熱田祭りと小さな恋
まっすぐだったあの日の恋は、大人になった今でも心をキュッと締め付ける。
一生懸命だからこそ不器用な十代の恋。
あなたの胸に蘇る人はだれですか?
“名古屋の夏は熱田祭りから始まる”
といっても過言ではない。
その昔、名古屋の人達は,毎年熱田神宮のお祭りを境に浴衣で過ごすようになった。いわゆる“衣替え”だ。
6月5日、昨日はそのお祭りの日。
13年前、16歳の私は浴衣の裾を気にしながら、待ち合わせ場所へ急いでいた…。
彼が出来て3ヶ月、手を繋ぐ事には慣れてきたけど、待ち合わせの場所へ行く前の、この怖いようなドキドキには慣れる事が出来なかった。 祭りらしい人込みの中、逸れない様に彼の手をしっかり握って歩く。その時の私にお祭りを楽しむ心の余裕なんて無かった気がする。
「見つけた!」
の声に振り返ると、そこには彼のクラスメートの男の子達…。私は繋いだ手をサッと離した。
「彼女のほうが背、でかいじゃん」
制服の時は私より少し背の高い彼。こうして下駄を履くと私のほうが随分大きくなってしまう。
今思えば、なんとも高校生らしい率直なコメント。きっと彼らにも悪気なんて無かったと思う。
それでも、言われ慣れているはずの言葉に、この日はどうしてこんなに傷付いたんだろう。
“彼女になるってこういう事なんだ…。私のコンプレックスなのに、彼にまで嫌な思いをさせてしまう。片思いしてる時とは違うんだ…”
そう思ったとたん、浴衣を着て浮かれてお祭りに来ている自分が随分図々しく思えた。しかも手まで繋いで…。
花火の間も早く帰りたかった。もう誰にも見られたく無い。
花火のクライマックスが終わるより早く、足早に駅の改札に向かおうとする私に
「ちょっと待って。あのさ…」
彼が何か言おうとする。でも言葉が続かない。祭のにぎわいと、まだ少し肌寒い初夏の夕暮れの風が二人の横を通り過ぎていく。流れる沈黙に胸が苦しい。
「あのさ…、浴衣…かわいかった…。」
うつむいたまま、ぶっきらぼうにつぶやく彼。
その一言に、私がどれだけ救われたか。
そう言ってくれたあの日の彼に、私は“ありがとう”をちゃんと言えただろうか。 そんな一番大事なことが思い出せない。
13年後、ベランダから小さく見える“熱田の花火”が“16歳の小さな恋”を思い出させた。