三人の冒険01
「今度こそ火炎迷宮に証拠があるはずよ」
王宮のとある部屋。その部屋で一番豪華な椅子に腰かける杖の勇者のアンリは勢いよく立ち上がると拳をグッと握り目の前のトオル、バルディアへと話しかけた。
「また迷宮ですか? そろそろ僕も疲れたので休みたいと希望します」
「吾輩も休みたい」
だが、二人は嫌そうに拒否すると、アンリは信じられないといわんばかりに二人を見て。そして再度テーブルに置かれた迷宮案内図に指を重ねた。
「今回は、今まではとは違うの。なんたって、岩の残骸が見つかったのよ。それも斧の形状に似た武器のようなものなのよ。絶対に、斧の仕業よ、これがあの時と同じ斧の残骸だとわかれば、あいつを断罪できるのよ?」
「確かに、アンリが言うように斧の勇者が使ったのと同じ武器かもしれませんが、斧が同じだけで、斧の勇者が大殺戮の犯人だと証拠するなんて無理ですよ。ほんとにそこに行きたいと望むのでしたら、まずは斧の仕業だという確実な証拠を持ってきてください—―おそらくは無理ですけど」
順序立てつつも最後は適当に答えるトオルに、アンリはテーブルに両手をつくと上から見下ろした。そして、過去のことを思いだすと――
「でも……トオルは私に、理由がなければでっち上げればいい、それで相手が動揺したら勝ちって言っていたじゃないの!」
「――正確には、動揺し情報を漏らしたら勝ちですよ。ええ、確かに言いました。言いましたとも……ですが、斧の勇者陣営は、アンリみたいに口が軽かったり、顔に出やすかったりするとは限りません……そもそも、あの迷宮で斧の残骸以外に何の証拠も見つけられなかったのをもう忘れたのですか?」
「でも……トオルなら……」
「もしも、あの迷宮の斧が自分のものだと相手が認めなかったら、俺たちは勇者に疑いを掛けた罪悪人となってしまいますよ。――勇者であるアンリは大丈夫かもしれませんが、俺たちはきっと打ち首ですよ。なので、どうしてもというのであれば、確実な証拠が必用です。斧の勇者が黒と判断できるくらいの、特大な証拠が」
トオルの言葉が正論に思え、アンリは開いた口をしぶしぶ閉じ。後ろの部下たちを見るも、その通りだといわんばかりに頷いた。
それならば、と最後の頼みの綱のバルディアを見るも彼もが頷いた。
つまり賛成者はアンリのみだと確認すると、静かに椅子へと座りなおす。
だが、あまりにも可哀想に思えたのかトオルは口を開く。
「そもそも、なぜ火炎迷宮に行く必要があるんですか? 確か、そこは高ランク迷宮として有名な一つですよね? そんな場所に手がかりが、証拠があると誰から教えてもらったのですか?」
それが、先程からトオルが疑問に思っていたことだ。
――明らかに危険な迷宮の情報を一体誰が手に入れることが出来るのだろう。
「――親友よ、私の」
「親友ですか? それはこの世に実在する、実体がある親友ですか?」
まさかの返答に驚きを隠せないトオルだが、それを馬鹿にしていると感じたのかアンリは大きく息を吸い込むと、
「あ、当たり前じゃない! トオルは私を何だと思っているのですか!」
と、顔を真っ赤にしながら叫ぶと、トオルの胸倉を掴みブンブン振り回した。
だが体格の差もあり、いくら振っても、むしろアンリが転びそうになり、
滅多に見ない勇者の振る舞いに後ろに立っていた昔からの付き合いの部下たちは、始めてみた杖の勇者に動揺し、それでも小さな微笑みを浮かべた。
あの杖の勇者に同年代の話す子ができた、あんなに振り回せる者が現れたのだと。
「もう、いいわ。ついてきてちょうだい! これは勇者としての命令です」
「それは、つまりは俺に死ねと、そう暗に行っているのですか?」
面白そうに意地悪く答えるトオルだが、それを聞いたアンリは見る見るうちに真っ青となっていく。
「そんなわけ……トオルは私の友達です! そんなことを望むはずがないでしょ!」
「ふむふむ、ならば諦めていいってことですよね? 俺に生きていて欲しいとアンリが望むのであれば、俺はここで待っています。いってらっしゃい、アンリ」
「えっ――そ、それは、ち、違う、違う!」
言質を取り喜ぶトオルに対し、やられたと頭を抱え込むアンリ。
そんな子供じみた二人に呆れつつ、バルディアは立ち上がると。
傍らに立てかけた大刀を腰の金具に留め、懐から一枚の手紙を取り出して、二人から見える様にテーブルに置くと、
「夫婦喧嘩はそこまでにしてもらおう。国命だ」
「だれが、夫婦だ」
「ちょっと、それは、まだ、早いような――」
と、声を掛けるとトオルは否定するも、アンリはごにょごにょと口ごもる。
だが、王命ということもあり文面へと急いで目を通し読み上げる。
「……勇者に命ずる、バゼント迷宮に蔓延る謎の音について調べよ。記憶混濁被害が多発――こんなのいつ来ていたの?」
「昨日の夜である。明日頼むと、言われた」
「ふーん、バゼント迷宮か、面白そうだな。行ってみるか」
と、先程とは異なり意気揚々とトオルは立ち上がり、迷宮の詳細図面を本棚から持ってくると、文面の上にさらに重ねる様に置くと、バゼント迷宮のページを開いた。
「まあまあ危険だけど、死ぬほどではないか。だけど、記憶混濁か、やっぱりこれって危険だよなあ。記憶が混濁するなんて――おそらくは音が関係しているのだろうけど、それでもそんなモンスターなんていたかなあ……」
「トオルも、来てくれるのよね?」
「――ああ、行くよ。これは、少し国全体に被害は及びそうな気もしないこともないし、バルディアも来るだろ?」
「むろんだ」
「それで、バゼント迷宮か、うん。内部の構造は覚えた。じゃあ、行こうか」
「本当に覚えたの?」
「ああ、こんな程度覚える部類にも入らないよ」
「そ、そうなのね……」
あまりの記憶力に疑問に思えたアンリをトオルはいつも通りの軽口で弄ってみようと思い、アンリだけに聞こえる様に小さく言う。
「因みに、俺の記憶が良すぎるせいで、後、1年しか生きられないようです」
「な、なっななぁなっ、それって、ほ、ほんとぅ――」
と、トオルが真面目な顔で冗談を行ってみると、アンリが今にも泣きそうな顔でトオルを見つめ、抱き着――
「もちろん、嘘ですよ」
と、あっけらかんと嘘だと言い切り、アンリからの抱き着きを避けて笑うトオルの姿を見て、アンリはその日思ったのだ。
トオルって、意地悪? 悪魔なの?
私のことを嫌い、なの……?
――と。
そして、それは。
とある日まで、続くのであった。
◇――
バゼント迷宮の入り口。
そこは、山々の中腹に位置し、洞窟の奥に暗めの穴があり、それは遥か下の方まで向かっている。
それを確認したアンリは手元で白く光る魔法を再度見つめ。
意を決すと、地から空へとダイブする。
「きゃぁあゃあああああああああああ!」
絶叫を放ち、とうとう地面にめり込む寸前、体中を包み込んでいた白い光が強く光ると、落ちるスピードが緩やかになり、そして、怪我することなく地面へと降り立つも後ろへと尻餅をついてしまった。
――恐怖で閉じた目を開けると、暗い空間でランタンを持つトオル、荷物を担ぐバルディアがともに笑って手を伸ばしているのが見えた。
「大丈夫ですか、アンリ?」
「ふん、これが主だとは情けない限りだ」
トオルたちは面白そうに話しかける。それに、いつも通りにアンリが怒るもてんで相手にしな二人にさらに眉間にしわがより、その美貌が台無しとなっているが、それでも言う。
「二人とも、悪魔?」
「いえ、ナイトです」
と、トオルは軽口を掛けるもアンリの小さな手を掴むと強引に引き起こした。当然、いきなり起こされた反動でアンリの体は止まらず、トオルの体へとダイブする。
「っえ?」
とっさに両手で抑え込むトオルだが、それでも勢いは止まらず二人そろって地面へ伏した。
「いってええ」
「え、えっえと」
と、当然ながらトオルに覆い被さる様な態勢になってしまい、見る見るうちに赤くなるアンリ。だがトオルは呻き。
「お、重いです――あ、アンリ、ど、どけ――ぐえっえええ」
「さ、さ最低! バッカアアアアアアア!」
アンリの軽くも魔法によって強化された一撃が襲いかかり、思わず絶叫するトオル。
「よ、よりにもよっえ……」
「えっと」
そこでトオルは気が付いた。
己が倒れ込むアンリをどうやって支えているのか、どこに手を当ててしまったのか。
「ご、ごめん」
「ひゃあ」
思わず、勢いよく顔を下げ謝るも、それも最悪の結果に終わり。
柔らかい感触と自分の手の感触が顔面へと流れ、
「か、覚悟はできているよ、ね?」
「あ、アンリさま、こ、これは……」
「ばかぁああああああ!」
先ほどよりも強烈な痛さが脳へと反響し、そのせいか小さな幻聴が聞こえてくる。
(――…―――――…)
否、小さくも響き高い音が脳に響き反響した。
おそらくは、これがこの迷宮に発生する音で――
「(これは、どこから……)」
音を探るも、何も見つからず。さらに痛みは全身に広がり。
体が落ちる感覚が広がっていく。
「ぁ――――」
脳裏には謎の音が未だに残っているのだが、それも薄れゆく記憶が消していき。
とうとう、トオルの記憶は途絶えた。
――――――
――――――
――――――
起き上がると周りは固かった。
それもそのはず。
目が覚めたトオルが周りを見ると体がロープと杭により地面へと固定されていた。そして近くでは涙目のアンリがちょこんと座り、バルディアはあきれ顔でトオルを見ていた。
「な、なんですか、これ?」
「罰に決まっているじゃない! あ、あんなとこを――!」
「何のことですか!」
「あ、あなたが私のここを――」
途中恥ずかしくなるも、なんとか指で胸を示すも、トオルにとっては何がなんやら、意味不明だ。最後の記憶はこの迷宮に降り、そして――。
その先の記憶がない。
記憶力には並外れた自信があるだけに、動揺を隠せない。
ここに来た理由は王命なことまでは思いだせる。
――だが、ここに降りた直後の記憶が何一つ思いだすことが出来なかった。
「俺は、なんで、失った」
と、トオルの様子がおかしいことに二人は気づくと、アンリはすぐにトオルのすぐ真横へと移動する。
「だ、大丈夫? ごめんなさい、やり過ぎました。今、回復します【ヒール】」
「痛みではないか、別の理由か?」
と、二人がトオルの顔を左右からのぞき込む。
杖を持つ少女がアンリ。
背の高い少年がバルディア。
「うん、二人はわかるか。だったらやっぱり――――あの音か」
「どうしたの? 何が起きたの?」
「いえ、この迷宮に降り立ってからの記憶が消えました。それも、自然ではなく、偶発的に、誰かの手により」
「そ、それは」
「これは、衝撃――ではないです。もっと、記憶、脳に直接語り掛けるような、そんな力。アンリは知りませんか?」
と、瞬く間に分析し、未だにパニクルアンリへと問いかけるも、なぜかその場で動揺し、声を発さず、小さな声でつぶやいている。
「ご、ごめん、ごめんなさい」
「なぜ、アンリが謝るのですか?」
「だって私が、あなたに――胸を、触られた、ことで殴ってしまった、から――」
と、再度真っ赤になり、なんとなく動揺している理由が推測でき何故地面に括り付けられているのかが、ようやく理解できた。
「違いますよ。アンリからの衝撃ではないです。もっと、根本的に、記憶を壊す、無くすようなそんな力です」
「記憶をなくす力?」
「もっと詳しく言え」
「ああ、俺の記憶は自負するわけじゃないけど、完全記憶なんだ、だから忘れるなんて可笑しい。それでも二人のことはわかる。わからないのは、この――そういうことか」
ああ、そういうことだったのだ。
記憶の混濁。
それこそ、先程の王宮の話と一致する。
記憶が混濁する迷宮。
それが、記憶が無くなったことによる混濁だとしたら――
「この迷宮は危険だ。死の迷宮クラスだ」
「ちょっと、ちゃんとわかるように説明して!」
「ああ、この迷宮は、人の記憶を壊す迷宮だ」
これが、この迷宮の異常性だ。
おそらくは、どの迷宮よりも内面への被害が大きい。
それこそ、死の迷宮に匹敵する
そしてそれはトオルにとっては相性が最悪だ。
完全記憶と記憶混濁。
自分が信じられなくなるということだと、再度理解し思わず唇を噛む。
「もしも、この迷宮内に入ってからの記憶だけの混濁じゃなかったら――」
「じゃなかったら?」
と、息を飲む二人。
そんな二人にトオルは告げる。
「ここは、【死の迷宮】に匹敵する迷宮だ。やばい、もしかしたらこの迷宮から逃げられないかもしれない――」
と、ただただ悲痛なまでの叫び声が反響し。
そしてその後にはただただ静寂だけがその場に残ったのだった。