episode.3
1
「さて、せんせえ、お話をしましょう」
「……?」
「異能と才能。そして『先生』あなたの始まりを」
────かつて、地球には人類という生き物が存在した。……と、言うのは大前提の話。『永寿』は地球と共に、と言うよりは宇宙と共に生まれたという。そしてその『永寿』を産み落としたのが人類(というよりは宇宙)最初の才能者『先生』だったという。
もちろん『永寿』が物心がついた時には地球が存在し、『先生』は既に亡くなっていたというのもあり、いくら『永寿』でも『先生』の詳しい詳細は知らないという。しかし、『先生』が『永寿』を産み落とし、『先生』が地球を産み落とし、無機物に感情を吹き込んだと才能者には思われているらしい。
そこまでくれば才能どうこうよりもどう考えても魔法のようにしか思えないし、創作話にしたって壮大すぎる。人類の始まり、どころか宇宙の確率の話になってしまえばネズミ算式も良い所だ。それにそんなにすごい人の才能が俺に宿ってるだなんて正直に言うとにわかには信じ難い……というよりも、信じたくない気持ちの方が強い。
そしてその『先生』はその場に存在するだけで正しき道を示す。……というよりは、あるべき世界を創り出す……らしい。そして『先生』は存在する近しければ近しいものにどうやら色々出来るらしい。その辺は『タイム』にも資料を読んでみてもなかなかピンと来なかったということもあり説明が難しいと謝られてしまったが、ひとまず『先生』という人間は存在自体が希少だという。そんな気象の部類に俺のようなおっさんが入っていいのだろうかと思いつつも、才能は生まれつきのものだと言っていたし、受け入れるべき運命だったと考えればかっこいいような気がしなくもなくもない。
『永寿』により才能が生まれ、才能は『永寿』からどんどんと生まれてきた。というよりは、殆どの人間は元々は才能者だったがごく稀に言い方こそは悪いが無能者がいたという。そして無能者と才能者が交わり、無能者が稀に生まれ、そのうち無能者が増え、才能者が希少価値へと変わる。
そして希少価値の才能者はほぼ必然的に優遇される。出世だってする。整った顔立ちだって生まれ持った才能だし、頭が飛び抜けて良いのも、運動が飛び抜けてもできるのも才能だ。今となってしまえば少しできる人がいていい所だが、昔はそれが本当に飛び抜けていたらしい。
そしてそれゆえに、無能者たちは嫉妬する。神に選ばれた者を、神に愛されたものを、『永寿』に『先生』に愛されたものを。
そんなある日現代でも稀な飛び抜けた天才が才能者の中に生まれる。そしてその飛び抜けた天才は天才故に、才能者と無能者の事を理解していた。理解しきっていた。だから天才は考える。
────才能者だけが優遇されるべきではない。
そこで天才は人類初の異能者を生み出す。天才だからこそ、異能者を生み出すことに成功した。成功したからこそ、今こうして対立しているという。元々はこの才能者集団、日本を、地球を治めるために集まり『先生』を筆頭に地球を収める。
しかし異能者の作成に天才の才能者は失敗する。異能者は“強すぎた”。才能者をねじ伏せてしまうほどに、霞むほどに、強すぎた。だから異能者は言い方は悪いが調子に乗り始める。
────平等な世界を
異能者の成功により、異能者は平等を求める。才能者だけが優遇される世界に異能者は喧嘩を売る事にする。異能者の目的は『才能者の撲滅』。才能者の目的は『異能者の撲滅』。そこから才能者と異能者の対戦が始まったと言われる。
各々が正義だと信じ、相手が悪と信じて疑わない。そんないたちごっこの始まりは。
「なんというか……難しいな」
「まあボクもよく分かってないところが殆どですね。『永寿』からりっすんしても『永寿』の説明が下手くそなのかなんなのかは分かりませんがあいどんのうになっています。ひとまずは1度戦場に立ち会っていただければわかるでしょうが……せんせえをそんな場所に突っ込むのは少し気が引けます」
「あれれ〜?聞き捨てならないぞ『タイム』〜」
俺がうーん、と唸りながらパンクしそうな頭をなんとか保ってみるも、『タイム』の方もよく理解していないというのだから、既にその場に立ち会っていた人が分かっていないのなら尚更俺もわからないだろう。
それを全て見てきた『永寿』以外は。
「まあでも〜その『天才』が実はまだ生きてるんだよね〜。今はぐ〜っすりお休み中だけど〜……『先生』も居るし〜近いうち起きるんじゃないかな〜。あたしはあいつ大っ嫌いだから起きないでほしいけど〜」
『永寿』がたはは、と笑いながら正直えげつないことをあっさりという。なんというか、若々しいのは見た目だけなのは本当の様子だった。いや、ある意味中身も若々しいのか?裏表がないというか。
「……ところで」
うーん、と周りが唸り始めたのを空気も読まずに切り裂いたのは『無感情』だった。抑揚のない言葉には今の固くなった頭が痛くなるような空気を切り替えるにはスッキリしたものだった。
「私はシャワーを浴びたいです。この場を離れてシャワーを浴びることを所望致します。素直に言います。先ほどの任務の仕事での汗がこびりついて気持ち悪いと判断します。シャワーを浴びましょう」
「あー、悪い『無感情』。ずっと言ってたな。いいぞ、行ってこい」
「む、ずるいぞ『無感情』殿。『無感情』殿があがり次第某もシャワーを浴びてきても良いだろうか?」
「ああ、構わないぞ」
なんというか、ここまでの一連の光景を見て思うことは俺よりも『弾』の方がリーダーのような立場は的確な気がした。やっぱり俺には分からないものは分からないし、実際に体験して見ないとわからないような話ばっかりだ。それだけじゃない、それ以前に俺は今才能者という存在すらまだ認めていない。無理だ。
「な、なあ、俺やっぱり…………」
「何を言ってるんですかせんせえ。あなたを野放しにしていたら世界は破滅へのれくいえむを奏でますよ。捉えたからにはもう二度と……てぃいちゃあいずふぉーえばーです」
「……??」
最後の“てぃいちゃあいずふぉーえばー”の意味が分からず首を傾げると、隣からこそこそと『サイレント』が耳元でいう。
「…………に、にがさないってことだとおもいます…………」
「あ、ああ……」
2
なんだか難しい話も一段落(ついたのか?)したのかは分からないが、そのまま夜になった。
あの時家から出ていなければ……。ああ、そう言えば玄関の鍵閉めてきたっけな。小説どこまで書いてきたっけ。面白いネタが思い付いたんだ。そう言えば財布はどこに置いたっけ。そもそもあのコンビニはどうなったんだろう。俺のビールはどうなったんだ。ビール飲みたい……。
帰れることなら今すぐ帰りたいが、それを『タイム』は許さない。絶対に。何せ逃がさないと言われてしまっているからには下手に動けない。家に一度帰るくらいは許してもらえないだろうか。なんとなくだが「その間に逃げるんでしょう、出しませんよ」なんて言われてしまいそうだ。
うーん、困った。
「『先生』、飲みに行きませんか」
「…………え?」
「煮詰まった顔をしています。アルコールが飲みたいと判断します。記憶はありませんがお酒は飲める年齢だったと朧ながらに記憶しています。煮詰まっていては頭は回りませんよ。『タイム』の事が気になるのは分かりますが私がついていると言えば『タイム』も文句は言わないでしょう。……あ、『弾』も酒は行ける口でしたよ。『弾』を誘いましょう」
「……!」
『無感情』と言われていたが、こいつは本当に『無感情』なのだろうか。なんというか、喋り方が機械的なだけであって俺にはその言葉一つ一つが優しいものにしか思えない。それとも、配慮の出来すぎ故に『無感情』だと言われているのだろうか。
そうとは、俺には思えない。
「……『サイレント』は飲めないのか?」
「ああ、お伝えしていませんでしたね。『サイレント』は高校2年生です。不登校生徒ではありますがギリギリ単位で今でも通っていますよ。なんなら今度見に行きましょうか」
「あいつ高校生なの!?」
なんというか、予想外だった。
確かに高校生のような顔立ちだとは思ったが、随分とキャラクターの濃ゆい面々ゆえ、それは若々しい顔をしているだけということであって、年齢はとっくに二十歳を超えているのかと思っていた。
この時代喋るのが苦手な人間なんて大勢居るし、俺がガキの頃に比べればむしろ表立つ、表に出たがる奴は減ったような気がする。だから『サイレント』はそのうちのひとりだと思っていたのだが……違うようだった。
「『弾』を誘います。少々お待ちください『先生』」
「あ……悪いな」
なんというか、何度も何度も『先生』と呼ばれるのもあって自分の名前を忘れてしまいそうになっている自分が恐ろしくなってきた。正直小説家と言ってもどんな名前だったかななんて思い始めている。
折角『無感情』が気を回してくれたのだし、家に一度戻らせてもらうことは出来るだろうか。『弾』はまとめている姿から見ても偉い立場だと考えられるのも現状だ、『弾』に持ちかければあるいは一度戻らせてもらえるかもしれない。そんな淡い期待を持ちながら。
「飲みに行くようですねセンセイ、お誘い頂き感謝します」
「え?誘ったのはむか…………」
「『先生』の好意に感謝です。『先生』は何がお好きなんですか。先程からビールビール言っていましたし……やはりビールでしょうか。私は大吟醸が好きだったと記憶しています」
『無感情』が誘ってくれた、と言おうとすると『無感情』にそれは遮られてしまい、そのうえ感謝するべき方は俺なのにも関わらず逆に感謝までされてしまっている。なんというか、確かに気が利きすぎている節はあるかもしれない。だからこそ『無感情』特有のものだろうか。
後で『無感情』には礼を言おう、と心に決める。
余談だが、『無感情』が大吟醸を飲める口というのは驚きだった。金があまりないのもあって正直お酒は詳しくないのだが、大吟醸はアルコール度数の強い東北地方のお酒だと聞いたことがある。と言っても、資料だけでしか読んだ事がないのもあるし、実際に飲んだことが無かったのであまり詳しくはないのだが。
昔テレビで見ていたのを思い出せば喉がキューッとするらしい。キューッと。キューッとするってなんだろう。一度飲んでみたい。
「俺は……あんまり金も無いしビールしか飲んだことがないってのが割りと素直な所かな。『弾』は何飲むんだ?」
「俺ですか?俺は……うーん、あ、あれ好きです、ウィスキー」
「ウィスキーって高いんじゃないか?」
「そうなんですか?値段気にしたこと無いですね」
値段気にしたことない。一生で一度は使ってみたい言葉だ。なんというか、男のロマンのようなものはある。
それと同時に俺は「お釣りいりません」も実は言ってみたかったりもする。特に大きな金額の時は尚更言ってみたい。と言っても、そんな余裕もないので一円も残らずちゃんと受け取るが。百円お釣りが少なかった時は死んでやろうかと本気で思った。
「と、ところで『弾』、一回帰らせてもらったりとかは……」
「即刻頭に銃弾ぶち込みますよ」
「…………はい」