第二話
PVが1500を突破しました!……最近やっと見る方法を知ったんですけど。
こんな小説でも読んでくださる方がいると思うと励みになります!
「あはははははははは!」
静まり返った夜の平野に少女の笑い声が響く。
アディルの旅の経緯を聞いたリリエルの反応がこれだった。
バジリスクを討伐した後、日も傾いていたため岩陰で野宿をすることにした二人は、焚き火を挟み向かい合って座っている。焚き火の傍には切り分けたバジリスクの肉が串に刺さり、香ばしい匂いを放っていた。
大きく口を開けて笑うリリエルに、アディルは憮然とした表情になる。
「……そんなに笑うことか?」
「いや、すまない……くくっ、しかし、愉快な娘さんだね。ふふっ」
娘が資産を持ち出したため銅貨五枚で旅に出ることになった、という件が笑いのツボにはまったらしい。
「オレにはまったく笑えない状況だったがな……」
アディルは苦いものを含んだような顔で、未だに笑いが収まらないリリエルを軽く睨む。
そんなアディルの様子が可笑しいのか、リリエルは再び笑い声を上げた。
一頻り笑った後、リリエルはアディルの瞳を覗き込むように見つめる。
「しかし、よくここまでたどり着いたね? カルディアがある西部からだと、ここまで馬を使っても半月はかかるよ?」
「……運が良かったとしか言いようが無いな。何度も死に掛けた」
魔物に遅れをとることはなかったが、空腹と喉の渇きには常に苦しめられてきた。様々な物を口に入れた結果、腹痛でのた打ち回ったのも一度や二度ではない。
アディルは嫌な思い出を振り切るようにバジリスクの肉を掴み、乱暴に噛み千切る。
食べることが出来る幸せを噛み締めた後、リリエルに尋ねる。
「そっちはどうなんだ? 護衛も雇わず女の一人旅だ。なにか理由があるんだろ?」
「ま、それなりにね? ……それに、いまは君がいるから一人じゃないだろ?」
からかう様に言ってくるリリエルに、アディルは半眼で答える。
「……自分でいうのも何だが、オレは君にとっては素性の知れない人間だ。寝込みを襲われるとか、そういうことを考えなかったのか?」
アディルの言葉に、リリエルは戯けるように自分の身体を抱きしめる。
「なんだい、君は僕に乱暴なことをするつもりかい? 娘さんたちが悲しむよ?」
「するか。そうじゃなくて、少しは警戒心をもったほうがいいんじゃないかってことだ。……まぁ、好意に甘えているオレが言う事でもないが」
「人を見る目はあるつもりだよ? 君がそういう類の人間だったら、同行なんて許していないよ」
「それに」リリエルは背中から外した双剣に手を添えると、試すような表情でアディルを見つめる。
「これでも腕っ節には自信があるんだよ。試してみるかい?」
「やめておこう。痛いのは嫌いでね」
肩をすくめて答えるアディルに、リリエルは「そうかい」と笑うと剣から手を放した。
「ま、詳しくは聞かないさ。滅多に姿を現さない天族、しかも聖騎士が旅をしてるんだ。余程の事情があるんだろ」
アディルの言葉にリリエルの表情が消える。アディルには、周囲の温度が急に下がったように感じられた。
急激に張り詰められていく空気の中、リリエルは先ほどまでとは別人のような、警戒心を多分に含む冷たい口調でアディルを問いただす。
「……おかしいな、僕は自分が天族――ましてや聖騎士だなんて言った覚えはないんだけど、どうして分かったのかな?」
天族というのは、他種族でも少し特殊な立ち位置にある種族だ。
彼らは人族や他種族に干渉せず、大陸東部の島で天族だけの生活圏を築いている。
他種族の中でも大きな権力を持つ竜人族に匹敵する高い戦闘力を有し、その寿命は非常に長く、五千年を生きる者もいるという。
普段の天族には、獣人族の動物を連想させる耳や尻尾、エルフの尖った耳など、分かりやすい身体的な特徴は無い。
リリエルも、外見上は人族と差異の無い姿をしている。
懐疑の視線を向けてくるリリエルに、アディルはリリエルの剣を指差した。
「どうしてって……その剣、聖剣だろ?」
いまでは鞘に収められているが、アディルが最初にリリエルと逢った時、その刀身は露になっていた。
そこに刻まれていた文様は『聖戦』で聖騎士達が所持していた聖剣のものと酷似していたし、なにより自宅に放置してあった剣にも刻まれていた。
「聖剣は一族の中でも武芸に優れたものに与えられ、聖剣を所持が許されたものを聖騎士と呼ぶ――だろ?」
「……その通りだよ。よく知っているね」
「知り合いに天族の聖騎士がいるんでな。そいつが自慢げに話してたんだよ」
アディルにはもう一つ、リリエルが天族であると断定できる要素がある。
それは、リリエルの容姿だ。
天族の顔立ちは、あまりにも整いすぎているのだ。どこか幻想的な雰囲気をかもし出すその姿は、人の中では違和感を覚えるほどだ。
ワズエル――かつて共に旅をした男もそうだった。儚げな雰囲気の(外見上)美少年であった彼は、優しげな視線を送るだけで多くの女性を魅了していた。――まぁ、あいつの場合は中身に問題があったので、近づいてきた女性はすぐに遠ざかっていったが。
ワズエルとリリエルには、どこか似通った雰囲気があることをアディルは感じていた。恐らくそれは、天族という種族に共通するものだろう。
リリエルはアディルの言葉を吟味するように考え込んでいたが――自分の中で結論が出たのだろう、張り詰めた空気が和らいでいく。
「……ふぅ、恩人に対する態度じゃなかったね。謝るよ」
「いや、オレも詮索するようなこと言うべきじゃ無かった。すまないな」
「しかし、天族に知り合いか……君は、『聖戦』に参加していたのかい?」
人前に滅多に姿を現さない天族だが、十年前の『聖戦』では他の種族とも肩を並べて戦っていた。天族に知人がいるとなれば、『聖戦』で知り合ったと考えるのが自然だろう。
「まぁ、な。当時は、オレも国に仕えていたからな、兵士の一人として参戦したよ」
「そうだったのか……凄惨な戦いだったらしいね。『聖戦』に参加した同胞は口を揃えてこう言うよ、『あの戦いは二度と思い出したくない』って」
「よく分かるよ、その気持ち……『聖戦』には、嫌な思い出しかない」
アディルは自分の声が暗くなるのを感じていた。当時の様子を少し思い出したのだ。
大地を埋め尽くす程の人間、|《影の獣》《シャドウ・ビースト》、魔族の死体で溢れかえった戦場。
あの死に支配された空間は、忘れたくても忘れられない光景だ。
「じゃあこの話はおしまいだ。ところでアディル、君に聞きたいことがあるんだけど、いいかい?」
アディルの様子に感じ入るものがあったのだろう、リリエルは切り替えるように明るい声でアディルに尋ねる。
「ん、なんだ?」
「僕の旅の目的は、人族のとある人物を探すことでね」
あっさりと旅の目的を話すリリエルにアディルは驚く。
「……いいのか、話しても?」
「構わないさ。『聖戦』に参加していた君なら、もしかして行方を知っているのかもしれないと思ってね?」
「……ということは、『聖戦』に参加した人間か? まぁ、有名なやつなら少しは分かるぞ」
人族のことならば、天族のリリエルよりは詳しいはずだ。道案内の礼もあるし、少しでも参考になればいいだろう。
アディルはそう考え、リリエルの次の言葉を待つ。
「有名だよ。なにせ、『勇者』と共に『魔王』を封印した英雄の一人だ」
ぴくり、と。アディルの身体が無意識に反応する。嫌な予感がしたのだ。
そんなアディルの様子に気付かず、リリエルは芝居がかった仕草で両手を広げると、謡うように言葉を紡いでいく。
「その力は『勇者』にも匹敵し、白銀の炎で魔族を焼き尽くした、『炎を統べる者』」
予感は、リリエルの言葉で確信に変わる。
「君は、『炎帝』と呼ばれる魔術士がどこにいるか知らないかい?」
『炎帝』――それは、十年前に家名と共に捨てた、アディルの二つ名だった。
こちらを見つめてくるリリエルの目を真っ直ぐに見返し、アディルはこう答えた。
「いや、知らんな」