無意味なものなどない。まあ現代語的に言うなら……
誰得、だ。
他愛のない時間を過ごしたのは俺にとってもかなり気が楽になる行動だったと思うし、理解不能で働きすぎた頭を少し柔らかくするには充分な時間だったと思える。逆に『ビーム』とか『記憶改竄』だとか気になるワードは出てきたし、なにげに一番知りたい『無邪気』の事は教えてもらうどころかはぐらかされてしまったが、それよりもやはり心も軽くなった事は大きいことだし逆に知らなくてよかったようにも思う。
まあ言ってしまえば。単細胞だ、俺は。
改めて才能者の集まる道を辿ってみると、どことなく懐かしい感じがする。雰囲気的には元嫁の地元に近い。そう言えばアイツは今頃何をしてるんだろう。あの頃は本当に小さかった息子は本当にちゃんと大きくなったんだろうか。それは不安だ。
灯りのない暗くて割りと狭い道の方へ来たかと思うと、一際存在感を放つ隠されているかのように佇むのは豪邸のような家……のように見える。家だとしたら些か豪邸すぎるというか……。
何年ローンなんだろう。
『無感情』と『弾』の後ろをついて歩くと、『無感情』がポケットからカードを取り出したかと思うと、扉の鍵の部分にそれを挿すとガチャ、と音がして自動で扉が開く。
「す、すげー……」
カードロックと自動ドアなんて初めて見た。
「『先生』はなんと言うか……。初めての私を思い出します」
「……は?」
「記憶を失ったばかりの私の事です。なんというか……『先生』は最初の右も左も分からないあの時の私を見ているようです」
小さく『無感情』が微笑を浮かべたかと思えば、なんとなく今までの作り笑顔とは違うような気がして、思わず目を見開く。驚愕していたのは『弾』も同様で、「お前……笑えたんだな……」などと少女漫画特有のなかなか口を開かない無口少女に恋焦がれるヒーローのような事を言っているような……。
なんでそんな事詳しいかって?言うまでもない、あくまでも小説の参考にしようと思ったのだ(無名のミステリー作家だが)。
「笑ってしまえば『無感情』の名前が廃りますね」
苦笑した振りをするように『無感情』が口元に手を当てると、やれやれとでも言いたげに『弾』が肩を竦めた。
「あ…………おかえりなさい、せんせい…………」
リビングの扉を開いたと思えばどう考えても女性のように優しい笑みを浮かべて笑う『サイレント』。なんというか……十八世紀くらいの絵画に出てきそうな美貌というか。まあ十八世紀の絵画なんて見たことないが。
『サイレント』は『弾』と『無感情』には軽くぺこりと頭を下げておかえりとの意思表示をすると、『弾』はまるで愛想をつかしたかのようにまたとでも言いたげにやれやれと肩を竦めた。
「どれくらいのんだんですか……?」
「うーん……なんて言えばいいんだろ。えーっと……酔いそうで酔わない二日酔いにならない範囲!」
「…………?すこし、むずかしいです……」
「で、ですよねー」
自分なりに今の状態を説明したところで『サイレント』はニッコリと笑いながらもよく分かっていない様子だった。それを見た小童がどこから現れてきたのか俺の説明を聞くなり「はんっ」と鼻を鳴らす。
「『サイレント』様に向かって随分と幼稚な説明の仕方ね。聞いて呆れるわ。『姫』に任せなさい!」
「うるせえな小童」
「ほんとに何様なのよあんた!!」
猿のように甲高い声を上げて地団駄をふみながらあからさまにムカついているかのようにキッとこちらを睨みつけてくる。
からかってて面白かったので「これだから小童は……」なんて言いながら肩を竦めると、本当にムカついたのか小童がもはや言葉を喋らなくなり「ムキャー!!」と叫び始めた。
「猿かよあんた……」
「誰が猿よ!!」
「小童の猿……ね、ふはは」
俺が口元を抑えながら笑うと、また小童は「ギャー!!」ともはや叫び声をあげながら俺の腕に強烈なグーパンを突っ込んだ。