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第二章 発現1

 空はどこまでも晴れ渡っている。

 もうひとつの海とも言えるような青空の上を雲という船がのんびりと漂っていた。

 その雲にまで届きそうな大木が立ち並ぶ森の中。高いところで枝葉が幾重にも重なり、緑色の天井を造り上げ、そこから太陽の光が無数に降り注ぐ。

 風が吹けば光のヴェールは緩やかに揺れ、葉の音が心地よい子守唄を奏でていた。


 そんな森林の中を裂くように一本の石段が通っている。石段は大蛇のようにくねり、とてつもなく長い。

 その中腹辺りを上る男女四人組がいた。

 列の最後尾を歩く少年が他の三人とは少し離れたところで立ち止まった。十六歳ぐらいだろうか。黒髪で、肩や胸に装飾の施された白地の詰襟のようなものを着ている。苦しいのか、首までしっかり上げていたファスナーを一気に下ろすと、


「あ、あのー少し休憩しないっすかー?」


 自分を置いてさっさと先を行く三人に、息を切らしながら大声で提案した。


「だらしがないわねー。目的地までまだまだなのよ? しっかりしなさいよ、ライド」


 呆れ口調で言ったのは、四人の中で二番目を歩く少女。先ほどの少年とさして年齢は変わらなさそうだ。長い髪を二つに縛り、お下げにしている。格好も似通っており、襟に赤いネクタイをして、これまた赤いスカートを履いている。


「早くしないと置いていくから」

「ひどいっすよー、ネメリさぁーん。まだまだなら尚更休憩しましょうよ、ね?」

「いーや。……何、クロンズ? 何でさっきからジーッと私を見てるのよ?」


 クロンズと呼ばれた茶髪の少年、こちらもライドと同じ格好をしている。だが彼は最初からファスナー全開で、インナーである黒いシャツが見えている。

 彼は真剣な面持ちで口を開いた。


「……ネメリ」

「だから何よ?」

「今日は縞々か」

「んなッッッ!!」


 慌ててスカートをギュッと押さえるネメリ。顔を真っ赤にし、ギロリと睨む。

 ネメリのスカートの丈は膝上あたりなのだが、彼の位置関係からして中の可愛らしいものがチラチラと見えていたようだ。

 敢えて注意せず、しばらく堪能していたクロンズはくくくっ、と笑いながら、


「意外と子供っぽい趣味してんだな」

「いっ、今すぐ記憶から消し去れ! じゃないと射つわよ!」


 背中に背負っていた弓を取り出し、構える。と今度はライドが、


「はぁ、はぁ……。ネメリさん、見えてるっす」

「死になさい!!」


 太ももに取り付けたレザー製の矢筒から素早く矢を取り、二人に向かって次々と放った。


「うわわわ、ホントに射つなよ!」

「危ないッス、危ないッスーーッ! 僕は善意で言っただけッスよーーーーッ!」


 弓を構える場合、どうしても足を開かなければならない。射る場合もまた然り。でもネメリにはもう関係ない。あいつらは乙女の大事なものを見てしまったのだ。もう、殺っちゃうしかない。


「んなの、知ったことかーーーーーッ!!!!」


 無数に飛んで来る矢をなんとか避け続けるクロンズとライド。だが、ライドは段差で足を踏み外し、尻餅をついた。そこへ、股関の僅か数センチ先のところに矢が刺さる。


「ひぃッ!」

「はぁ……、はぁ……。変態どもめ……」

「何だよ、冗談じゃんかよ……」

「ひぃ、ひぃ……。そっすよ……」

「ライド。お前、あいつのパンツ見て興奮したのか? 息切れすげーぞ」

「これは階段を上ってて疲れたからっす! 変な言いがかりはやめて下さいよ!」

「そうだよなー。ネメリみたいな女、ゴメンだよなぁ」

「そっすねー……。ってだから僕に振らんで下さい! ああっ! ネメリさん、違いますって! 構えないでーーっ!!」

「はぁ……」


 一番前を歩く人物は、三人のドタバタ劇を見て、こめかみを指で押さえながらため息を吐いた。すぐそばで、余計な体力を使うだけの不毛な争いを繰り広げる三人に対し、この男性だけ全く違う格好をしていた。

 歳は十八ぐらい。サラッサラな金髪ショートヘアで、中性的な顔立ちをしている。正直、言われなければ男と分からぬほど、美形だった。暗紅色のジャケットを羽織り、ピシッとした白いシャツに赤いスカーフを巻いている。パッと見、タキシードのような服装だが、手足には鉄製の籠手やブーツをはめて、腰には西洋風の長剣を下げている。


「我々は任務中だ。休んでいる暇はないよ」


 その声にピクン、と反応したネメリはくるりと振り返り、美男子へと一気に詰め寄った。両手を胸の前で組み、キラキラと目を輝かせている。


「そうですよね、オルディア様!大事な、大事な任務なんですから休憩なんか必要ないんですよ! こんっっっなバカどもは放っておいて私達だけで行きませんか!?」

「い……いや、それはさすがにいけないと思うよ。私達は四人で一班なんだから」


 どうどう、とオルディアは馬を落ち着かせるように両手を上げるが、


「そうですよね! みんな一緒じゃなきゃ意味ないですよね、さすがはオルディア様!」


 まるで効果がない。鼻息荒く、言うことがコロコロ変わるネメリの態度に笑顔がひきつってしまう。二人の男共も呆れながら、


「……ったく、ネメリはオルディア様の前だと豹変するからなぁ。恋する乙女は恐ろしいねぇ」

「そういうことじゃないわ、そこのチャラ男! 私は一人の人間としてオルディア様を尊敬しているの! 貴族の名門、スヴェンソン家の嫡男であり、学院の成績もトップクラスで、剣技も超一流。性格も責任感が強く、みなに優しい。将来も各国の軍から引く手あまた。そんなお方と一緒になれるなんて……。はぁ〜、感・激ぃ……」


 あさっての方向を見てトリップしだすネメリ。


「いや……、大げさだよ。私は別に……」


「謙遜なさらないで下さい! オルディア様は全生徒の憧れなのですから! あぁ、でもそんなところも素晴らしい!!」

「参ったな……」

「でも俺達も光栄っす。オルディア様と班を組めるなんて」

「だな。なかなかないですからね」


 いつの間にか側までよってきて賛同する二人に、困り顔で、


「他の生徒にも言っているのだが、私にその、様付けはやめてくれないだろうか? 私も君達と同じ学生なのだから」


 オルディアのお願いに、そんなにしたら首がちぎれるよ、というぐらいブンブンとネメリは首を振る。


「ダメです! オルディア様は私達とは別世界のお方なのですから! オルディア様はもう既に神と同義。タメ口などあり得ません!!」


 真っ向から否定され、ますます弱ってしまうオルディア。頭を抱える姿に、フォローしようと思ったのか、クロンズは話題を変えた。


「さて、それじゃそろそろ出発しますか? 図らずも休憩になったみたいですし」

「そうだな。ライド、もう大丈夫かい?」

「はい! 心配おかけしましてすいませんっす、オルディア様!」


 オルディアの柳眉がピクッとなったのをクロンズは見逃さなかった。さっとライドの後ろに回り、膝をカックン。


「どわ! な、何すんスか、クロンズさん!」

「いーから早く行くぞー」


 四人は再び歩き出したが、いくら登っても終わりは一向に見えてこない。

 この石段は一体どこまで続いているのだろうか。

 クロンズもさすがに疲れたのか、


「あのー、今から行くエスマイール大聖堂にはまだ着かないんですかね? 何もこんな山の上に造らなくともいいんじゃないですか?」


 オルディアは振り向かず、前だけを見つめ進みながら答えた。他の三人は疲れて足取りも重くなっているというのに、彼だけは息一つ乱れていない。


「女神アルグレーユの名は聞いたことがあるだろう?」

「この世界を創造したといわれる神様ですよね?確かその像を祀っているとか」

「そう。女神アルグレーユは世界を創世する際、今大聖堂が建っている場所、あそこを始点として造りだしたそうだ。それを崇めるため、アルグレーユ像を建設した。この長い山道も、我々とアルグレーユにはそれだけの距離があることを指している。この道を歩くことにより、己を修練し、神へと近づく。いわば神への道なのさ」

「神様と会うのは大変てことっすか」

「そういうことさ。ちなみにこの石段は六千階段とも言われているよ」


 オルディアは目を細め、肩をすくめた。キザっぽく見えるが、彼がすれば絵になるのだからしょうがない。


「六千!?うへー、一気にやる気無くした……」

「あんた、うるさい。でも私も疲れたかも……」

「頂上は近いはずだ。もうしばらくの辛抱だよ」

「はいっ!頑張ります!!」

「現金だな、こいつは……。おーい、ライド大丈夫かー? さっきから一言も喋ってないけど」


 そう言いながらクロンズは後ろを見て、ギョッとした。


「おっオルディア班長! やっぱ休憩しましょう!! このままじゃ無理です!!」

「あんたまで何言い出すのよ……。オルディア様がもうすぐって言ってるんだから……」

「いや、もうさすがに限界だと思う! ほら、見てくれ!!」


 オルディアとネメリが振り返ると、目を皿のように丸くした。かなり下の方でライドがうつ伏せで倒れていたのだ。クロンズは急いでライドのとこまで駆け寄る。


「おい大丈夫か! しっかりしろ!」


 体を揺さぶるが反応がない。顔を近づけてみると、ヒューヒューと微かに息をしている。ホッと一安心するクロンズ。

 と、ライドは顔を伏せたまま弱々しく、


「は……」

「ん? どうした?」

「腹減ったッス。もう一歩も動けないッス……」


 ぺちん、とクロンズはライドの頭を叩いた。

 全員の体から力が抜けた瞬間だった。


 


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