第二章 発現3
オルディア達一行は石段に座り込み、昼食を取りながら休憩をしていた。
各々が携帯用の小瓶に詰め込んだ水で喉を潤していたが、ライドだけはパンをがっついている。
ちゃぽん、と瓶の中の水を揺らし、クロンズは手で口をぬぐいながら、
「ふぅー。しかし、最初この依頼を聞いたときは楽勝だな、と思ったけどキツイなー」
「そうね……。ただ単に大聖堂の司祭様から手紙を受け取って持ち帰るだけだなんて言って……。先生も人が悪いわぁ」
ネメリは天を仰ぎ、息を吐いた。そよ風が汗ばんだ体に通り抜け、ひんやりと気持ちよかった。
「ぐも、ほむはむのくんふ、ひーふひはっらはひっふほ」
「ライド……。ちゃんと口の中のものを飲み込んでから喋りなさいよ、行儀悪い」
ネメリにため息をつきながら言われ、ライドはそのリスみたいな頬の中身を、噛んで噛んでしばらく噛み続けて、ゴクリと飲み込んだ。
「……でも聞いたところによると、今回の任務って急遽決まったらしいっスよ。クロンズさん、その水、僕にも頂戴ッス」
「何でだよ。自分のを飲めばいいだろうよ」
「もう全部飲んじゃったッス。お願いしまッス」
「ヤだよ。お前と間接キスになんだろうが。……あ、テメェ!」
ライドは素早く水を奪いとりガブガブと飲んでゆく。クロンズは、その豪快な飲みっぷりに一瞬言葉を失ったが、慌ててすぐに取り返した。だが後の祭り。瓶の中は空。瓶を逆さにしてみたが、一滴も落ちてこない事にガックリと肩を落とした。
そんな二人を尻目に、ネメリはオルディアの側に寄り、
「さっきのライドが言った、この任務が急遽決まったものというのは本当なのですか?」
オルディアは黙って頷き、深緑色の瞳を長いまつげで隠すように伏せながら口を開いた。
「ああ。コーレル司祭殿が緊急の用件があると、今朝学院長に手紙が届いたそうだ」
「緊急の用件?」
クロンズが弱々しい声で会話に割り込んできた。ショックから気を逸らすためだろう。横では満足そうにお腹を撫でる野郎がいるからだ。そうでもしないとやってられない。
「それが詳細な説明は書かれていなかったらしい。ただ“渡したいものがあるから取りに来てくれ”……と」
「渡したいものッスか……。何だろう、重要なアイテムか何かッスかね?」
ライドの推測にネメリは鼻で笑い、
「まさか。そんな貴重品の護送任務なら私達のような一般生徒は選ばれないでしょ。……あ、でもオルディア様がいますものね」
「いや、私は君達のサポート役だよ。教官の方達が皆駆り出されているから代理で付いてきているだけだ。それに、あの大聖堂には何度も行ってるしね。案内役も兼ねてるわけさ」
「ま、行ってみりゃ分かるでしょ。そろそろ出発しましょうや。早くしないと日が暮れる」
クロンズが立ち上がり、尻についた砂をはたく。他の者達も同意するように腰を上げる。
しかし、いそいそと片付けて出発の準備を進める中、オルディアだけは座ったまま口元に手をあて怪訝な表情を浮かべていた。
どうもこの依頼は不明確すぎる。
通常、依頼というものはギルドにしろ、我々学生にだろうが詳しい内容を記すものだ。
何を運ぶのかとか、何を討伐するのかとか、報酬は幾らかなど、まず目的をはっきりと伝えないといけない。
その内容によって受け取った組織側はランク付けし、腕の立つ者なら難度の高い依頼を受ける事ができるし、初心者なら簡単なものしか受けられない。そう管理しなければ、無駄な怪我人を生み出すし、場合によっては命を落とす危険性があるのだ。
だがこの依頼はなんだ。
依頼とも呼べないただの頼みごとだ。手紙を受け取った学院長も首を捻っていた。
渡したいものがあるというのなら、物が何かを記せばよいし、わざわざ『依頼』という形をとらなくてもよい。
学院長とコーレル司祭殿は知己の間柄らしいから受けざるを得なかったらしいが……。
(ともかく、その“渡したいもの”が気になる。明記しないという事はよほど重要な物品で、情報が他の者達に漏洩しないためか……。ならばなぜ、一般の生徒を派遣してくれと書いてあったのか……)
安全に届ける事を考えるならば、信頼のおける教官や実績のある生徒達を指定するのではないだろうか。
矛盾している点が多すぎる。
一体、コーレル司祭殿は何を考えているんだ?
よほどの事なのか……?
自分の考え過ぎならばよいが……。
「オルディア様? どうかなされたのですか?」
ネメリが肩口から声をかけてきた。オルディアは薄く笑い、首を振りながら、
「いや、何でもないよ、さぁ行こう」
クロンズの言う通り、ここで考えても仕方がないだろう。
六千階段の終着はもうすぐの筈だ。
やっとこさ頂上へ到着すると、前方が拓け、景色がよく見えた。
緑の草々の絨毯に立つどっしりとした建物は、聖堂というより城に近い。モノトーンで重厚な石壁。二つの巨大な尖塔が天高く突きだし、タワーのようになっている。簡素なデザインかと思いきや、外壁一つ一つにはきめ細かい彫刻が散りばめられており、見る者を圧倒させる。
オルディアを除く三人が近くまで行き、あんぐりと口を開けた。
「ひゃー……」
「大きい……」
「あれ? もしかしてこれがアルグレーユ像ですか?」
入り口の両開きの扉に、様々な紋様が描かれている中に浮き出るように女性の彫刻があるのをクロンズが発見した。
「違うよ。確かにこの女性はアルグレーユだが、本物は中にあるよ。さぁ、入ろう」
ぶ厚い扉を開けると、一目で分かった。
いくつもの長椅子を並べ、正面には祭壇がある。その後ろにそれはあった。
「これがアルグレーユ像……」
全長十メートル以上はあるだろうか。巨大な石像だ。どんな人間でも一目見れば思わず見とれて、魅いられてしまうだろう。そのぐらい神々しい。
(……司祭様はどこに行ってしまわれたのだろうか……?)
目的の人物が見当たらない、とオルディアは思った。司祭どころか、シスターさえも誰一人としていない。
探しに行こうと歩き出そうとしたその時、
「あ、あのオルディア様……?」
「ん? どうした?」
ネメリがやや強張った表情で巨大な女神像に指をさしている。
アルグレーユ像というのは両手で水をすくうような格好を取っている。ネメリはその腕に向かって、己の右手を上げていた。
促されるようにその先に視線を移すオルディア。すると、片方だけでも数メートルはあろうかという像の掌の上で何かが蠢いている。
「何だ、あれは……?」
オルディアは目を凝らしてよく見てみた。
そこにいたものは。