にぃ
俺が転生して三年が経ちました。今こそ、財政改革が必要である。いつやるの?今でしょ!?
ふわふわした毛の生えた頭を抱えながら、俺は目の前の帳簿を見て、ふぅ、と黄昏てみた。まるで、くたびれたサラリーマンのように哀愁漂う姿はこの世に生を受けて二年目とは思えない程、様になっている。
言葉はまだたどたどしいが、文字と数字は何となく読めるようになりました。覚えたのは目の前の帳簿を使ってである。幼児の手に届くような杜撰な管理がされているそれは、実はこの国の国家予算の帳簿だったのです。
まず、何の帳簿かわかった時に財務大臣を殴りたくなったよ。お前、何でこんな大事な物に杜撰な管理をしているんだよ、と。でも、もっと驚いたことがある。なんとなんと、この国には財務大臣なんていなかったのだ。誰にこの迸る怒りをぶつければいいんだ!?
俺は前世では会社経営に携わっていました。計算は得意です。なので、わかることですが、この帳簿はどんぶり勘定な上に計算ミスが多い。ざっと見ただけでも、ざるも良いところ、帳簿の意味を全くなしていない。全体的に大赤字ですが、なぜか黒字になっています。こら、計算ミスで粉飾決済してはいけません!
更に項目がおかしい。何で軍事費が九十パーセント以上を占めてるの!?戦闘民族か!?あ…わからんけど、戦闘民族だった。
そもそも、何で甲冑や剣にこんなにお金かかるんだよ。馬鹿なの?ねぇ。
どうも、うちの国は攻めオンリーらしい。専守防衛なんて、お偉いさんの辞書にはないんだ。だから、取ってはすぐ取り返されを繰り返しています。いたちごっこだし、はっきり言ってお金をかけても、すぐ取り返されるんだから利益が望めるわけがない。故に赤字だが、それでも攻め続けるんだ。精神病んでるんじゃない?って突っ込みたくもなるさー。ははは、笑えねー。
「じい」
俺は爺やを呼んだ。外見は爺なんかじゃない。男の俺でも惚れ惚れするくらいの骨太マッチョな上腕二頭筋が素敵なナイスミドルである。
言い忘れたけど、俺は王子らしい。ゆくゆくはこの国を引っ張っていく王様になる予定。もっとも、それまでにこの国は財政破綻しそうだ。俺には関係ないね、と言いたいが、国のトップの子供である。国が崩壊すれば責任とらされることは必須、良くて島流し、悪くて処刑である。どっちも嫌だ!
この国の処刑方法の主流はギロチンか馬裂きである。首と胴体が切り離されるなんて、ホラーだよな。ファンタジーなのに、何でそういう処刑具だけはリアルなのはふっしぎー。
馬裂きも十分残酷だ。だって、ずぶずぶのどろどろになるまで、馬で引きずり回されるんだよ?想像しただけで…うぷっ…吐きそうだ。
「ミッシェル様、お呼びでしょうか?」
ミッシェルは俺の今世の名前だ。前世は純和風な名前だったので、正直慣れない。例えば「太郎」がある日突然、キラキラネームで呼ばれるようになるもんだ。まだ、ミー君と呼ばれた方がしっくりきそうである。太郎という名前も俺が死ぬまでの日本では絶滅危惧種だったが。
俺はきりっとした顔で爺に向き合った。
「いまこそ、ざいせいかいかくがひつようでりゃる」
噛んだ。俺は薄毛の頭を抱えた。
そもそも、三歳児には難しい単語である。喋れるようになったのは最近だが、思うように考えを伝えられないのがもどかしい。まさに、一刻一刻と断頭台が俺に迫ってきているのである。露になるのも時間の問題な今こそ、前世チートが発動されるべきだが、俺に与えられた称号は「気違いな子供」だった。
爺は俺を抱き抱えた。素晴らしい提案だからではなく、毛も歯も十分にはえ揃わない子供が口にした意味不明の単語に恐れ戦いたからである。
「祈祷師を!いますぐ祈祷師だ‼ミッシェル様がご乱心だ」
肩に担がれ、俺は城内にある聖堂に連れていかれた。そこにはこれまた筋肉ムキムキの錫杖を持ったナイスミドルが控えていた。やたらと豪華な装備をなさっているが、それ、どうやって儲けて買ったの?嫌な予感しかしないんだけど!?
「オンキリキリ、オンキリキリ、うんばらぱっぱ、うんたら、かんたら。はっ!」
効果があるんだか、ないんだかわからない意味不明な呪文を目を閉じて唱えた後、かっと目を見開き、側にあった像を錫杖でかち割った。像を壊す意味はあるんだろうか?経費削減の意味わかる?
「ご安心召されよ。殿下の邪念は打ち払われました」
えーと、まだ邪念だらけですが、何か?霊感商法は立派な犯罪である。何気にいたいけな三歳児を捕まえて、邪念にまみれてるとか失礼じゃないか、と思うんだよね。歪んだらどう責任とってくれるんだ。中身はおっさんだけど。
人件費削減のためにはまず、こいつを削りたい。だって、どう見たって、その装備は賄賂だろ?ああ、喋れないのがもどかしい。前世チートで魔法でも使えたら、こいつら、全員ぶっ飛ばしてやるのに。
王制も廃止したい。正直、負債だらけの国を背負いたくない。でも、革命やらで処刑されるのは嫌。
何で筋肉馬鹿野郎どもしかいないんだろうか?まともな思考回路の人間はいないわけ?
そこまで考えて、俺は気づいた。この国の有能な人物は戦闘能力で決まるようだ。ならば、無能とされる人物こそ、救国の人になるのでは?官吏採用もなぜか、戦闘力をはかる試験が課せられるのだ。
「じい、わたしはめがさめたようだ」
できるだけ清らかな瞳をつくり、あざとく瞳をぱちくりさせながら首を傾げてみれば、「うぉぉー、流石、祈祷師様だ」と喜ぶ始末。ぶっちゃけ、この国の将来が心配である。
俺は黒い野望を胸に抱きながら、国の立て直しを決意した。