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第一章 消えた少年2

 奏真の通う学校から、歩いて二十分程度の住宅街に、四階立てのマンションがある。

 マンションというよりはアパートに近いんじゃないだろうか、と思えるぐらい低層で設備もあまり良くなさそうな建物に見える。

 そこの三階の一部屋に、奏真はこの部屋の主と一緒に二人で住んでいた。

 正確に言えば、住まわせてもらっているというのが正しいが、以前に母親と住んでいた家よりも長い年月ここに暮らしているので、今やここが彼のマイホームと言ってもいいだろう。

 この部屋の主にも、『ここを、自分の家と思って構わないからね』と優しい言葉をかけられている。

 奏真が玄関のドアを開けると、台所の方からいい匂いがしてくる。

 これは煮物かな?と思う奏真の耳には、トン、トン、トンという軽快なリズムで何かを切っている音も聞こえてきた。

 奏真は台所へと向かい、料理をしている人物に挨拶を済ます。


「ただーいま。咲耶さん」


 声をかけられた黒いショートカットの美女、天守咲耶(あまかみさくや)は料理に集中していたのか、奏真が側に来てようやく彼が帰ってきた事に気づいたようで、


「あ、奏真。おかーえりー」


 顔だけを奏真の方へ向け、笑顔で答えた。


「帰ったらまず、手を洗いなさいよー」

「はーい」


 奏真は軽い返事をし、台所の蛇口をひねった。

「あっコラ! ここで洗わないでよ!」

「いいじゃん、別に。どこでも一緒だって。それより、今日の晩ゴハン何?」


 もう、仕方ないなぁと咲耶は呆れながらも、鍋のフタを開けた。


「今日は豚のしょうが焼と、筑前煮よん」

「おお、やった! さっすが咲耶さん」

「ハイハイ。わかったらとっとと着替えて――、あ」


 フタを戻し、奏真の目の前に近寄る。


「なっ、何?」


 自分の目をジーッと見てくる咲耶の真剣な顔に、ドキッとする奏真。

 と言っても、ドキッの後ろにハートマークが付くような素敵なものでなく、隠し事がバレた時のような気まずいやつだった。

 奏真は必死に考えた。


(何だ……? 俺、何かしたっけ? この間のテストの点が悪かったのを怒っているのか……? ハッ! もしかして咲耶さんの取っておいた冷蔵庫のプリンを、勝手に食べたのがバレたのか!?絶対そうだ、そうに違いない!! この人食い意地張ってるから!!)


 最後の言葉の方が怒られそうだが、奏真は先に謝って許してもらおうと決めた。

 ゴクッと唾を飲み込み、


「さっ、咲耶さん――」


 すると咲耶はニコリと笑い、体をクネクネさせながら、猫なで声でこう言った。


「ねぇ、ご飯にする? お風呂にする? それともぉ……わ・た・し?」


 空気が一瞬止まる。

 リビングにあるテレビからはバラエティー番組をやっているのだろうか、笑い声が聞こえた。

 咲耶のやりたかったことを理解した奏真は一気に脱力し、


「はぁ……もう……」

「ねぇ、ご飯にする? お風呂にする? それともぉ……」


 しつこく続ける咲耶に、奏真はため息を吐き、


「そんな使い古されたボケ、やめて下さいよ……。それに、咲耶さんのトシじゃそんなセリフ似合わなゴフッ!!」


 言い終わる前に、咲耶の素早い踏み込みからの肘打ちが、奏真の安心して緩みきった腹にそれは見事にクリーンヒットした。


「ぐおお……」


 床にうずくまる奏真。


「い……、いつもながら容赦のない……」


 奏真の苦しむ姿を尻目に、咲耶は人差し指の先を顎にあてながら、


「ん〜? 咲耶お姉さん、奏ちゃんが何って言ったか聞こえなかったなぁー」


 顔は笑っていても目が笑っていない。

 奏真は横にあった冷蔵庫に手をつき、フラフラと立ち上がると、


「さ……、先に……お風呂に入ってきます……。美人でお若い、咲耶お姉さま……」

「あら、そう? 残念ね〜。それじゃ、体の隅々まで洗うのよー」


 いたずらっぽい笑顔を浮かべ、ヒラヒラと手を振るのであった。




 この一見、お茶目? な女性、天守咲耶は、奏真の母、天守真理(あまかみまり)の妹で、奏真の叔母にあたる。

 真理が失踪した後、一人になってしまった奏真を引き取り、女手一つで育ててきた。


 彼女がいてくれたお陰で、奏真は母親を失った寂しさをまぎらわすことができた。

 奏真にとってはもうひとりの母であり、姉のような存在なのだ。

 実際、外見は若く、スタイルも抜群で、奏真が出会った十年前からその姿はまったく変わっていない。

 左目の下にある泣きボクロが特徴的で、それがまた彼女の魅力を引き立たせている。


 近所の商店街でも有名人で、咲耶が一度通れば、彼女の魅力にメロメロな店主が奥さんの冷たい視線にものともせず、商品を毎回サービスしてくれる。その為、商店街を出る頃にはタダで貰ったものでいっぱいになるというのが日常茶飯事的に行われている。

 彼女一人にこの商店街は潰されてしまうのではないか、と密かに囁かれている程、評判の美女であった。

 しかし、本当の年齢を奏真は知らず、それを聞くと先程のように格闘ゲームばりの必殺技で“次に同じことを聞いたらどうなるのかな〜。ん〜? コノヤロー。”という意味合いが込められた一撃を叩き込まれるのであった。




「あ、ちょっと待って」


 咲耶は、風呂場へと行こうとして自分に背を向けた奏真を呼び止める。

 今度は何? と奏真は首だけを動かし、咲耶を見る。


「さっきさ、何を言いかけたの?」

「さっき?」

「ほら、私がボケる前に、私の名前を呼んだじゃん。何だったの?」


 サーッと血の気が引く奏真。


「そそそ……それはその……なっ、何でもない」

「怪しいわね……。何か隠してるでしょ。言ってみ? 怒らないから」


 そんな事を言った人間が怒らなかった事例など、今までこの世に存在しただろうか、いや無かったでしょうが! と、奏真は心の中で反論した。

 額から汗が止まらない。


「言ってみなさい。何を隠しているの?」



 その数秒後、マンション中に一人の少年のとんでもない悲鳴が響き渡った。



 プリンの恨みは全くもって恐ろしい。それを身を持って体験した奏真少年だった……。

 

 


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