クックとミコト
なんでこうなったのだろう………。今日から剣の練習が出来るかと張り切って指定された場所に行くと他の新兵の人たちには可哀想な生き物を見る目で見られ、指導者のクックさんには「オレは普通だから基礎をしっかり」なんて卑屈な演説の後、剣の握りかたと振り方の基礎を習ったと思ったら………ひたすら基礎の型をヘビーローテーションしていた。
「皆さん?声が出てないよ?」
と静かに圧力を掛けられ続けながら既に2時間…何度木剣を落としたかなんて既に覚えていない。
「ほら、ミコト君?腕が下がって来ているよ?あと、踏み込みはもっとしっかりしないと…。」
と言いながら足払いを掛けられ地面に転がされる…もう倒されて転がっている事さえ、少しの休憩が得られると嬉しく思う程だ。
「しっかり重心を意識して踏み込まないとこうやって転がされるんだよ?ほら、立って続けて。」
「はい………はぁ………はぁ………はぁ………。」
「ほら、休まない!」
再び無音で宙を舞う身体の上に、そのまま踏みつけがやってくる。
「ほら、ミコト君?寝ないんだよ?」
慌てて回避したミコトはなんとか木剣を拾い上げ素振りを開始する。
「ほら、脇をしめてもっとシャープに」だの「踏み込みの幅が毎回違っている」だのと指一本分の間違いを指摘されるのだ。
「クックさん、お手本を見せて頂けますか?」
……と思わず言ってしまう程にキツいのだ。こうして見せて貰った型がまた異常だった。
何度繰り返しても同じ動画を再生している様な正確さで、恐ろしく洗練されているが故にとても美しく惹かれてしまう。
「何が普通だよ………化け物め。」
そう吐き捨てながら先日のザークの言葉を思い出す…「彼は基礎を大事にしたスタンダードなスタイルを極めた騎士」…そう言葉通りに極めているのだ。
「なんでおれは………くそっ、やってやる!」
ミコトはムキになり、無言で繰り返されるクックの演舞を真似しようと必死で食らい付く。その姿に触発されて、他の新兵たちもミコトに続く。
始めはバラバラだった動きも全員の集中力が増していくにつれ、コール・ド・バレエの様な一体感が出来ていき、そして………1人、2人と体力が尽きた者から脱落していく。
「そろそろ今日は終わりにしようか。」
そうクックが動きを止めたのは日が真上に上り、昼食になってからだ。早朝から都合約6時間経ったが、辺りは死屍累々といった感じで誰もクックの言葉に反応出来ないという様だ。
「じゃあ、お昼はちゃんと食べにおいでよ?」
立ち去るクックの背中にミコトは理不尽な迄の地球との、自分との違いに泣きたくなった。
なんてこの世界の人たちは眩しいんだろう…こんな風に何かに当たり前の様に一生懸命になれるモノが有るという事に初めて気付いた。今までの自分は何をやっていたんだろうか………自分はあんな大人たちになれるのだろうか?
………そんな自問自答はお腹が鳴るまで続いた。
実は地味なクック小隊長はリアルチート野郎だったのです。どんな道でも極めるというのはとても大変な事で終わりなき道を歩く事に相違ないでしょう。遥かな先を見ているが故にクックは自分が凄いとは思えないのであった。
………周りに派手に凄いのがいっぱいいるしね。




