前夜祭 3〜ボートレース
出場するヴィンターリアの子供たちの人数が30人程いたので予選をして半分ずつ大会をする事にした。
「優勝者は2名になるから賞品貰える人も2倍だな!」
「それで賞品ってなんなんだい?
「えっ?あぁ………ゼラフィティスとの旅行券とかじゃあ駄目かなぁ。」
「まさか………まだ決まってなかったのかい?流石にマズイよ………。」
「じゃあ、アダマンタイト製工具セットくらいでどうかな?それとも工房いっちゃう!?」
「子供に渡す物じゃないな…もう少し妥当な物は無いのか?普通で良いんだよ、普通で…高価じゃないけど便利で自分じゃあ、手に入らない物で。」
「微妙にハードル上がってない?………そうだ!トロフィーと木を削ったり出来る工作用のナイフ…彫刻刀のセットを賞品としよう!」
「彫刻刀かぁ…どんな物になるか知らないけど良さそうだね。工作用の道具なんて専門の技術職じゃないと持ってないしね。くれぐれもアダマンタイト製とかじゃなくて良いんだからね!」
何とか賞品も決まり、遂に大会の本番が開始される。
「では、皆さんにはクジ引きの結果により1組と2組に別れて貰った。私、ゼラフィティスの独断によって「マサル」と「メイ」は両方のレースに出てもらい、順位に含まないものとする。」
「ごめんな、メイ。ちょっとメイのお魚さんが出たら他の子供たちの勝ちがなくなりそうだからな…でも、ちゃんと皆より早くゴールしたら賞品は同じ様に出るからな。」
「あい、メイがんばるね!」
素直で優しくて可愛いメイに何だかんだでマサルもメロメロではあるが、こういう勝負事になると賢すぎるこの娘は逆の意味で特別扱いしなければならない。
「絶対アレが起きるんだろうなぁ………。」
マサルの呟きは誰の耳にも届かず消えたのだった。
「では、1組のレースに出る人は位置について下さい!」
集合がかかり、各員戦闘体制に入る。
「では、正々堂々と頑張って下さい!コースは直線の100mのコース、観戦してる皆様はコースの側まで行ってご覧になって構いませんが、絶対に船に手を出さない事、コース内の湯に触れない事をお願いいたします。
また、選手が自分の船を追い掛けてコース沿いを歩いていきます。皆様も応援等宜しくお願いします!」
コースを挟んで進行方向に向かって左側に観客、右側を選手が追い掛けると決めてあるので人間同士がぶつかる事は無いのだ。
「では、よ〜〜〜い……………スタートです!」
一斉にスタートする船…そして怒るべくして怒る渋滞の中、ほぼ水中にいるメイのお魚さん号と完全に水中にいるマサルのハンマーヘッドシャーク号が抜け出る
「おっと、いきなり一団から抜け出た船が2つ…やはりマサルとメイちゃんの船だ!水の中にいるこの2人の船は誰にも邪魔されずアッという間に皆を置いてきぼりだ!」
皆して、えっ?と水中を進む2つの影に注目する。滑る様に水中を泳ぐマサルのハンマーヘッドシャーク号は無駄もない真っ直ぐな軌道でドンドン他を引き離してゴールへ向かう。
一方、メイのお魚さん号は尾びれを水流でフリフリ降りながら華麗に泳ぐ金魚の様に着実にゴールへと向かって行く。
完全に独壇場といえる型で置いていかれた集団はスタート直後から接触を繰り返して壁に向かって進んでいたり、反対に進んでいるものもいる…完全に勝負になっていない。
「ゼラフィティス…特別ルール発動だ!今から一度だけ向きを直させろ!」
「了解!今から一度だけ船の向きを直す事を許可しますが必ず同じ位置からスタートして下さい!」
選手たちの軌道修正によってやっとレースらしくなった頃、マサルはゴールし、メイももう少しでゴールという所まで進んでいた。
「さて、やはり速かった2人に続いてゴールするのは誰なんでしょうか!?先ほど入りました情報によると特別な木を削る為の工具が貰えるらしいですよ?」
物が溢れる日本じゃないので、子供たちにとって自分だけの工具なんてのは憧れのアイテムなのだ、子供たちの目の色が変わり自分の船を応援する熱が入る!
この後、メイの数倍の時間をかけて決着がついたのだったが中々の泥仕合ぶりにマサルは溜め息をつくが、観戦していた人たちにはとても斬新で素晴らしい勝負だったらしい。そして、2組目も同様の展開となった。
「次にやる時は何かテコ入れが必要だな………まぁ、色んな教育をしてみてから考えるか…まだ水の抵抗とかあんまり考えてないみたいだしな。水に入れても大丈夫な素材と駄目な素材も分かってないみたいだし、教育のしがいがあるな。」
「いやぁ、マサル先生はなかなか高度な技術を幼い子供に教えるつもりみたいだね。そんな事はこの世界の専門の船大工だって何となくでしか理解してないよ?」
「つまり伸び代はまだまだある分野って事じゃないか………将来的には大きくしたら乗れる船になるくらいのアイデア出す子が出てくれると嬉しいんだがな。または、これをきっかけに造船の世界の開拓してくれる子とか…。」
「マサルは気が早いね…まだ種を蒔いたばかりの分野じゃないか…気長に待ちなよ。」
楽しみで仕方ないと言った風体のゼラフィティスに背を向け会場を後にするマサル…。
「気長にか………永い時を生きる神と人は同じ様には待てないんだけどな………ビクティニアスだって………。」
消え入る様に最後に溢したマサルの想い…たまたまそれを耳にしたメイは幼いながらも静かで強いその感情に小さな胸を痛めたのだった。
羅針盤がなくたって渋滞してしまうボートレースでした。
沢山の船が通路を通ると波が起こり壁に跳ね返ってきた波にバランスを崩されます、バランスを崩した船は接触したり進む方向を見失ったりするのですね。
やっと作品のトップページの作者名から作者のページへと飛べる様になりました。正解は設定で作者名を入力しない事とか…泣きそうだわ…どんだけ悩んだ事か…。




