序章 遠い記憶
少年は走る。全速力で。
背負ったランドセルは激しく上下に揺れている。
早く家に帰りたいのだ。
別に、何かから逃げているわけではない。その証拠に、少年が浮かべている表情は明るい。
帰ってしなければいけないことがあるのだ。
それは、ある人に自分の考えた空想話を話すこと。
空想ーー、それが少年の特技。
それは、動物であったり、乗り物であったり、はたまた人物だったりと様々なもの。
でも、それぐらいなら誰でもするかも知れない。
だが、この少年はちょっと変わっているところがある。それは、ストーリーまでをも作成するのだ。
舞台設定や、そこに出てくるキャラクターなど詳しく作り上げる。
この日も、学校の授業などそっちのけで考えた空想話を聞かせるため、急いで帰宅している途中なのだ。
話したい。
早く。
早く話したい。
あの人に。
家につくと、勢いよく玄関を開け、運動靴も乱暴に脱ぎ捨て、リビングへと走る。
廊下とリビングとを仕切るドアを開けると、一人の女性が座っていた。
「お母さん! ただいま!」
「おかえり。どうしたの、そんなに急いで?」
母と呼ばれたその女性は、優しく微笑み、少年を迎え入れる。
息を切らしながら少年は、
「聞いて聞いて! 思いついたんだ!!」
「本当に? じゃあ、聞かせてくれるかしら?」
少年は自分で考えた空想話を、身振り手振り交えながら夢中で話していく。
母親はそれを、笑顔で聞いている。
このやりとりが、この二人だけの家族の日課となっている。
少年は、空想すること自体、好きであるし、いつも母親がそうやって笑顔で聞いてくれるのが嬉しいから、毎日毎日空想をしているのだった。
少年とって、それは一番幸せな時間であり、そんな毎日がいつまでも続けばいいと思っていた。
だがある日ーー。
母親は、少年の前から姿を消した。