Wedding!
何とか形になった会場の中で汗を拭い息を整える一同…全員が落ち着いたのを見計らいスマホからパッヘルベルのカノンを流しマイクとスピーカーで音を会場へと流す。
「新郎の入場です。」
初めて耳にする音楽にキョロキョロし始めた客たちを静める為にも大きく会場内に声を響き渡らせる。それと同時にゆっくりと開く扉、そしてガチコチに緊張しきったザーグが入ってくる。
「おい、少し落ち着け…ほら深呼吸して。」
何とか躓いたり転けたりせずにマサルの元へとたどり着いたザーグを落ち着かせる。何とか深呼吸して息は整っているようだが視線は落ち着きがなく相当に混乱しているのが分かる。
「続いて新婦の入場です。」
アデリナがランスロットと腕を組み入場してくる。アデリナはとても落ち着いて粛々とした雰囲気だが、ランスロットは既に涙腺が崩壊しそうな様子だ…バージンロードを歩く間中、必死に歯を噛みしめ少し上を向いて我慢しているのが手に取るように伝わる。
「では、新婦は新郎の左側へ。」
ザーグとランスロットがまずお辞儀をしあい、続いてアデリナがそっとランスロットにお辞儀をしてからザーグの左隣へと並ぶ。
「人の子が栄光を受ける時が来た。
貴方たちに伝えておこう。もし一粒の麦が地に落ちる事なく死ぬことがなければ、それは一粒のままである。しかし、いずれそれは豊かな実を結ぶ事となるだろう。自分の命を大切にする者はそれを失い、この世で自分の命を顧みない者は、それを保って永遠の命へと至る。」
定番のヨハネの福音の一説である。つまり、一生懸命共に生きて繁栄をなしなさいという感じの事だ。
「………………………………んっ。」
それこそ寝不足の中で一生懸命言い切ったマサルは、急に頭の中が真っ白になった。次の手順も台詞も全然出てこない。
「もう、仕方ないわね…。では、夫たる者ザイルターグよ。汝、健やかなる時も、病める時も、常にこの者を愛し、慈しみ、守り、助け、この世より召されるまで固く節操を保つ事を誓いますか。」
突然現れたビクティニアスがマサルの隣へと立ち進行を引き継ぐ、
「誓います。」
一瞬戸惑ったが何とか返事をするザーグ。
「妻たる者アデリナよ。汝、健やかなる時も、病める時も、常にこの者に従い、共に歩み、助け、固く節操を保つ事を誓いますか。」
「誓います。」
誓うアデリナをよそに、落ち着き回復したマサルとビクティニアスは視線を交わして意思の疎通を計り共に式を進行していく事を確認する。
「では、指輪の交換を。」
マサルの言葉を聞いたジータが指輪の入った箱をトレイに乗せて慎重に持ってくる。この世界には結婚で指輪の交換という文化はないのだが、マサルの強い推薦でヴィンターリアの風習としようと決まったのだ。このミスリル銀で出来た指輪は内側にお互いの名前と『永久に愛する』という文字が刻まれている。
「おねえちゃん、ブーケとてぶくろを、おあずかるしますね。」
慌てて指輪をはめようとしたザーグがブーケと手袋の存在に気付いた時、メイがそっと声をかけてブーケと手袋を預かる。ちょっと噛んだのはご愛敬で、ファインプレイである。
「では、交換を。」
再びビクティニアスによって行われた催促で指輪が入らないなどというハプニングも起きず交換が行われた。ふぅ、終わったと息を吐くアデリナとザーグ…聞かされていた式の内容は後は結婚が認められたという宣言を聞いて退場するだけなのだ。そんな中、マサルとビクティニアスは頷き合いニヤリと笑みを交わす。
「では、誓いの口付けをお願い致します。」
「「え?」」
ビクティニアスによって宣告された内容を理解して固まる2人。そしてどんどん顔が赤くなっていく…何せココで求められているのは公の場でのチューというだけではなく、2人にとっての初チューになるのだ。
「いいいいい……今ですか!?」
「もちろんですよ?」
尋ねたアデリナは首もとも、耳も真っ赤だ。そんな姿を内心面白がりながら真面目な顔で肯定するマサル。
「こういう時には男性がリードするものですよ。」
とのビクティニアスの追い討ちにロボットの様なギクシャクした動きでアデリナの方へと向き直るザーグ。それに気付いたアデリナは「右向け右っ!」と聞こえんばかりの動作でザーグの方を向き直る。
「でででで…では、アデリナしゃん!いきますよっ!」
「ひゃいっ!」
ゆっくり近付いていく影を息をのんで見守る会場の人たち。中には手で顔を覆ったりしている人もいるが指の間からしっかり見ている。
……そして重なる2つの唇。
「「「「「「きゃあぁぁぁぁぁ♪」」」」」」
会場に響き渡る黄色い声と拍手に一瞬で我に返り元々赤かった顔を更に赤くする新郎新婦に降り注ぎ続ける拍手の雨。ビクティニアスがそっと片手を上げて制止するまで続いた拍手に2人は既に魂の抜けた様な顔をしている。
「結婚の宣言、ビクティニアス…様。宜しくお願いします。」
「では、ご列席の皆さま。お2人の愛はこの私、ビクティニアスによって祝福され夫婦である事を認められました。
今日結婚の誓いを交わした2人が愛に生き、健全な国と家庭をつくり育んでいけますように。
また、喜びにつけ悲しみにつけ互いの信頼と感謝を忘れず、困難にあっては慰めを見いだすことができますように…。
また多くの友と仲間たちに恵まれ、結婚がもたらす恵みによって成長し、実り豊かな生活を送ることができますように。
皆さまもお2人を支え、そして見守り共に歩んで下さる事を願います。」
会場内が再度拍手に包み込まれる。何とか復活した新郎新婦もお互いの顔を見合せ、そっと手を繋ぐ。
「新郎新婦の退場です。暖かい拍手でお見送り下さい。」
「新郎新婦の門出に幸運のあらんことを!」
パンっ!と手を叩いたビクティニアス。同時に退場する新郎新婦の2人に蛍のような柔らかな光の粒が降り注ぐ。会場の視線は2人を追っていき、暫く余韻を感じていた人々は誰もマサルとビクティニアスがいなくなっている事に気付いていなかったのだった。
ふぅ、今日が過去一番神経使って書いたんじゃないのか?ってくらい真面目に頑張りました。ヨハネの福音については間違ってたらヤバいので珍しく検索して調べて書きました。
アルステイティアの一般的な結婚は役所や集落の責任者に結婚する旨を申し出て、親族でちょっと豪華な食事くらいが普通です。結婚式や披露宴って意外と大変なんですよ…お金とお金とかお金とか…と未婚な作者が通りますよっと。
………あぁ、結婚………良いですねぇ。




