私は幸せな気分で笑いたい。
前置かない。
私の目の前で、その元人間は言った。
それはもう幸せそうに、
長年の宿願が叶ったというように。
けれど目は何処か遠くをみるように。
「死にたいから死んだ。何か文句でもあるか?」
と。
それに対し私は答えた。
「ああ、ある」
当たり前だ。これは私が望む死ではない。
「この勝負は私の負けだ。よくもそんな理由で、こんな死に方してくれた」
そしてそいつは「そうか」と私を嘲笑うと、私の目の前から消えた。
私の目の前で、その元人間は言った。
それはもう悔しそうに。
目的を果たすためなら何でもやるといいそうなように。
けれどどこか、満足そうに。
「死ぬのか。まだ、するべきことがあったのに」
と。
それに対し私は首を振る。
「もう死んでいる」
だがこれも、私の望む死ではない。
「この勝負は私の負けだ。周りの人間に残る貴様は、死を乗り越えて進むだろう」
そしてそいつは「そうか」と私へ軽く笑うと、
私の目の前から消えた。
私の目の前で、その元人間は言った。
それはもう狂ったように。
目の前の現実を否定するように。
ただただ泣き喚く子供ように。
けれど同時に、救いようのない大人らしく。
「嫌だ嫌だ嫌だいやだまだやりたいことがたくさんあるんだ!!死ぬわけがないんだ!!」
と。
それに対し私はただ見つめる。
「もう終わっている」
しかしこれも、私の望む死ではない。
「この勝負は私の負けだ。貴様の死は多くの負を無に帰すだろう」
そしてそいつは「そうか」と私に狂い笑うと、私の目の前から消えた。
私の目の前で、その元死神は言った。
まるで起こりうる筈のない何かに出会ったように。
真理が曲げられ歪められたかのように。
嘘のような現実を受け入れ難いように。
けれど何処かで、この状況こそを望んでいたかのように。
「私が死ぬなどあり得ない」
と。
それに対し私は首を傾げる。
「事実を前に無意味な否定だな」
そしてこれも、私の望む死ではない。
「この勝負は私の負けだ。お前が死ぬことで彷徨う魂は新たな物語を生むだろう」
そしてそいつは「そうか」と私を苦笑いすると、私の目の前から消えた。
私の目の前で、その元人間は言った。
何かを諦めたように。
誰かに謝るように。
死んでしまったことを後悔するかのように。
けれどどこか、これで救われるとでもいうかのように。
「あぁ… これで終わるのか」
と。
それに対し私は
私は
笑う。
大声を出して笑う。
笑って笑って嗤って笑って嗤って嗤って嗤って嗤って笑って嗤って笑って笑って嗤って嗤って笑って嗤って嗤って嗤って嗤って嗤って嗤って笑って嗤って嗤って笑って笑って笑って嗤って笑って笑って嗤って笑って笑って嗤って嗤って笑って嗤って嗤って嗤って嗤って笑って嗤って笑って嗤って笑って笑って笑って笑って嗤って嗤って笑って嗤って嗤って笑って笑って嗤って笑って嗤って嗤って嗤って笑って嗤って笑って雑音をかき消すほど嗤って嗤って笑って笑って嗤って嗤って笑って笑って笑って笑って嗤って嗤って笑って笑って嗤って笑って笑って笑って笑って嗤って嗤って嗤って嗤って笑って笑って笑って嗤って嗤って笑って嗤って嗤って嗤って嗤って笑って笑って嗤って嗤って笑って笑って嗤って嗤って笑って嗤って嗤って嗤って嗤って笑って笑って嗤って笑って笑って笑って笑って嗤って笑って嗤って嗤って笑って笑って嗤って嗤って嗤って嗤って嗤って嗤って泣くほどに笑って笑って笑って笑って埋め尽くすように笑って嗤って笑って笑って嗤って笑って笑って笑って嗤って笑って嗤って笑って嗤って嗤って嗤って笑って嗤って嗤って笑って嗤って笑って笑って笑って嗤って笑って笑って笑って笑って嗤って笑って笑って笑って嗤って笑って笑って笑って笑って嗤って嗤って嗤って笑って嗤って嗤って嗤って嗤って笑って笑って笑って笑って笑って嗤って嗤って嗤って狂気を込めて嗤って笑って笑って嗤って笑って嗤って嗤って嗤って笑って笑って嗤って嗤って嗤って笑って嗤って嗤って笑って笑って笑って嗤って笑って笑って笑って笑って笑って嗤って嗤って笑って嗤って嗤って笑って笑って嗤って嗤って笑って笑って嗤って嗤って嗤って笑って嗤って笑って嗤って笑って嗤って笑って笑って笑って嗤って嗤って嗤って嗤って笑って笑って笑って笑って嗤って嗤って嗤って笑って嗤って笑って嗤って笑って嗤って笑って嗤って笑って嗤って笑って嗤って笑って笑って笑って嗤って笑って嗤って嗤って嗤って笑って嗤って笑って嗤って笑って嗤って嗤って嗤って笑って嗤って笑って嗤って笑って嗤って笑って嗤って嗤って唄うように笑って嗤って嗤って笑って幸せを込めて笑って嗤って嗤って笑って笑って嗤って嗤って笑って笑って笑って笑って嗤って笑って笑って嗤って嗤って嗤って嗤って笑って嗤って笑って嗤って嗤って嗤って笑って笑って嗤って笑って笑って笑って嗤って嗤って嗤って笑って笑って嗤って笑って嗤って嗤って嗤って笑って笑って笑って嗤って嗤って嗤って嗤って笑い嗤う。
これまで散々笑われた分を吐き出すように笑う。
満面の笑顔で。
「この死が『終わり』?いいや、これは始まりだよ!」
陳腐でありきたりな台詞だ。これでは私は悪役のようだ。だが、いまはいい。
これだ。
これこそが私が望んでいた死だ!!
私が恋い焦がれ、愛して止まない死!!
ーーー不幸しか生まぬ、死!!
「この勝負は私の勝ちだ」
目の前の元人間は何故か呆然としている。
…あぁ、私が大声出して笑ったことに驚いてしまったかな?しかし今回ばかりは許して欲しいものだ!
そうだ、この感謝の気持ちを伝えなければならない。
「もう一度言おう。この勝負は私の勝ちだ」
これが死ぬことによって起きる幸福はない。
「新たに生まれる物語の中に幸福は無い」
これのおかげで救われるはずだった運命線は全て消える。
「貴様が死んだことで、多くの幸福な物語は潰える」
これの死を糧とできるものもいない。
「貴様の死を乗り越えて進むものもいない」
それどころか。
「貴様の死はあの世界において全てに悪影響しか及ぼさないだろう。貴様の死によって潰える幸福は数多くあれど、それによって生まれる幸福は存在しない。誰も得をせず、損しかしない。遺産は誰にも継承されぬまま地に帰すだろう。意志は誰にも理解さえぬまま消え果てるだろう。憎しみが生まれることはあってもそれが救いになることもなく、新たに不幸を生む種にしかならないだろう。そして、この死の不幸は様々な形で連鎖していくだろう」
あぁ、あぁ!
なんて素晴らしい、純粋な、
「まさに、この世の負そのもの」
無意味だと思っていたのだろうか?元人間は愕然とした顔をしていた。
愚かしい。死とはあらゆることに影響を及ぼす。
たとえ全ての縁を切って砂漠で一人のたれ死のうと、砂漠の砂が増えるだろう。もしくは何かの生き物がそれを食するだろう。
ましてや人との関わりを保ったままの死が、
誰にも影響を及ばさないとでも思っていたのだろうか?
これらが崇める神という存在でさえも、無影響なことなどできなかったというのに。
しかし愉快だ。
こんな負に満ち溢れたものなど、いつ以来だろうか。
あぁ。
「私と交わした契約を覚えているか?」
私が気に入った存在が新たな生を授かる時に交わす勝負という形の契約。
「幸福な終わりを迎えられるかどうか」
ただ、それだけだ。
だがこれの死には幸福な要素なぞ微塵にも存在しない。
「貴様が勝てば、幸福な来世を約束したがーーー」
万が一、私が勝てば。
「契約通り、『これからの幸福』を全て貰おう」
それは来世だけの話ではない。
全ての、これからの『全て』だ。
ただし、この存在が得られるはずだったものに限るが。
待ってくれ。
契約を思い出してそう叫ぶが、もう遅い。
手を振って私はソレを追い出す。
「あはは…あー、愉快愉快」
そういえば、あの世界では私のような存在を『悪魔』と呼ぶのだそうだ。
悪でもなければ魔というわけでもないのだが。
ただ、つまらなさそうな運命を不定形なものに変えているだけだというのに。
「正確には幸福と不幸を食ってるだけだが」
そもそも、『美味しいものを食べて幸せな気分で笑いたい』それの何処が悪なのだろうか?
私の名前はまだ無い。
存在理由は「運命喰らい」。
文字通り、誰かの運命を喰らうだけの、何かである。
くれぐれも、
誰かから幸福を搾り取る者じゃなく
誰かの幸福を作るついでにちょっと貰う何かになりましょう。