02
巨大な岩々が無数に繋がり、一つの生物のようにゆっくりと動く。
ゴーレム。
そう斧の勇者に呼ばれた俺は、杖の勇者様を囲むように守護していた。
体の一部の岩が壊されていくものの、地中から吸い込むだけで、簡単に修復出来てしまう。
なんともまぁ、便利な機能だ。
それに比べ、彼は未だに諦めが付かないようで……。
『諦めたらどうですか? お前じゃ俺には敵わないよ?』
と、どこから出しているのかよくわからないが、とりあえず伝えてみる。
だが、一向に斧を握る手は解かれず、カンカン鳴り響く。
怒りで眼は血走っているし、鼻息は荒いし、まるで野獣のようだ。
それに引き換え、杖の勇者様は、先ほどからその場に座り込んだままだ。
どうすればいいのか、迷い、悩んでいるようだ。
『怪我はないですか、アンリ様?』
と、杖の勇者に訪ねる。
すると、アンリは両手を岩に当てる。
銀に煌めく長髪が揺れ、髪に隠れた碧い双眼が微かに揺れ、薄い紅色の唇も少し震わせ。
「――トオル? トオルなのっ!?」
と、俺の名前を呼んでくれる。
どうやら、こんな変てこな姿になっても気づいてくれたようだ。
まぁ、杖の勇者をこんな風に呼ぶのは俺くらいなのだが。
『はい、なんだか、自分でもよくわからないですが、なんだか、ゴーレムになってしまったようです』
「痛くないの?」
『ええ、別に』
先ほどから、体中に衝撃が走るものの、腕を切られるのに比べれば、たいしたことがない。
それこそ、流石はゴーレムと称賛するべきなのかもしれない。
【迷宮管理権限】
【迷宮の維持をするための魔力が限界に近づいています】
と、またもや、いきなり脳裏に流れた。
これは、どういうことだろうか?
「どうかしたの?」
『いえ、はい。魔力を分けてもらえませんか?』
「いいけど? えいっ」
岩に触れたアンリの両手から熱く焦がすような力が体内に取り込まれていく。
それは、岩々の隅々まで広がっていき。
【魔力の補給に成功】
【迷宮管理を継続しますか】
【Yes/No】
またもや、脳裏に、流れる。
が、今度は流れていかずに、空中に浮かんでいるような感じだ。
ええと、さっきから、迷宮管理ってあるよな。
これって、なに?
【-迷宮管理とは主が持つ迷宮創造の力です—】
【-魔力が枯渇しない限り、この世のありとあらゆる場所に迷宮空間を生成できます—】
そうなのか、って、だれ?
いきなり、聞こえてきたけど?
【-私は迷宮管理権限システムと申します—】
【-主に従う人工知能です—】
【-とりあえず、Yesを選択してください—】
ああ、うん。
Yes。
【迷宮管理を継続します】
【-話に戻ります—】
【-この場は、迷宮空間とは主が作り上げた異空間のことです—】
ほぅ、なるほど。
つまりは、この場所は先ほどいた森の近くだけど、微妙に違うということか?
【-ええ、正しくは、地の上に異空間が広がっています。それにより、主は肉体を保てます—】
【-ですが、魔力が枯渇すると消失します—】
ああ、だからさっき、魔力が限界って流れたのか。
って、消失したらどうなるんだ?
消えて死ぬのか?
【-いえ、主の迷宮へと戻るだけです—】
【-それに、魔力が回復すれば、再度舞い戻ることが可能です—】
なるほど。
と、いうことは、例えばさっき魔力をアンリから貰わなくても、もう一度ここに来られたってこと?
【-はい、ですが、主の魔力回復は1ですので、復帰には時間がかかるでしょう—】
えーと、どれくらい?
【-半月程でしょう—】
『嘘だろ……』
「どうかしたの? 大丈夫? もしかして魔力が足りないの? ならっ、もっとあげるっ!」
と、またもや、体中に熱い力が流れ込む。
先ほどよりも数倍の強さのため、体中がポカポカして、気持ちいい。
そして、ふと下を見ると、そこには泣きそうな表情のアンリがいた。
『ありがとうございます。俺は大丈夫ですよ』
「ほんとう?」
『はい、少しばかり、考え事をしていました』
「そう……なの?」
『はい、この悪役勇者をどう罰するべきかと、色々と考えていたんですよ』
と、元気に言ってみる。
すると、アンリの表情がほころんでいく。
「殺すのはダメだよ? こんなのでも、勇者だし、死なれたら、国の力バランスが壊れちゃうから」
『ええ、存じていますよ。ですが、腕の1本、2本くらい……いいですよねぇ?』
と、斧の勇者に問いかけると、真っ青になっていく。
そして、斧を振り下ろすのを止めてその場から逃げようとする。
が、腕を伸ばし、行く手を遮る様にして逃げられないようにする。
『逃がしませんよぅ、俺とあんたの仲でしょ? ふふっ、うぁわははっ!』
「このクソガキがァ! 俺を本気にさせたことを後悔しやがれ。来い、神聖斧!」
と、何てことない空間から黄金に輝く斧が落ちてくる。
それを掴むと、再度殴りかかってくる。
『それがどうしました? 俺とあんたは相性最悪ですよ?』
「はっ、てめえなんかに使う日が来るとはなぁっ! くらいやがれぁやあっ‼」
斧が岩の一部に振り落とされ。
岩に凄まじい衝撃が加わる。
『ぐぅうぅ、ぁがふぁふぁあ』
言葉にもならない苦痛が全身を襲い、体中が痺れる。
それに、衝撃で岩が砕かれていく。
それは止まらず、一撃で腕が吹き飛ばされた。
「はぁはぁ、くくっ、ざぁまみれっ!」
『ぐぅう、がぁ、うぃ』
苦痛で思うように声が出ない。
今の何だ?
【迷宮管理権限、システム詮索中】
【-あれは、神聖斧-】
【-ありとあらゆるモノを破壊しつくす魔法斧ですね—】
ありとあらゆるモノだ?
それって、ようは、なんでもクラッシャーってことか?
そんなの予想外だよ。
【-はい。ですが、あれにも弱点があります—】
弱点?
それって何?
【-大量の魔力を消費するため、何発も放つのは無理です—】
【-後、数発が限度かと—】
それさえ知れれば十分だ。
『はぁ、ぐぅ、アンリ様、魔力を……』
「うん、任してっ! えいっ、そいやっ!」
体に流れ込んでくる魔力を、失った腕の方へと集中させる。
すると、地中から次々と吸い込まれた岩々が腕先へと向かい、あっという間に回復していく。そして、痛みも消える。
『うん、やっぱり、ゴーレムって不死か』
「なっ……くそがっ、だったら、こうするまでだぁっ!」
斧の勇者がもう一度、力を込めて振り落とそうとしてくる。
だが、うん。
『そんなの、また回復すればいいd――』
「はっ、テメエじゃねえっ! くらえ、今度こそ頭を砕いてやる!」
と、姿勢を屈め、斧を縦振りから横振りに切り替え、突っ込んでくる。
『アンリ様!』
「聖なる杖よ、来なさい! 《火炎の光》」
だが、アンリは怯えずに、同様に金に輝く杖を取り出し、それで空中に何かを描いたと思えば、そこから真っ赤に燃え上がる火炎が巻き上がる。
「ぐぁあああああああ‼」
火炎の中に突っ込む斧の勇者。
それを潜り抜け、俺たちの側を通り過ぎ、地面へと強く叩きつけられた。
「ぐぁあ、ぁううああ」
苦しそうに悲鳴を上げ、斧を手放し。
のたうちまわる勇者。
「ぐっ、がっはぁああ、あちぃいい、たじゅけてぐれえ」
「嫌よ、そのまま苦しみなさい、それに、あんたの防御値なら平気よ。それに、わたしの大事な付き人を殺したんだもの、これくらい、受け入れなさい‼」
と、始めてみるほどに強く言い放った。
そして、振り向き、笑顔で笑う彼女。
そういえば、初めてアンリと出会った日も、こんな感じで笑ってくれたのだった。
【迷宮管理権限】
【魔力枯渇により、消滅します】
体中の力が抜けていく。
それに、伴い繋がっていた岩々が崩れ、離れていく。
『――アンリ様、いつか、また来ます! だから、その時は、また、俺を付き人に――して――く――』
そこで、俺の意識は途絶え。
脳裏には、アンリの笑顔だけが残ったのだった。
次話から迷宮内のお話になります