迷宮の侵攻 07 少年視点
少年は弓矢を放った。
それは確かに巨体の右肩を貫き、そして破壊した。
「よしっ」
少年は小さく頷き、再度矢を弓に掛けた。
弓は神々しく光り、その光は矢へと力を増していく。
「いけっ」
二度目の矢は前に来た二つの巨体に防がれた。それでも、先程よりも削れる量は少し多い。この調子だと倒せそうだ。
「もういっかい」
さらに弓を引き放つ。
さらに弓を放ち、放ち続けるも標的はその場に残り続けている。
そして最初に比べてだいぶ削れた。
「ふふっ、勝てるかも。もう一度、放つ!」
少年の矢は回転し、光を放ち飛んでいく。
そしてそれは何も無い場を通りすぎ、何も当たらなかった。
その場にいた、モノたちが右の方へとドシドシと走っていくからだ。
「ふう」
今度は大きくため息をつく。
僕の――勝ちだ。
そして、追撃へとは行かずに仲間の元へと戻ることにする。
僕こと、アリフィナはその日初勝利を手に入れたのだった。
◆――
「どうして――?」
喜びに浮かれ戻った僕に掛けられた言葉は賞賛ではなく軽蔑に満ちていた。
その声の主、杖の勇者さまはさらに杖で僕の肩を数回たたき、遠くを見つめた。
「あの人ならば、約束を破りはしなかったわ」
それはこの世にはいない人へと向けられていた。
そう。杖の勇者さまの初めての付き人へ。
「勇者さま、すみません。ですが僕の力がどれほどであるか、貫けるかを確かめたかったのです」
「でも、だからってゴーレムを攻撃するなんて――殺してはいないのよね?」
「はい、集団で行動していましたので、致命傷には至ってはいないかと……」
勇者さまは変わってしまった。
ずっと続けてきた魔法の練習をいきなりやめてしまい、迷宮へと出かけるのも控え部屋にこもる日が増えてしまった。
そして、何故かいきなりゴーレムにご熱心し始めてしまい、挙句の果てに陣営の皆にゴーレムの干渉禁止令。
それでも、王国の命に従い、今日竜の迷宮へと訪れていたのだ。
「約束を破ったことは謝ります。ですが、ゴーレムを攻撃してはいけない理由を教えてください!」
その僕の問いに必ず勇者さまは答えるのだ。
少し口調を弱め、いやかなり恥ずかしそうに。
「なんでって、好きな人を攻撃できるわけないじゃない」
と、勇者の中で一番常識人だった杖の勇者さまはご乱心状態に陥ってしまったのだった。
◆――
『コロスッ、コロス、コロスゥウウッ!!』
空間に巨大な怒りに満ちた音が反響し、そして消えた。
竜でも人でもない謎の声に困惑する僕だが、杖の勇者さまは走り出していく。
「勇者さま! どちらに……?」
控えめに訪ねる僕の方を振り向く勇者さま。
その姿は、喜びにあふれ、久々に良い笑顔をしていた。
「どこって、そんなの決まっているじゃない! ゴーレムのところよ。ああ、フィナは疲れたでしょ、ここで休んでなさい」
「いえ、でも……」
「バルディアの命令なんて無視しなさい。あいつはもう帰ったのだし、私も言わないわ」
確かに、勇者さまの騎士であるバルディアは既に王宮へと帰還している。あの人は規範に厳しく、勇者さまよりも融通が利かない人だ。
だが、今はいない。だから約束を守ることもないのかもしれない。
「大丈夫よ、戦うつもりなんてないから」
勇者さまは基本的には誓いを破らない。でも、それは過去の話だ。
今はゴーレムが関わると途端に全てを放り出してしまう。
「いえ、僕もいきます!」
それに、ご乱心の理由を探るようにバルディア様に頼まれてもいるし、行くことにした。
◆――
「これは、一体何が起きたんでしょうか……?」
僕の目の前には大量の瓦礫が散乱し、そして血が至る所に散らばっていた。
その中でも特にへこんだ場所があり、そこから全方位に亀裂が走っていた。
こんな攻撃は獣には無理だ、何か人為的な攻撃じゃないと。
「うそでしょ……」
隣を見ると勇者さまの様子がかなり狼狽していた。
杖を落とし、そしてその場にへたり込んでしまった。
「勇者さま、なにが……」
とてもじゃないが、こんな勇者さまに訪ねる言葉が思い当たらない。
何を言っても、心を抉りとってしまいそうだ。
それほどまでに、ここまで弱った勇者さまを見るのは初めてのことだ。
「ィア」
「はい!」
「わたしは、もうだめかも――もう……」
雫が地へと落ち、泣く寸前だ。
こんなとき。
今、あの人がいてくれればおそらくは僕よりも容易く良いほうへと導くのだろうか。
だけど、僕には無理だ。
だから、何か話題を逸らせないかと辺りを見回すと
「あれは、ひかる石?」
遠くの壁際のほうに薄く輝く石があるのを見つけた。
それは石の形をしてはいたが、透き通る水晶のような感じだ。
「勇者さま、あちらの方に不思議な石が――」
「ぃし?」
「はい、見たことも無い不思議な石が、あちらに」
「持ってきて、くれる」
「はい!」
とりあえず、今は少しでも元気になってもらおうと、駆け足でとってくる。
近くで見ると、水晶の中には黒い煙みたいのが流れていた。
「勇者さま、これはなんでしょうか?」
「たぶん、石核かしら」
「ソウルストーンって、獣の心臓のようなものでしたか」
「ええ、そして回復魔法が効くのよ、だから。【ヒール】」
「ちょっと、勇者さま!」
勇者さまの両手が石核を包み込み、さらに回復魔法が覆っていく。下手すると、化物をこの場に呼び戻すこともあるために、叫ぶ僕。
そんな僕を無視して、なお続けていく。
「これは闇ね」
「やみですか? あの危険な力の?」
「ええ、暴走でもしたのかも。だけど、【ポーヒール】」
魔法の質が上質なものへ変わり、白い光が周りを包みこんでいく。
「私なら、この程度を祓うのは簡単よ――ほら、消えた」
確かに石核の中に渦巻いていた黒い煙が完全に消失してしまい、透明な石へとなった。
流石は、回復魔法のエキスパートだ。
「だけど、危険です。もしかしたら竜かもしれません。ですので、早く戻りましょう!」
竜一体程度ならば倒せなくはない。だけど今の勇者さまは少し気が確かでは無い。こんな状況で戦うなどかなり大変だ。
故に、王宮への帰還を提案する僕だが……
「いえ、この子を回復するまでは戻りません。この子があの人かもしれないのだし」
と、またも謎の発言をする勇者さま。
ああ、すみませんバルディアさま。
どうやら余計に悪化したようです……