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迷宮の危機 03


 赤竜の弱点はない。

 それが死にかけて得た知識だ。


 正直なす術もなくブレスに焼き払われ、挙句の果てに戦意喪失しかけた代償がそれだけなのだから笑えない。

 それに、こっちがひん死状態のゴーレム、ゴブリン、スライムに対して赤竜は未だ傷一つ負う気配が感じられない。

 すなわち、勝算はかなり、いや絶望的にゼロに等しかった。


『うらあああああああああ!!』


 膨大な質量の岩を操り赤竜へと振り下ろすも、ゴーレムのスピードでは捕えることが叶わない。かといって、有効そうなスライムの溶解液はブレスによっていとも簡単に消し飛ばされてしまう。


 と、唐突に赤竜がダッシュし眼下へと迫る。

 それは一つの弾丸のように正確に狂いなく通り過ぎていき。


 右腕に鋭い痛みが押し寄せてくる。それは止まらず何かが砕け散ってしまった。

 床を埋め尽くしていく岩の残骸はもう動かない。


 考える暇もなくさらに赤竜の右爪が左上から強く切り裂き、二度目の激痛が走り両腕を失ってしまう。


『うががががあがががああああ!』


 苦しむ頭を乱すように体を震わせ、足を強引に蹴り回して赤竜を狙うも悠々と逃げられる。

 それをスライムが咀嚼しようと包み込むもブレスで反転し後方へと飛んでいく。



 近接攻撃、遠距離攻撃のどちらもがレベルが高く何をしても捉えられない。

 先ほど見せた恐怖はまた去り、手抜きでもしていそうだ。

 それですら、俺たちが何をしても状況が悪化していく一方だ。


 どうするか。

 それを考えても考え抜いても見つからない。

 それとも、もしかしたら諦めているのかもしれない。

 明らかに己よりも強い存在になど抗うだけ無駄なのだと。


 だが、それは過去の自分を否定することになる。

 それはあの人を踏みにじることになる。

 あの時、あの人は俺の為に怒ってくれた。

 それを見て、俺もまた舞い戻って戦うことが出来たのだ。

 それならば、まだまだ俺はあの人にお礼を返すことが出来てないじゃないか!

 まだ早い、諦めるのは。



『――スライム……奴の足元に溶解液を撒き散らしてくれ』

「「コク)」


 と、巨大スライムが頷き溶解液を辺り一面へと放ち猛毒の海へと変貌させる。

 猛毒の湖が広がり逃げ場はない、これで――


「ブォン」


 と、赤竜が双対の大羽を羽ばたかせ天へと舞い上がった。

 だがそれは想定通りだ。

 俺は体中の岩岩を無き右腕へと再集合させて思い切り叩く。

 叩く、ただ思い切り振りおろす。


 地は猛毒の海、天は岩岩のパンチ。

 これで逃げ場は……。


「――ブォオ!」


 だが、赤竜はさらに上空へ駆け上がって高圧的に吠えた。

 そして、獰猛な口が開かれていく。


 ――考える時間もなかったはずだ。

 だが赤竜は瞬時に判断し、それは最適解であった。


「ヴォオオオオオオオオオオ!!」


 赤竜が炎のブレスで猛毒を焼き払い瞬く間に消失させる。そして器用に体を折り曲げ地面へ鮮やかに着地した。

 やはりかなり戦い慣れている。それにかなりの知能を持ち常に思考しているようで何の攻撃も通用しない。

 戦況は五分五分と言いたいが状況はかなり不利だ。

 ゴブリンの攻撃は通らない、スライムの攻撃は当たらない。そして俺の攻撃も当たらずさらに両腕を失っているため戦力ダウン中だ。


 さらに付け加えるなら、入り口の方に赤竜がいるため逃げられそうにもない。

 迷宮想像で異空間に行けば助かるか……?

 だが、相手も迷区の主の可能性が高い。

 逃げられるとは限らない、それこそどこまでも追ってくるかもしれない。

 俺が死ぬまでずっと……――。



『なんで、殺してくる……?』



 ふとそんな弱気な声が漏れてしまう。

 どこから来たかもわからない赤竜に迷宮中を蹂躙され、またもや命の危機を迎えている。

 岩が壊れていく度に体中の岩が崩れていく。

 体中が痛さに悲鳴を上げていく。

 もう諦めてしまえと聞こえてくる気がする。

 

 だが、不思議と本当の痛みはない。

 心がズキズキと痛まない。

 なんで、なんて、そんなのは知っている。


 ここにはあの勇者はいない、目に映るのは世間では悪者とされる化け物だけだ。

 例え、死のうが誰も悲しまない、むしろ喜びの踊りを上げるだろう。

 だから、俺も別に……。


 だが、それも違う。

 それは違うのだ。ただの言い訳に過ぎない。

 化物?

 それは今の俺だ、そしてそんな俺のことを俺は嫌いでは無い。

 ゴブリンとスライム?

 そいつらも最初から嫌悪感などなかった、だからこそ迷宮警備を任かせたのだ。

 ならば、俺は、

 俺は何のために戦っている……?


 それを考えて脳裏によぎるあの日のこと。

 斧の勇者との決戦の後。

 魔力枯渇で消える直前に言ったこと、そして視界に写ったアンリ。

 俺はあの約束を守れなかった……


『なんて……! そんなの認められるわけがない――!!』


 あの人は俺の希望だった、ヒーローだった。

 これから先、どうなるか知りたかった。

 例え、姿がゴーレムになったとしてもそれは変わらない。

 そう、ゴーレムでも俺は……。


『ははっ、簡単だ――お前を殺すのは簡単だ――!』


 脳裏にはもう諦めはない、諦めるくらいならば立ち上がれ。

 上がって、上がりつくして、その先を手に取れるように行く。

 例え戻るのが遅れようとも、それでも命には代えられないのだから。

 それをアンリは望むのだろうから。



◆――◆――



 巨大な岩腕が水平へ薙ぎ払われ、それを見た赤竜は強靭な羽を羽ばたかせ空へ舞い上がる。

 先ほどと同じく、赤竜は余裕で避けていく。

 だが、俺は違う、違う、違う!


 俺は体の一部を弾丸のように発射する。

 ただただ速く鋭く強く。

 あの羽を、獰猛な牙を、憎き竜を粉々に粉砕するために。

 己の微量な全魔力を解き放つ。

 回復に何日、何カ月掛かろうと知ったことかーー!

 今、この瞬間に俺は全てを使う。


『ウアアアアアアア! ストーンドリル――!!』


 小さく高密度の岩槍が赤竜の喉へと向かっていく。

 避けようとする赤竜の左右上下をスライムの溶解液ががっしりと取り囲むように撒き散らされ、赤竜が精細さをかき吠える。

 初めて赤竜の眼に動揺が走った。


 それは驚きの声だった。

 それは恐怖の声だった。

 それは絶望の声だった。


 それに向かう一本の岩槍。

 ただただ諦めにも似た俺が最後の最後に考え付いた攻撃。

 名だたる英雄神の一撃を模して作られた勝利の刃。


 荒れ狂う。

 空間が乱れていく。

 場の静寂を傲慢に貫いていく。

 雷や風などの音を壊すほどの豪快な一撃。


 

 それは終わりを。

 死を告げる音だった。


 岩槍が高速回転しながら爆音と加速を上げていく。

 ただ目指す先はかつて英雄譚で神の一振りと称された最強の槍。

 名をグングニル。

 

 かつての英雄の伝説。

 それを真似たゴーレムの一撃。


 だがそれはゴーレムの性質を継いでいた。

 それはゴーレムと同じく再生の力を持っていた。


 だからか、赤竜は何をしようともそれは止まることはもうない。

 空間を震わせ壊しつくし。

 壁を、床を、空間を貪りつくしていく。

 そして唐突にそれは終わりを告げ。

 場には平穏が訪れた。



 残骸と変わり果てた赤竜をもって。


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