三人の出会い 01
これは1年前、アンリとトオルとバルディアが出会った頃の話です。最新話には関わっていません、たぶん……
朝日が世界を包み込み、地を小動物たちが駆けていく。
人々は起き上がり、商人は商売道具を手に、冒険者は宿から飛び出し迷宮へ、子供たちは原っぱへと、それぞれがそれぞれの場へと向かっていく。
そんな中一人の少年がトボトボと歩いており、手には一枚の紙きれと自己証明書が握りしめられていた。
「はあ、なんでよりによってあれなんだよ……」
そう言う少年はどこか諦めた口調で紙きれを見つめる。そこには今日のこれからの予定が記されていた。
「朝8時に王宮の広間にて集合か、なんで俺なんかが勇者の付き人なんかに選ばれたんだろうな」
「そりゃあ、申し込んでいい点数を取って気にいられたからだろ」
と少年の肩を叩き茶髪の少年が声を掛ける。その少年の手にも同じものが握られていた。
「おはようトラウス、まあその通りだけどさ。でも俺なんかが付き人になっても何の役にも立たないと思うんだよな。その点、お前は選ばれたのも納得できるよ、流石王宮騎士だな」
「はは、そうでもないさ。僕もまだまだ下っ端だよ。それでも選ばれたのは年が近いからって先輩に恨めしそうに言われた……」
「なんだそりゃ、はは」
二人ともそうは言いつつもどこか嬉しそうに会話していく。あの勇者はここがいいとかここが嫌われているとか、当の本人たちに聞かれたら殴られそうな話をしていく。
「それで、なんで嫌なんだ? 杖の勇者って言えば天才中の天才。賢者にも慣れる逸材って聞いたことがあるけど?」
「うん? それは昔のことらしいよ。確かに幼少期はそうだったらしいけど、結局昔に比べて魔力保有量は増えなかったらしいし、何よりも昔の魔術が秘伝だかで消えてからは最弱の勇者だ。それに加えて、女だ。それも狂暴で自己中の暴君女王だなんて言われているし」
「お、おい……」
「ほんと、なんであんな嫌われ者の杖の勇者の付き人になんか推薦されたんだろうな」
「……バカだな」
「ん? どうした?」
「……――後ろ見なよ」
「後ろ? ――」
そこには少女が立っていた。
目元は濡れ、肩は震えていた。
白い肌が朝日で煌めき、肩にかかる髪が風でなびく。
「っ……う、うう」
あまりの美しさに少年の視線は留まり目が離れない。
そして当の少女は泣きはらし怒りを込め睨み付ける。
「き、君は?」
何が起きているのかわからず、少年が呆然と呟いた直後少女が動く。
少女の手にある杖から白い魔力が漂い、そしてそれは別のものへと昇華される。
「えっと?」
「ううぅ、嫌い、嫌いです!」
「ちょっと! 待ってくれ!」
「あなたが嫌いです! くらいなさい、バカッ!」
次の瞬間杖から魔法が解き放たれた。
魔力は風を巻き起こし少年たちを遥か遠くまで転がしていく。それを見た少女は少し満足し目元をぬぐい少年たちが向かっていくはずだった方へと歩いていくのだった。
■
「いててっ、酷い目に合った……」
「そりゃあ、あれだけ酷いことを言えば誰だってそうなるだろね。今回ばかりは僕も同情できないよ。それにトオルのせいで僕まで道連れくらったんだよ」
「俺のせい? まあ、確かに言いすぎたけど、なんであの少女が攻撃する? もしかしてあの子って杖の勇者のファンだったのかな? 杖を持っていたし魔法も使ったし……」
それを聞いたトラウスはあまりの天然さぶりに言葉を失った。あまりにも気づかない少年の姿は滑稽を通り越して哀れにも思えてくる。
そんなトラウスの呆れ顔に気づくことなくトオルは軽くトラウスを睨み付ける。
「結局あの子は誰なんだ?」
「トオル、彼女は――」
「そこっ! 静かにしなさい! 今は面接中です。待機室といえども過剰な発言は己の首を絞めることになるのを努々忘れないように!」
「「はい!」」
試験管に注意され二人が同時に謝罪する。それを見て試験官は小さくため息をつくのであった。
試験開始から数時間後ようやく二人の面接が始まろうとしていた。
待機室を出て隣の部屋へと別れて向かっていく。
最終試験。
名だたる勇者たちの付き人の最終選考は勇者との直接の話し合いだ。
出来レースとも呼ばれ、そこにたどり着いた者たちには既に付き人としての地位が確約されている。
もし勇者が嫌だといったら勇者の評判が低くなる。故に誰一人否定する者は歴史上誰一人いなかった。
いなかったのだが――
「嫌、です」
部屋に通されたトオルの前の少女はそう言い放った。
これまでグループに属する戦闘職の推薦者たちと話し合い休憩を取り最後の話し合いの少女は見るからに不機嫌であった。
トオルを見ようともせず、白い肌の手で髪の毛をくるくるといじっていく。
「勇者さま、それはあなたの評判を下げることになってしまいます」
「そうです、私たちのテストによれば彼は統率者の才能があります。これを逃すと他の勇者陣営に取り込まれてしまいます」
「せっかく武のバルディアを取り込めたのです。彼も入れば必ずあなた様の御役にたちます」
少女の後ろに立っていた部下たちが一斉に少女の考えを改める様になだめていく。
それを見ていたトオルは言葉を失っていた。そしてようやく親友トラウスが言いかけたことの意味を知ることになっていた。
「きみは、今朝の……」
「ふんっ、嫌いです。私のことを暴君女王なんて呼ぶ人は嫌いです!」
少女は杖を握りしめる。
「それに、彼が統率者の才能なんて嘘よ!」
どこか馬鹿にするように言う勇者にトオルは若干イラつきを覚える。
「嘘? それをいうなら君こそ勇者だなんて嘘だろ? 勇者といえば、英雄とも呼ばれる人たちだ。それなのに君は傍若無人じゃないか、それに加えて勇者の中で最弱だろ? それで俺の才能がないって――君の方がよっぽど――」
トオルの言葉を聞き少女の口がむぐっ、と押し黙る。
それでも何か反論しようと必死にグルグルと頭を使い考えていく。
「うそ、嘘よ。それは嘘!」
「嘘? はあ、これだけ言っても俺には才能がないと?」
「だってあなたみたいに噂を信じる人なんてろくでなしに決まっているわ!」
「噂?」
もはや言い訳にしか聞こえず呆れて聞き返すトオルに今度は部下の一人が言葉を返す。
「私から説明させていただきます。勇者様の暴君女王でしたか? それはまごうことなく嘘です。私たちの誇りに掛けて誓います」
「嘘ですか? ならなんでそんなことに」
周りまでは肯定したことで少し興味を抱くトオル。そしてどこか疑うように手を顎にあて思考する。
「そんなの、他の、勇者の策略よ!」
と吹っ切れたように少女が言う。それを聞いてトオルはさらにわけがわからず困り果てた。
「さくりゃく? それも勇者の? 馬鹿馬鹿しい。それが本当なら凄いニュースだ。だけど民の憧れの勇者の仕業とはね、信じられないよ……」
「だって本当だもの!」
「うーん」
基本的に勇者の人格はいい。
たまに例外もいるがそれでも神の寵愛を受けしもの達だ。そんな彼らの一人が同じ仲間である勇者を貶める様なことをするとはとてもじゃないが考えづらい。
考えづらいのだがトオルはさらに思考する。
「……恋敵とかで恨まれたのか? うん、弓の勇者か」
「な、なんでそれを?!」
黙り込んでしまい、その後発した言葉に勇者と部下たちは驚きの表情を浮かべた。そんな中、部下の一人は流石の推察力と揺さぶりだと頷いた。
「人が他を貶めるのは理由がある。それは単に嫌がらせもありえるよ。でも、そんなことでここまで、この俺ですら悪評しか届かないのは人為的なものが働いているとしか考えられなかった」
「トオルさんですら、ですか? それは?」
「俺は基本的には人の情報は自分で確かめています。それなのに、俺個人の情報網ではあまりにも酷評しかたどり着かない……名だたる犯罪者ならまだしも、君は勇者だ。人々の希望の人だ。それが、ここまで悪人にされるのは少しばかり気になっていた」
「でも、それでなんで恋敵による恨みだと……?」
「あてずっぽう、いえ冗談です。色々とありますが、彼女が男のことをあまりにも信じていなかったからですかね、現にこの場には男が僕しかいません。それに、弓の勇者の情報はあまりにも潔白すぎる。だから――」
「そんな理由で? それはあまりにも適当すぎるわ」
「でも、君は動揺したね、それは証拠だよ? 正直理由なんてでっち上げでもいいんだ。それで相手が動揺し、さらに情報を漏らせば俺の勝だ。それに人に情報を与えたくないならば、まずは己を騙せ、それがないと君はもっと立場を失うことになるだろね」
「そ、そんなのわからないじゃない! 私は上手くやっているわ、追手も巻いたし、敵襲も返り討ちにしたし、何よりもあの子を弓の勇者に引き渡し――」
「引き渡した? それはあまりにも聞き逃せない話だ。どういうことだ? ……売ったのか?」
トオルからの質問にぐうっ、と押し黙ってしまう。
何もかもこの少年が知りつくしているのではないか、追手の仲間じゃないのかと疑心暗鬼にかられ、何もかも信じられなくなっていく勇者。
「わ、わたしは……」
「本当のことを教えてくれ。俺は策略に長けている。敵が君の地位を盗み取ろうとでもしようとしているのであれば、君が助けを……協力を求めるのであれば、否定しない。君の力になってあげるよ」
「ううっ」
その後トオルは勇者とその部下から情報を聞きだした。
何でも、杖の勇者の親友が弓の勇者に気に居られたらしく紹介すれとしつこく付き纏われたそうだ。そしてついに俺にしたように弓の勇者に威嚇攻撃をしてしまい、それが問題視された。それを機に脅され、親友を奪われてしまったらしい。
「それでも、彼は出会わせてくれるだけでいいって、いいって言ったのに……」
迷宮内で合わせるはずだったのにそこには、弓の勇者のとりまきがたくさんいて、さらに魔物使いの魔獣たちに攻撃を受け泣く泣く帰ってきたそうだ。
それが昨日のことらしい。
本来は助けに行きたいが、力が足りずに今日の面接者たちをつれて夕方にいく予定だったらしい。
「でも、弓の勇者には、拳王がいるの、あの拳王が……」
剛魔の拳王。
拳と魔法を組み合わせた初にして最強の傭兵。
それが敵にいる。
「それは、まあ敵わないか」
トオルは冷静に杖の勇者の戦力を分析していく。この中で彼にかなうものなどいない。複数でもかなり難しいはずだ。
でも、なんとかしないと助けられない。
「うん? なんで迷宮内に引き籠っている?」
通常迷宮内にはモンスターは大量に出現する。わざわざそんな危険な場所にとどまる理由など……。
「それは、我が王国に救援を求めたためです。かの弓の勇者が血迷い少女を強奪したと……王国兵が現在迷宮内を取り囲んでいます」
迷宮を取り囲む。迷宮内部は広いが入り口は一か所しかない。故にそこさえ塞げば逃げることはできない。
「でも塞ぐくらいなら内部に侵入したほうが早く解決しそうなものだけど」
「それが、その迷宮は高レベルでして、現部隊ではけが人が出る可能性があると王国兵が進撃してくれないのです。ですが王宮には王の刃ら精鋭もいます。これも、おそらくは……」
「弓の勇者の仕業って、か。はあ、流石勇者とでもいうべきか、およそ勝手に侵入したら自害するとかでも言っているのか」
それを聞いて部下は頷いた。
圧倒的な強さを誇る勇者といえども、自害は容易に出来る。
そして、それは国の防衛力の低下につながる。
「これはなるほど、な。流石にまずいか。王国の助けは当てにできない。数日たつと、手遅れになってしまうかもしれない。そして中には拳王が門番でいると」
色々と問題がありすぎる。
拳王を倒す、あるいは買収でも出来れば楽だが王国が交渉出来ない今それは難しい。
トオルはさらに思考する。
「失礼する」
と、そのとき部屋へ一人の男が入ってきた。男の体は銀の鎧で覆われ、肩には剣が駆けられている。
「バルディア? なんでここに?」
「バルディア?」
勇者が驚き訪ねた。そしてトオルも先ほどの話に出てきた武のやつかと納得する。
「吾輩が拳王を倒す」
言葉は短めだが自信であふれ、剣へと手を伸ばし床へと穿つ。
そしてそれが驕りではなく、強者としての振る舞いにトオルは見えた。
「君が倒す、か。随分な自信だな。本当に拳王を倒せるのかい?」
「お前は誰だ? 名乗れ」
不躾にも思えるが確かにバルディアからすればトオルは部外者だ。例え付き人の最終選考に入り、ほぼ決定していてもそれを知ってない。
だから、さらにバルディアは一歩近づき剣を上段に構えた。
「俺はトール。こいつの付き人だ」
「こいつですって!? 私はアンリ! アンリ様って呼びなさい!」
少しむくれて注意するもトオルは大して気にもかけずにバルディアを見つめる。
バルディアもアンリの注意を気にすることなく話す。
「吾輩は武のバルディアだ。この中で誰よりも強い。故に拳王の相手は任せろ」
「それはずいぶんと頼もしいよ。じゃあ策略は俺に任せとけ。まあ、実戦は初で、統率するのも初めてだけどまあ、なんとかなるだろ」
「ふん、吾輩も同じだ。師にようやく戦うことを許可されたばかりだ。だが、この世に敵などいない。早速向かうか」
勝手に決めてその場を出ようとする二人にアンリは口を開けてしまう。
そして、二人を見つめてわけもわからず狼狽えるのであった。
でも微かな希望に託し三人と部下たちは迷宮へと向かうのであった。