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いち

俺が転生して八ヶ月が経った。罰ゲームなら勘弁してほしいと毎日思っていたが、日を重ねるごとに受け入れざるを得なかった。


はいはいができるようになった俺は、淀んだ瞳で現状把握に努めることにした。大事なのは情報である。

残念ながら翻訳チート機能は備わっていなかったので、会話が全くわからなかった。ただ、どうも俺は高貴な生まれらしい。母と信じていたダークグレイの髪の女は乳母のようで、名はフレイアと言うらしい。ずっと実の母と思っていたのに裏切られた気分である。

実の母らしき人物は頭の上で金髪を天高く盛った髪に、水色の瞳をした女だった。フレイアから俺を受け取ろうとした際、鼻水が出た瞬間、受け取り拒否された事実は一生忘れない。危うく、毬のように地面に落下するところだった。

高速ハイハイしながら、俺は床に転がっている分厚い本までたどり着き片手で、んしょ、と捲った。困った。やはり全く読めない。

転生の定番といえば、前世チート機能の付与であるが、俺にはそんなものはないらしい。つまり、ただ過去の記憶を持ったまま生まれただけ、というわけだ。あれ?やっぱり記憶は要らないんじゃね?

哀愁漂う背中を向けた俺を見つけたフレイアが俺を抱っこした。実は赤ちゃん用のゲージが開いた隙を縫って脱走したのである。


「○☆◎∋∨ÅゑΩ」


何かを話しかけているのはわかるが、言葉が理解できないので、わからない。だんだん不安になる。

大人は新しい言語の習得に時間がかかる。さて、生まれた時からおっさんのような自我をもつ俺に果たして言語習得は可能なのか。一生言葉がわからないままなら、ぞっとする。

数ヵ月経って理解したことはこの世界は俺が元にいた世界と似ているようで異なるということ、文明が遅れているようだということだ。電気がないから電子機器の類いはない。テレビも冷蔵庫も洗濯機もない。

生態系に関しては似ているようだが、微妙に違う。どこが違うかと言うと、種族的なあれが違うのだ。例えば、「人間」であるが、前世では存在しない髪色、虹彩をもつ人々がいる。それだけなら未だしも、尖った耳や角が生えた、長い牙が生えた人物まで見つけてしまえば、嫌でもここが異世界なのだと実感せざるを得ない。

しかも、嫌なことに頭の上を時々ゴーストが横切るのだ。前世の俺には霊感はない。俺はおばけや心霊現象は大嫌いである。奴等が唐突に現れる度に元々垂れ流し状態ではあるが、俺の膀胱括約筋は緩み、ちびってしまうのだ。

不便なだけではない。紙オムツなんてないから、布おしめがあてがわれている。離乳食なんてないから、簡単に野菜を塩で味付けして、どろどろに煮込んだ不味い飯を食わされる。風呂は自動湯沸かしではないからいつでも入れるわけではないし、洗濯機も洗剤、柔軟剤もないから服は何日かは同じものを着る。タオルや布は大体ごわごわしていて、肌触りが悪い。掃除機がないせいかはわからないが、床に塵が残っていたりする。体臭を誤魔化すためにつけられた香水が汗の匂いと絶妙なハーモニーを奏でて、なんとも言えない気持ちになるのだ。

前世の元彼女達がよく、ヨーロッパ貴族のドレスや平安時代の十二単なんかに憧れている話をしていたが、その時代背景を考えてみろ、と言いたいもんだ。贅沢な暮らしができたのは一部の特権階級だけだし、シャンプーも石鹸もバリエーションはないし、機能も落ちる。食生活もしかりだ。香辛料が高級品なんだぞ。当然、庶民飯は更に味付けは薄いはず。困った時の神アイテム、コンソメ、ケチャップやマヨネーズは常備されていないしな。そもそも塩も砂糖も高級品である。コンビニも自販機もない。電車もない。暖炉はあるが、クーラーもない。夜になれば真っ暗だ。

ほーら、あなたもだんだん嫌になってきただろう?異世界転生に夢も希望もない。チートで無双より現代人的な暮らしが恋しい。俺より興味がある奴を転生させてやれよ。そういうのは小説やゲームで間に合ってます。

俺は潔癖症の気があった。だから、室内をたまに駆けずっているネズミちゃんや、俊敏な動きで駆け抜けるGを見ると、赤子ながら、のぉぉぉっと叫びたくなるのだ。更に、時々トカゲやムカデなんかも窓の隙間から入ってくるんだぜい?

ガタガタ音がすると思って、音の原因を確認したらネズミ取りにかかったネズミだったとか、フレイアが窓を開ければコウモリが部屋に入ってきたとか、とにかくここのところ、神経がすり減るようなエピソードに包まれて、俺の生えかけの頭は今にも禿げそうである。

更に、懸念材料があった。

外でドォンっという爆発音が聞こえる。俺の親父と目される男はどうやら、戦争を仕掛けているようだ。それも、結構高頻度。具体的に言うと、毎日だね。

腕毛の立派な俺のダディーはやたらと煌めく甲冑をガシャガシャ言わせながら、やって来て×印のついた地図を見せるのだ。よくわからんが、あれ、身振りから察すると「次はどこそこを攻めて来るよ、息子よ」という意味っぽい。

×印の位置がどんどん増えていくことに俺は戦いた。あんたら、どこの戦闘狂の民族だよ!?つか、それだけ領土拡大しているのに、何で貧乏なんだよ!?大日本帝國か!?

うちは財政難だ。ところどころ雨漏りしたり、ガタが来ているのにダディーの甲冑は豪華、マミーのドレスは高級である。

全力で突っ込みたかったが、翻訳チートがないのが誠に残念である。

一人乗り突っ込みをやっていれば、体力のない俺はおねむになってくるわけで…。結局、睡魔という名の現実逃避に走るのだった。

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