episode.2
1
「ただま〜ですよ〜」
「なるほど、シャワーを浴びるべきだと判断します。とんだ泥仕事だったと思われます。今後はあのような任務は受けるべきではないと判断します」
「勝手なことをするんじゃない馬鹿者、まずは『弾』殿に報告だ」
「『サイレント』様ぁー!『姫』はただいま帰りましたよー!!」
頭が回っていない中、少し離れた場所からざわざわと声がし、『タイム』的にいうとみっしょんにごーしてた連中とやらが帰ってきていた様子だった。よく分からないまま『先生』もといこの才能者集団と言われる場所のトップになることを強制的に(脅迫されたともいうが)任され、ここはなるべく堂々としていようと何度か咳払いをしておく。
声を出した瞬間カッスカスなんてことはなるべく避けたい。
勢いよく扉が開いたかと思えば、ざわざわとしていた四名の人間は俺を見た瞬間に目をぱちくりとさせたかと思えば、先頭に立っていた背丈の低い派手な桃色がかった金髪のドリルヘアーのツインテールになっているいかにもと言った少女はパタン、と一度扉をしめた。
『タイム』がありゃ、と言いながら扉に向かいゆっくり開くと、腕だけを扉の外に出してこいこいとの動作をする。取り敢えずまたぞろぞろと先ほど扉を閉めた少女を先頭にして入ってくると、意味が分からなそうにキョトンとする。
「……なるほど、ようやく『先生』を見つけたと判断します。勝利は我が掌のうえに乗ったことが伺えます。初めまして『先生』。私は『無感情』生憎私にはこちらに来る前までの記憶を失っております。本名に関しましては故にお答えし兼ねます。どうぞ御手柔らかに宜しくお願いします」
こく、と小さく一つ無表情で頷いていちばん最初に挨拶をしてきたのは『無感情』と名乗った黒髪ロングとぱっちり開いた翡翠色の瞳が特徴的な背丈の高い…………
「……女?」
「性別ですか。私の性別は残念ながら男だと言えます」
背丈の『サイレント』の次に高い長身の男性。『サイレント』が恐らく百九十前後あるように思えるので恐らく百八十後半くらいだろう。百七十六ちょっとある俺がでかいほうだと思っていた時期が浅ましくすら思えてくる。
「あ〜っと……え〜っと……あたしは『永寿』って言いま〜す。へぇ〜、『先生』っていまとなっては都市伝説化してましたけど……都市伝説じゃないんですねえ〜。もう百年近くも見てませんから驚きましたよ〜。最後にその席に座ったのはかの有名な福沢諭吉でしたよ〜」
ドリルヘアーの桃色がかった金髪の背丈の低い『永寿』は百年前のことを知っているという。ますますおとぎ話も良いところだ。というかここまでケタ違いの才能はもはや才能でもなんでもない妖の類のようにすら思えてくる。いくら『永寿』にしたって長生きしすぎだ。それに若すぎる。
「年齢ですか〜。地球が生まれた時にはもう居ましたよ〜。福沢諭吉は言われていた通りのユニークなお人でしたね〜」
ははは、と乾いた笑いをした『永寿』。そこで引っかかるのが地球が生まれた時にはもう居た、という発言ではあったが、その中で気になったのが先程言われていた人類最初の才能者が『先生』だったということが引っかかる。ひとまずは恐らく『永寿』の方から話してくれるだろうと判断し、ここでは聞かずに「よろしく」とだけ言っておいた。
「全く……『永寿』は相変わらず話の長い年増だな。某は『武蔵』と申す。『武蔵』というたいそれた名を『弾』殿から頂いたが、某は女人故、なかなか馴染まない名だ。才能は“剣豪”。以後お見知りおき願う」
「あ、は、初めまして…………」
思わず敬語になってしまう。最初見た時はてっきり典型的な日本大和男児かと思っていたので長い髪を1本にまとめているのも異様に似合う袴もどう考えても男にしか見えなかったのもあり申し訳なくなる。ただだいぶ華奢な男だと思っていただけに女と言われた時は納得したようなしなかったような複雑な気分だ。
そのうえ立つ姿がかなり綺麗だ。ここにいるメンバーの誰よりも背筋がちゃんと伸びているし、お辞儀をする姿も誰よりも深かった。なんというか、元からそんな生まれだったようにも思える。
丁寧な人ということもありなかなか好感度は高くなったが、いちいちこうやって人を評価するのは良くないと思い次に目をやることにした。
「あら、あなたが『先生』?ふん、小汚いおっさんね。『姫』は『姫』。言っておくけど『姫』は男よ。それと、『姫』なんだから崇め讃えるのが礼儀よ。『先生』だとか知らないわ」
なんだこの小娘。
いや、小娘じゃなくて小童か。まずフリフリのまさに女物のゴスロリをそれなりにうまく着こなすなと突っ込みたい気持ちもありつつ(何せいい歳したおっさんであるにも関わらず少なからずとも少しときめいた)、男の癖して『姫』なんて名前なのがなんというか納得いかない。女装癖だろうか。いや、でもがやがやしていた時確かこの小童は『サイレント』の事を『サイレント』“様”なんて言い方をしていた。
…………意味がわからない。
「宜しくな、小童」
「はぁ!?小童!?誰が!?」
「悪い口が滑った小童」
「ムカつくわねアンタ!!」
しょうもない口喧嘩をしていると、『サイレント』が仲裁に入ってくれたのか俺と小童の間に腕を挟んで小童に向ってぷんぷんと効果音が付きそうな駄目、ということを手話でする。
小童は少しむす、とすると「悪かったわね」と軽く謝ってきた。どうやら本当に『サイレント』には頭が上がらないらしい。
「ごめんなさい……せんせい…………『姫』、わるいこじゃ、ないんだけど…………」
「あ、いや、『サイレント』は謝らなくても……」
申し訳なさそうにぺこ、と頭を下げる『サイレント』。本当にこの中だと一番まともな人間な気がしてオアシスの本当の意味がわかったような気がした。
無論、『サイレント』が手話を使わずに俺に話しているのが気に食わなかったのか小童は分かりやすく地団駄を踏んだが、『サイレント』が小童の方を見るとニッコリと笑って無かったことにした。
何か『サイレント』には大きな恩があるのだろうか。これはそのうち聞くとしよう。それよりも、あの小童が素直に口を開いてくれるとは到底思わないが。
2
「ひとまず幹部くらすは集まりましたね。まだ居ますが他の者達は遠征にごーしたのでしばらくうぇるかむとぅあじとはしませんねぇ。まあうぃーあー仲間です、ないすちゅうみぃちゅうも済ませましたしお茶にしましょう。『サイレント』、ボクはおれんじじゅうすをお願いします」
「俺はコーヒーを頼む。ガムシロ六つな」
「あれ、『弾』いつもよりガムシロ少ないね〜。あ、あたしはお酢お願いしま〜す」
「『永寿』、そんなものを飲むのは健康に良くないと判断します。私は軟水を所望します『サイレント』」
「某はほうじ茶を……」
「『姫』はローズヒップティーを!」
それぞれ随分と独特な飲み物が出てきて、『永寿』がお酢なんて言ったのは流石にドン引きだ。恐らくお酢割りで何かを飲むのだろう。ついでに言うと『弾』が思いのほか甘党だったことには驚く。コーヒーをあまり飲まないのでなかなか実感は湧かないがコーヒーの中にガムシロ六つは流石に入れすぎなような気もする。というかガムシロ六つで少ないのは流石に甘党で片付けていい話でもない気がする。
小童の『サイレント』に対する猫かぶりに関しては正直無理があると言いたいほどのものだったが、『サイレント』の方もきっと分かっていて関わっているのだろうと思えば案外小童は小童なりに頑張っているのかもしれない。
先程挨拶を交わした『永寿』、『無感情』、『武蔵』、『姫』。『永寿』の才能は恐らく“長寿”。しかし地球が生まれた時には存在していたほどだというし、数多の災害をすべて回避するのは少し無理があるような気もする。それに異様すぎる若さ的には“不老長寿”、“不老不死”と言ったところか。なんだか『タイム』同様すごい才能なのはなんとなく分かる。
『無感情』の才能は“無感情”。無機質と言っても正しいだろう。彼と話していて何度も思ったのは、やはり彼は機械的だった。記憶が無いと言っている割にはケロッとしているし、それどころか気に留めるような様子もなかった。
……もしや本当にロボットなのでは?
『武蔵』の才能は“剣豪”。自分で言っていたのもあり特に補足は必要ないとは思うが、彼女の“剣豪”の才能がどれほどのものかは気になる。二刀流だったりすれば『武蔵』の名も納得が行くが、この中では一番戦闘向きであるとは思われるがそれと同時に力の強さをわかっていないこの状況では微妙な才能のようにも感じてしまう。
そして『姫』もとい小童。正直小童の才能だけは本当によくわからない。ここまで(恐らく)は名前と才能にこじつけ感があるのもいくつかあったが、それでも名前と才能が釣り合っていた。……が、この小童『姫』どころか男だ。もしかしたら何をしても許されるだとかなんだとか、そういう才能だろう。それはそれで羨ましいとも思うが、何をしてもというのは流石に無理があるような気がしなくもない。
「せ、せんせい……」
俺が暫し熟考していると、とんとん、と『サイレント』が申し訳なさそうに俺の肩を人差し指で叩く。ハッとして「あ、な、なんだ?」と答えると『サイレント』は申し訳なさそうな表情をしたまま口を開く。
「せんせいは、なにのみますか……?」
「あー……ビール」
「ビールはおやめくださいセンセイ」
「…………」
ビールはやめろと言われても。
何せ俺は昨晩……と言うよりは今晩コンビニにビールを買いに行ったにも関わらず、問題のビールは買われることなくそのまま引きずられてここまで来ている。もし飲めるのであればビールが飲みたかったが、無理なようだ。
「……コーヒーで」
「……お、おさとうとぎゅうにゅう…………」
「無くても大丈夫だ」
「センセイ、あなたはブラックでコーヒーを嗜むのですか!?ガムシロがあった方が美味しいに決まってます!!」
なんだこいつ。