迷宮の侵攻 05
帰っては来なかった。
いくら待てども岩兵もゴブリンも現れない。
『どうしたものか。岩狼はどうしたい?』
「――! グルルウッ――!!」
と傍らの岩狼に問うも、なぜか唸り声をあげ地面を叩く岩狼。
口は獰猛なまでに開き、鋭い歯をのぞかせている。
『どうした、何に怒る?』
「グルルウ」
意志疎通をしようにも岩狼は唸るだけだ。
だが、それは俺の後ろへと向けられているように思えた。
『あちらか……岩兵たちに何かあったということか?』
「ガウ!」
『わかった。行こう』
◆――
先程とは異なり静かな空間だった。
どこからも攻撃はなく、少年の仲間の待ち伏せも感じられない。
だが、そこには赤く染まった池が広がっていたのだった。
『赤竜の血か……?』
血による池が複数出来上がっていた。周りには大きな岩が散乱し、所どころひび割れていた。池には黒く焦げた物体が5つ転がり異臭を放っていた。
それは、想像よりも数段最悪な光景だった。
『ははは』
渇いた笑いが場へと反響し、そして消えた。
たかだか数時間の付き合いではあった。だがそれでも部下に違いない大事な仲間だ。
目の前に広がる景色は何度見ても消えない。
夢であってくれと願うも世界は変わらない。
傍らの岩狼は怒り泣いているように見え、それはきっと俺も同じかもしれない。
その日、岩兵とゴブリンは殺されたのであった。
◆――
誰の仕業かは調べるまでもない。
辺りの岩に鋭く刺さる弓矢の数々。岩に残る噛砕かれた痕跡。岩に残る燃焼の傷。
つまりは少年と赤竜の仕業だということだ。
だが、先ほどから時間はあまり経っていない。ということは、少年がひん死まで追い込み、そこに赤竜が来たということなのか。
それとも、逆なのか。
だが、どちらにせよ死んでしまった。
『岩狼、辺りに敵兵の匂いは感じられるか?』
隣に立つ岩狼へと尋ねるも首を横に振るも。
辺りをじろじろと見渡し警戒を強める。
『少年は俺たちを殺す気か……モンスターだしな』
迷宮を壊されかけたときは感じなかった。だが、こうして部下たちを殺されてようやく実感してしまう。己たちがモンスターだということを。
人々に忌み嫌われる存在だということを。
少年と戦うべきだったのかもしれない。
だが、予想よりも少年は強かった。それこそ勇者の素質を完全に使いこなしているのかもしれない。
勝手に、相手を少年だからと甘く見ていた俺のミスだ。
戦わずに逃げるべきだったか、日を改めるべきだったか。
いや、そもそもは己の思考の無さが原因だ。勝手に甘く物事を考えすぎていたのだ。
最適なのは撤退だったのかもしれない。
だから、こうなったのは全て俺のせい――
「サンダーレイン!」
『グォッ』
声が聞こえ、体へ鋭い電撃が流れ込んでくる。
体が痺れ制御が難しくなり、意図せずにその場に片足をついてしまった。
「ふう、たいしたことないね。ゴーレムって」
そう軽く馬鹿にする声が響いた。
声は比較的高く、それは真後ろから聞こえた。
「あー、お仲間さんを倒したことに怒るなら勘違いだよ? 殴ったのはバンさんだし、灰にしたのはレイナさんだし。僕はせいぜい痺れさせただけだしね」
「おいおい、俺のせいにするのかよ! まあ、事実だけどな、はははっ」
「こんなの私たちに掛かれば余裕よ。それにしても赤竜の巣窟になんでゴーレムが居たのかしら? 特異点からでも紛れ込んできたの?」
話し声から三人組のようだ。
痺れ担当に殴り担当、そして魔法士か。
どうやら赤竜は関係なかったようだ。だが、ということは後ろに立つのは敵だ。
俺を殺そうとする敵だ。
助かりたければ逃げるか殺すしかない……。
幸いにして動かないのは右足だけだ。腕は動くし相手は油断している。
スキを見て逃げられるか?
しかし相手は複数だ。それに出口の方にいるから前に逃げるしかない。だが前には赤竜が待ち構えている可能性が高い。
相手は俺を殺そうとしてくる。それならばやっぱり殺すしか……。
いや、殺す必要は無いはずだ。
足を一つかみで破壊して追えなくすれば逃げられるはずだ。もしも赤竜が群がってきても魔法士がいるのだ。すぐに回復するだろう。
よし、
『ゴオオオオオオオオ』
叫びながら体を180度ひねり、人間の足へ手を伸ばそうとする。
手はあっと言う間に男の足元へと向かう。
だがその手は届くことなく、地へと叩きつけられ、腕の先が跡形もなく消失した。
『ッ! は、なにが』
「ああ、どこかで見たと思ったらあの時の野郎か。はははっ、今度は息の根を止めてやるよ。馬鹿女の付き人!」
と、目の前の男がニヤニヤ笑いながら言う。男は体中を包帯でグルグルにまかれ、手には金に輝く斧が握られていた。
だが、その姿には見覚えがあった。
そいつは、斧の勇者に違いなかった。
『殺す!』
忘れるはずも無い、アンリ様を侮辱し、俺の命を奪った男だ。
あのときは、見逃した。だが二度目は容赦しない。
たとえ、勇者でも、こいつは勇者にふさわしくない。
殺すべきだ、殺す殺す殺す――!
『ころしてやるぅうううううううっ!!』
俺は怒りに任せ、腕を振るった。
その日、俺は斧の勇者に二度目の戦いを挑むのであった。