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決戦

20××年、四月二十四日、エリアは世界の全ての国へ対して宣戦布告した。


我々エリアは、世界の敵を掃討するべく、我が国の管下に入ることを全ての国家へ要求する。これに従わない国があれば、容赦なく、その国は世界に対する危険国家だと見なし、攻撃を開始する。生態兵器、ウロボロスの力を持って、その国の人民、文化財、政治組織などを、全て抹消する。


この声明に、国連は怒り、全ての国は総力を挙げ、エリアに攻め入るという声明を発表した。

先進国は真っ先に、軍用ジェットをエリアに向けて発信させた。

だが、全てのジェット機が数分後に消息を絶つ。マッハを超えるスピードを持つ軍用ジェットが、ことごとく皆、墜落したのだ。

更に、エリア上空では、通信回線が完全に遮断され、無線を使った連絡が出来なくっている。

全ての電子的な術を使った兵器が、エリアの周りではその効力を発揮しなくなっているのだ。

ハザード=クライシスは、この状況に概ね満足な様子で、玉座に座っていた。

表では、サイモン=ロードが、この声明を発表したことになっている。

だが、エリアの統括理事会を完全に掌握したハザードが、裏から手を回しているのだった。

サイモン=ロードは、今は、研究所の一室に幽閉されている。

「さて、殆どの国は、要求を拒んだか、ならば、まずは一番強大な国から、潰しに掛かろう」

サイモンロードは、傍にあった地球儀を回し、もう片方の手でダーツの矢を投げつけた。

矢が刺さったのは、アメリカ合衆国、ニヤリと笑って、ハザード=クライシスは立ち上がった。

そして、命令を下す。

「行け、ウロボロス、狙いはアメリカ合衆国だ、全てを喰らい尽くせ!」

エリアの海岸、そこに、ウロボロスは潜んでいた。

その巨体を水の中に、隠し、主が命を下すのを待つ。

そして、その時はすぐに来た。

その巨体を泳がせ、莫大な水流を起こしながら、ウロボロスは命令の通りに進んでいく。

目指すは、アメリカ合衆国。

培養機から出た時は、十メートル弱の大きさだった。

だが、海に放し、捕食活動を行わせたところ、見る見るうちに、全長百メートルを越す巨体になっていた。

しかも、まだその成長は止まっていない、こうしている間にも、ウロボロスの体積は増え続けていた。それはまるで、世界を喰らう終焉の使者のように、全ての物を喰らい、進化していく。

そんな様子だった。


 レナは、ウロボロスが動き出したのを感じていた。

「動いてる、今までおとなしくしてたのが、きゅうにものすごいすぴーどでうごきだした!」

「く!本格的に世界の掌握に乗り出したか・・・」

士郎はそう、吐き捨てた。

(どうする?ウロボロスは、俺達の全力をもってしても倒せるかどうか、というか倒せる道理がない)

「分かってる・・・」

潜伏している研究施設で、士郎は奥歯を噛み締めていた。

まさか、空になった自分の身体を使って、ハザード=クライシスがウロボロスを創り出し、それを操るとは思ってもいなかった。

「でも、そのウロボロスは、今の所、ハザードとシローにしか操れないんだろ?

 逆に言えば、シローにも操れるんじゃないか?」

「そうだな、それしかない、ウロボロスを操るハザードの能力に干渉して、制御を乗っ取り自滅させる、それしか方法はないだろう・・・」

イグナの真っ当な意見に、首を縦に振り、士郎は答えた。

「でも、多分このままじゃ、ウロボロスは操れない。

 まずは、ハザード=クライシスを倒す必要がある、奴はきっとエリアに残ってる。

 玉座に座って、ウロボロスに命令を出し、自分は傍観を決め込むつもりだ」

そして、ユリア、レナ、イグナ、グレンを順番に見て、言い放った。

「これから、最強の生命体、ウロボロスを倒しにいく、ハザード=クライシスとの決着をつけ、この世界を救う!グレン!お前には、ウロボロスと戦い、時間稼ぎをしてもらう。

 イグナと僕とレナで、ハザード=クライシスを倒す!」

(分かった、全力でウロボロスの相手をしてやる)

「うん!わたし、がんばるよ!!」

「ああ、俺も、世界を救うってのには賛成だ!」

二人と一匹が頷く、そして士郎は、ユリアの元へ歩み寄ると囁くように言った。

「君は、ここに居て、そして、待っていて、必ず、迎えに来るから」

「うん、待ってる」

ユリアは、いきなり士郎を抱きしめた。

「待ってるから、絶対に戻って」

「・・・うん」

そして、しばらくそのまま沈黙が続き、士郎とユリアは離れた。

「じゃあ、行ってくる」

最後の戦いへ、局面は移行した。

  

 アメリカ合衆国、カリフォルニア湾、そこで、二人の男が海を見ながら談笑していた。

「いや、エリアと国連がドンチャンやってるって話、聞いたかよ?」

「ああ、何でも、エリアにいった軍用ジェットが戻ってこねえんだろ?何かやばそうだよなあ」

「そうそう、何でも、ウロボロスっていう兵器を開発したとか言ってたな、細菌兵器である可能性が高いって話だったぜ?」

雲ひとつない空、青い海が広がる砂浜で、不穏な会話が交わされる。

平和だった。世界が今どんなに揉めていても、彼らには実感が湧かない。

あらゆる島々が立ち並ぶカリフォルニア湾で、彼らは、戦争の話を人事のように話していた。

だが、そこはもうすぐ血みどろの戦いが繰り広げられる、戦場になる事を、彼らは知ることはない。

彼ら二人は、そんな事を知る由もなく、叫び声を上げる暇もなく、絶命した。

何が彼らを?説明する必要も無いだろう、ウロボロスだ。

巨大な蛇のような生物の首が伸びて、二人を食い破り、その後、ウロボロスの全貌が明らかになる、海に上がったウロボロスの身体は丸々太ったトカゲの胴体を思わせ、その胴体から、長い首が何本も生えていた。

蛇のような、頭だった。

体色は毒々しい緑色で、黒い斑点がいくつかある。

そして、その全長は、恐らく百メートルを簡単に超える。

全ての首が、ギョロギョロと眼を動かし、不気味に揺らめく。

そして、直後、ウロボロスは動き出した。

より人生物の居る場所、獲物がいる場所へ。

だが、直後、ウロボロスは、不気味な叫び声を上げて、その動きを止めた。

後ろから、何者かの攻撃を受けたのだ。

そして、全ての首が後ろを振り返り、ギロット攻撃の主を睨んだ。

その瞳には、黒い鱗を纏った、十メートル大の、ウロボロスにとってはごく小さい生き物が映っていた。

(聞こえるか?いや、無理だろうな、お前からは知性を感じない)

グレンの言葉の返事の代わりに返ってきたのは甲高い咆哮だった。

その場の空気が振動し、ビリビリと揺れる。

グレンも咆哮を上げた。

そして、先程と同じく、否、先程を遥かに上回る出力の粒子を身体から放出し、顔の前に集中させ、そして、放った。

青い球体が、光線となって、ウロボロスを襲う、音が消え、光がその場を支配するかのように、真っ白な世界が広がった。

その閃光が、カリフォルニア湾の島々を吹き飛ばした。

だが、緑色の物体が、まだそこには存在していた。

渾身の一撃は体表を焦がしたに過ぎなかった。

グレンの力は及ばない、だが、グレンもこの程度で相手がくたばるとは思っていたなかった。

急降下し、距離を詰め、無数の蛇の首を尻尾で薙ぎ払うように振るった。

毒々しい紫色の血液が撒き散らされ、首が切断される。

グレン、空を滑空し旋廻し、ウロボロスの様子を見た。

ウロボロスの動きは停止していた。

(やったのか?)

グレンは淡い期待を抱いた、だが、次の瞬間、その期待は裏切られる。

メキャッ!メキッ!ゴキッ!メギギギギ!と言う音と共に、新たな首が、ウロボロスの首から生えていく、それどころか、その首の数が先ほどよりも増えていた。

(何?)

戸惑うグレンを、ウロボロスは睨みつけ、全ての首がグレンを向き、口から緑色の液体を吐き出した。

グレンは、それを空中で身を捻り、回転しながら避けると、もう一度滑空し、今度は、その両手で、首を一本一本もぎ取っていった。

そして、また様子を見る。

しかし、先ほどと同じ現象が起きる。

(どうやら、無駄に攻撃をしても、事態を悪化させるようだな)

そう判断したグレンは、敵の注意を引き付けつつ、攻撃を避けることを優先することにした。

空中を自在に飛びながら、グレンは回避に徹する。

ウロボロスはもう一度、緑色の液体を口から吐き出した。

島をすれすれに飛んでいたグレンは旋廻しながら、それを避ける。

液体が飛んだ方向を見ると、そこに存在していた森林が跡形もなく溶けていた。

(強酸か何かか?)

グレンはそう、予測を立てた。

この自然が美しく彩る場所で、二匹の怪物は、四方八方に被害を撒き散らしながら、戦闘を続ける。


 エリアの上空、士郎は、トランスの力を使い、ウイングスの翼を得て、イグナを左手で、レナを右手に抱えながら、最も高いビルの最上階に突っ込んでいった。

バリイイン!という音と共に、ガラスが突き破られる。

士郎、イグナ、レナがこのビルの最上階に踏み込んだ。

ホムンクルス1stの身体を乗っ取ったハザード=クライシスは、慌てる様子も無く、玉座に君臨していた。

「待っていたよ、暇つぶしの相手が来てくれるのをね」

そう言うと、、パチンと指を鳴らした。

その瞬間、ゾロゾロと、この最上階に二十人ほどの兵士が集まってきた。

全員が、長いブレードのような物を持っていることから、改造兵であることが分かる。

そして、その中心に、三人、特徴的な三人が居た。

ジェーン、アーリマン、ニーチェだ。

「アハッ!そんじゃあ行っちゃってください!改造兵のみなさあああん!!」

ジェーンが叫んだ。

軽い調子でだ。

イグナが武器を構える、士郎も白い銃剣を持ち、レナは、眼を閉じた。

二十人余りの密集地帯で、改造兵たちが襲い掛かってきた。

士郎は、手をかざし、能力を行使する。

しかし、敵の動きは止まらなかった。

「!?」

困惑する士郎に、ハザードが笑いながら、言った。

「その技は、効かないよ、私がいる限りね」

見ると、この部屋全体を金色の粒子が朧気にだが肉眼で確認できる程度に散布されていた。

恐らく、この粒子が、士郎の電気信号の干渉を妨げているのだろう。

「く!」

「戦うしかない、シロー!!」

歯軋りする士郎に、イグナはそう告げた。

そして、激突は始まる。

イグナと士郎はレナを庇うように前に出ながら、前方から飛び込んでくる敵を迎え撃った。

大きく振りかぶって剣を振り下ろそうとする敵に、イグナは回し蹴りを喰らわせた。

兵士が吹っ飛び、密集地に集まっていた集団に突っ込んだ。

そして、二人は突っ込んみ、次々に敵を斬り伏せていく。

そして、全員片付け、ハザードを睨み付けた。

ホムンクルス1stの身体を乗っ取ったハザード=クライシスを。

「さあ、降参してもらおうか?」

「まだ私には、クイーンが三つも残っている、ポーンが幾らやられたところで、痛くも痒くもない」

そして、今まで傍観していた三人が、ハザードの前に進み出た。

「さて、と、そこのヒョロヒョロなお嬢さぁん、私と殺しあってくれるかしら?」

「イグナァァァ!今度は逃がさねえええぜええええ!!」

「ホムンクルス1st、ハザード様の手は煩わせない」

三人が思い思いの声を発する。

そして、三つ巴の戦いが始まる。

この部屋は、六人が暴れまわるのに、十分な広さだった。

「さあ、余興を始めるがいい!!」

ハザードが楽しげに叫んだ。


レナは、眼に狂気を宿した赤毛の少女と対峙する。

「アッハッハハ!!そんな怖い眼で見ないでよ、楽しくなってきちゃうじゃない・・・っの!!」

言い終わるか言い終わらないうちにジェーンは跳躍していた。

レナは、その攻撃を先読みしていた、脳から発せられる電気情報を見破り、正確に、敵がどのような攻撃をするかを見破る。

レナは、歌いだした。壮麗なメロディーを奏でながら、光の障壁を現出させる。

棍棒と、光の障壁が衝突し、ガギイイン!という音が響いた。

「チッ!耳障りな!!」

ジェーンは、レナの歌に対して、そう吐き捨てると、棍棒を振り回し続けた。

木製ではなく、金属製、恐らくハイマネティックゲノムが埋め込まれた物だろう。

(むだ、あなたのこうげきじゃ、わたしをきずつけられない)

ジェーンの耳に、そんな声が聞こえる。

「アッハッハハ、やって見なきゃ分かんねえだろう?

 アタシは努力っていう言葉が大好きでねえ、特に、逆境の中、どうやって人を殺すか、っていう努力は、何の苦にもならない、どころか快楽を生むんだよ!!」

ジェーンの攻撃の勢いが増した。

「分かってるぜえ、お前がその粒子を防御に使っている間、攻撃は出来ねえって事は」

(つまり、たいきゅうせんをしたいってわけ?)

「大・正・解!アハハハ!おめでとうございます!よくこんな複雑な問題に答えていただきました!正解者は、真っ赤に血塗られた、命日をプレゼントです!!」

そう心底楽しそうに叫んだ後、突如、ジェーンの身体は光に包まれた。

血を連想させる、毒々しい赤。

そんな光が、彼女を包み込んでいる。

(ニルヴァーナ?)

「大・正・解!!またも難問に答えて頂きました!!」

その眼に狂気を宿し、ジェーンは、棍棒を振るう。

(あなたは、あなたがやっていることにぎもんをもたないの?

 かれがやろうとしていることは・・・)

「世界の破滅、だろ?

 そんなもん、アタシには関係ないんだよ!!

 アタシは、ハザード様の為に殺せればいい、あのお方は、私の全てだ!

 そのハザード様の邪魔をする奴は、全員アタシが殺してやるぜえええええ!!

 アッハッハハ!!アッハ!アハハハハハハハハハハッハハハハハハハハ!!」

そうそれは、純粋なまでの忠誠心、歪んだ服従、少女は、笑う。

(かわいそうなこ・・・)

レナは、心の中で、そう、語りかけた。

その言葉が琴線に触れたらしい。

ジェーンは、髪を振り乱しながら、レナを睨みつけ、棍棒を振り回し続ける手を止めずに、金切り声に近い叫びを上げた。

「かわいそうだあああ!?ただの失敗作が何を言ってやがんだ!!

 そうだ、哀れなのはお前のほうだ!!成功と思われていながら、結局はその前に生まれた、兄のほうが完成品だった。お前は成熟が早かっただけ!!伸びしろの見えねえただの失敗作だったんだよ!!」

(そうね、わたしはしっぱいさく、けっきょく、わたしは、なんのやくにもたたないそんざいだった。

 でも、それでも、わたしは、いきるいみを、愛を、おにいちゃんからおそわった、ゆがんだ愛しかしらない、あなたにまけたりしない!!)

その言葉と共に、オーロラのような光が膨れ上がる。

そして、莫大なエネルギーを放出し、ジェーンを襲う。

「な?な?なんで?」

その言葉と共に、ジェーンは、その場に倒れた。

「いしきをなくしただけ、しばらく、そこでねむっていて、あなたのたいせつなひとは、この世にいないくなっているかもしれないけど、それでも、あなたは、そんなせかいをあゆまなくちゃいけないの、それがあなたに課す、わたしからの罰」

レナは、眼を開けて、兄の身体を乗っ取った、ハザードを見つめた。

「お兄ちゃんのからだ、かえしてもらうわ!!」

「ふふふ、まあ待ちたまえ、他の二人の決着が着いてからでも遅くはないだろう?」

レナは、ハザードの提案を、冷静になりながら考える。

(たしかに、いまひとりでこいつをあいてにするよりは、おにいちゃんたちのけっちゃくをまって、さんにんでたたかったほうがいい・・・)

その選択は、他の二人が必ず勝つと信じているからこそできる決断だった。

レナは、兄の方を見、そして、イグナの方を見た。

「もちろん、彼らのどちらかに協力するのであれば、その時は、私も参戦する」

「しんぱいむようだよ?お兄ちゃんたちはぜったいに勝つから」

「ふむ、そうなることを祈っているといい」

兄の声で、身体で、言葉を喋るハザード、それでも、レナには違和感がなかった。

空気が雰囲気が、全て違うのだ。

だから、何の戸惑いも無く、兄の身体を奪った男を敵視することができる。


 黒い鉄球が、割と広い室内で振り回される。

それは、空気を切り裂くような音を立てて、直後、イグナに襲い掛かってきた。

アーリマンの放つ鉄球が、イグナの腹部を捉える。

かに、見えたが、鉄球がイグナのいる場所を通過したときには、イグナはその場から消えていた。

単純に、身を捻って、回避したのだ。

だが、その動作があまりにも常軌を逸して速すぎる。

だが、それでもアーリマン=デビルアイは、イグナを見失わなかった。

今度は、鉄球を真横に振り回す。

イグナは、横っ腹に打ち付けるように迫る鉄球を、大剣セラフィーブロクスで防いだ。

金属同士がぶつかり合う音が聞こえる。

セラフィーブロクスは折れなかった。

圧倒的な重量を持つ、直径五十センチほどの金属の塊を、受け止めても、その大剣は健在だった。

「キヒヒヒ、そうこなくちゃよ!!」

アーリマンは、その事実を見て、むしろ嬉しそうに鉄球を引き戻し、また振り回し始めた。

イグナは、浅く息を吐き、また吸った。

集中力を高め、敵の動きに細心の注意を払う。

周りで戦う、士郎たちの出す音が消え、眼に映るのは、アーリマン=デビルアイただ一人だ。

そして、鉄球が飛んできた。

イグナは、一つの境地に達していた。

精神力を高めた結果として巻き起こる事象、ゾーンとも呼ばれ、フローとも呼ばれる、精神状態。

全てが、スローモーションになり、全てが思い通りになるような陶酔感に浸っていた。

イグナの身体から、薄く、光が発せられ、ニルヴァーナが、自動的に発動される。

意識した訳ではなかった、その力を発動させようと思ったわけではなかった。

全身の細胞の持つ情報を全て書き換え、イグナの身体能力が飛躍的に向上する。

今のイグナにはアーリマンの放った鉄球など、以上にノロノロと動く、巨大な的にしか見えない。

イグナは、片手でセラフィーブロクスを振り上げ、振るった。

ハイマネティックゲノムを埋め込んだ、アーリマンの鉄球が、いとも簡単に叩ききられた。

砕いたのではなく、斬った。

イグナは、その事実を視覚情報として受け止めた。アーリマン=デビルアイは、それを知覚して尚、受け止めることが出来なかった。

「なんで?なんでだ?どういうことだ!?」

アーリマンは、叫んだ。

「俺は、お前よりも優れたセカンドシーズンの改造兵だ!!だから、負けるはずねえんだ!!」

イグナは、何も言わない、その言葉を雑音だと、判断した脳が、その言葉を意識に上る前に、消去したのだ。

そして、次の行動は、早かった。

イグナは、高速で踏み出し、アーリマンへ迫った。

アーリマンは、これに反応できただろうか?

いや、出来なかっただろう、危険が、迫っているという自覚をもった頃には、アーリマンの身体は、切り裂かれていた。

斜め一閃に、肩から脇腹にかけて、深い切り傷をつけた。

そして、アーリマンの意識は明滅する。

「ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!この糞野郎がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

それでも、叫んだ、敵を呪うように、罵倒の言葉を浴びせかける。

そんなアーリマンに絶望的な言葉を投げかけてきた人間がいた。

イグナではない。

「耳障りだ、アーリマン、消えろ」

ハザード=クライシスの声、(正確には、ホムンクルス1stの声だが、)それが重々しく、響いた。

閃光が、アーリマンの視界を埋め尽くした。

アーリマンは、自分を拾ってくれた、その男が、あっさりと自分を見限ったのが信じられなかった。

元々、札付きの悪、という形容が相応しかった、アーリマンは、イグナの活躍によって、エリアに拘束されていた。

だが、その後、セカンドシーズンの改造兵の実験に借り出され、適正があることを、知らされた。

そして、ハザード=クライシスが、アーリマンを、牢獄から開放してくれた。

それが、アーリマンがハザードを神と崇める理由に他ならない。

他の二人も事情は違うが、ハザードに多大な恩を受けた。

そして、アーリマンは、ハザードの為に、今日まで誠心誠意、という、自分には似合わない熟語が使えるくらいに、ハザードに従順に仕えてきた。

そのハザードが、自分を撃ち抜いている。

アーリマンは、失意のどん底に落とされながら、死んでいった。

イグナは、その光景を見て、先ほどまでの陶酔感から、脱却し、ハザードを睨み付けた。

「お前、こいつは仲間だったんだろ?」

「ああ、家族のように思っていた」

「なら、なんで?」

「家族だからこそ、失敗が許されない。私の家族になった以上はパーフェクトである必要があるのだ」

傲慢に、不遜に、ハザード=クライシスは告げた。

「まあ、私に跳びかかるのは、彼らの決着がついてからでもいいんじゃないかね?」

怒りを露にし、ハザードに斬りかかろうとしたイグナにハザードは、そう告げた。

そして、イグナは、士郎とニーチェの戦闘を見、そして、ハザードの方を見て、士郎の戦闘に、躊躇しながらも、眼を向けた。

一人で掛かるよりも、士郎の決着を待って、三人でやりあったほうがいいと判断したのだ。

そして、もう一つの戦いは、もう決着がつこうとしていた。


 ニーチェ=グレムは、刀身の短い、銀色の剣を、構えて士郎を見据えていた。

しかし、その時間は一瞬、次の瞬間にはお互いに武器と武器をぶつけ合っていた。

白い銃剣、ミハイルフォース、そして、ニーチェの剣が、異様な唸りを上げて、衝突した。

二人の交差は一瞬で、そのまま鍔迫り合いになることはなく、武器をぶつけ合った瞬間に双方は身を翻し、また睨み合う。

ニーチェの感情を映し出さない、顔は珍しく奇妙に歪んでいた。

楽しいのだ、化け物として生まれ、化け物として扱われてきた彼だが、対等の化け物が目の前に存在している。

それが例え敵であっても、自分と対等な化け物が存在しているというだけで、彼の心は震えた。

歓喜に心を震わせ、高揚に身を震わせながら、ニーチェは笑った。

彼のスピードを捉えられる怪物は少ない。

第二期改造兵として最高傑作である彼は、今まで自分の力を存分に振るえる機会を得られなかった。敵が弱すぎるのもあったし、任務自体がそうそう舞い込んでこないのもその理由の一つだった。

第二期改造兵、は、ハイマネティックゲノムを埋め込んだ被検体に薬物などを投与することで、更に戦闘能力の向上を計ろうとした実験体だった。

かなり危険な薬物を投与され、肉体的な苦痛に耐え切れなくなった被検体は次々に死んでいった。

元々孤児だったニーチェは、大した期待を掛けられていたわけではなく、ただ実験のデータを取るためだけにハイマネティックゲノムを埋め込み、そして薬物を投与された。

そして、図らずも彼は最初の成功だった。

その圧倒的な力は他の追随を許さない。

成功した被検体は彼の他に二人しか居ない、ジェーンとアーリマンでさえも、ニーチェには遠く及ばない。

そんな、彼が唯一自分を理解できる人間として格付けた神谷士郎、ホムンクルス1stと今、存分に力を振るい合えるのが、彼は嬉しくてたまらなかった。

ジリッと間合いを詰める。

足音が消える。

本当に消えたのではなく、意識に入らなくなる。

限界まで高められた集中力が、不要な情報処理をしないように無駄な感覚をシャットアウトする。

そして、今一度士郎とニーチェは交差した。

神谷士郎は、ニーチェの繰り出す攻撃を交わしながら、ニーチェが、集中力を極限まで高めた状態に入っているのを悟った。

ニーチェの身体から薄く光が放射されている。

正体不明の粒子、ある種の限界にまで踏み込んだニーチェが辿り着いた境地。

ニルヴァーナは使っていない。

彼は、単純に精神力の面で、人間としての枠組みから外に出たのだ。

中国ではこれを気と呼び、古いオカルト誌では超能力と呼ばれる、そんな不可解な力、意識していない部分でニーチェはそれを呼び覚ました。

だが、それをあざ笑うかのように、神谷士郎の力は常軌を逸していた。

完全な集中状態に入ったニーチェは、もう一度士郎に剣を突き出したところで、深々と、わき腹に細い刀身が突き刺さっているのに気付いた。

ミハイル・フォースの刀身だ、白い刃が鮮血に染まり、ドッと、ニーチェはその場に膝をついた。

「前に、僕と君は同じだって言ってたね」

士郎は、膝をつき、てを床について荒く呼吸をしているニーチェの脇腹から引き抜いた銃剣をニーチェに向けながら言った。

「やっぱり違うよ、君と僕は」

「何故だ、俺とお前は変わらない、同じ化け物だ」

ニーチェは、否定しなかった。

自分に確かめるような口調で、確認を取るような口調で士郎に問い掛けた。

「僕は、確かに化け物だ、だけど、人間でありたいって、この胸に住んでる神谷士郎はずっと叫び続けてた。心まで怪物になっちゃ駄目なんだ。心だけは、最後まで、自分の怪物である面と戦い続けなくちゃ。君は、その戦いを放棄した。だから、孤独なんだよ。誰かを愛するっていう単純なことが出来れば、君は怪物じゃなくなる。人間になるんだ」

「俺には、そんなことは理解できない」

「じゃあ、今から探しなよ。」

それは険しい道になるかもしれない、それでも士郎は、神谷士郎はニーチェにそう告げた。

ニーチェがガクッとその場に崩れ落ちた。

恐らく最後の言葉は聴いてくれただろう、そう士郎は判断して、新たな敵を見据えた。

遂に、全ての駒は無くなり、キングを追い詰めた。

だが、キングは不敵に笑っている。

「さあ、ウロボロスを止めてもらうよ、ハザード=クライシス!!」

「遂に、ニーチェまでもが敗れたか、だが、私がいる限りこの計画に支障はきたさない。

 さあ、最後の戦いだ。存分に力を振るおうじゃないか!!」

高らかに、ハザード=クライシスは宣言した。


既に、死屍累々の山を築き上げたその場所は、先程までの部屋の雰囲気とは打って変わっていた。それでも、部屋の備品や壁などには殆ど傷がついていない。それでも、流れ出す血液などで、所々、床が汚れていた。

そんな部屋で、三人と一人は向かい合っていた。

直後、戦闘は始まる。

イグナがハザードに斬りかかり、士郎がそれに続く、宙を舞い、上段から振り下ろす一撃と、横薙ぎに払う中段の攻撃。

ハザード=クライシスは、十字架を模した剣で二人の刃を弾き返した。

まずは、上段から急襲したイグナをあしらい、中段から攻撃した士郎の刃を受け止め、直後力を込めて、吹き飛ばす。

二人は、倒れないまでもバランスを崩して何とか姿勢を保ちながら、ハザードを睨み付ける。

レナの歌が聞こえた。

その瞬間、ハザード=クライシスの上に、膨大な光が降り注ぐ。

攻撃の性質を帯びた粒子の閃光、それが、ハザード=クライシスに直撃した。

その圧倒的な破壊力は、ハザードの身体を完全に抹消するはずだった。

だが、降り注いだオーロラのような光は、ハザードの命を奪うことは無かった。

その場に、ハザード=クライシスは君臨していた。

しかし、先程までとは決定的な違いがあった。

レナの放った攻撃に身を焼かれ、身体に大きな火傷ができたわけではなく、身体のパーツが吹っ飛んだわけでもない。

ハザード=クライシスは、変化していた。

服が全て消えたことでその姿が露になった。体が緑の鱗に覆われ、所々に黒い斑点がある、尻尾が生えており、その尻尾は定期的に床をパシッパシッと叩いていた。

三人は驚愕する。

トランスだ。

sinの細胞と自分の細胞の融合によって、自分の身体を変化させる。

今回は、ウロボロスの細胞を使ったようだった。

ホムンクルス1stハザード=クライシスは、あらかじめウロボロスとトランスし、その細胞の変異のパターンを自分の身体に覚えさせ体内で細胞を変異させたのだった。

その変異を体中に伝播させることで、ホムンクルスの身体は、変化する。

ウロボロスの力を、ハザード=クライシスは手に入れていた。

「さて、この力が無ければ、さすがの私もまずかったな、ウロボロスの再生能力の賜物だ」

そう、攻撃が効いていないわけではなかった、ウロボロスの再生能力によって、ハザードは、物凄いスピードで再生して見せたのだ。

「反則だろ?」

イグナは、投げやりにそう呟いた。

「ウロボロスの姿を借りて、その醜い姿になってまで、貴方のやりたいことは何?」

そう、今のハザード=クライシスの姿は、この世のものとは思えないほど醜かった。

その姿のまま、ハザードは答えた。

「君と同じだ」

「何?」

士郎が問い返す。

「正確には、かつての君と・・・」

「どういう意味です?」

意図が汲み取れないハザードの言葉、士郎はもう一度問い返した。

「かつての君は、大切な物を守るためいかなる手段を取ることも辞さなかった。それと同じだ。

 私も、大切な物を守るためには、どんな事でもしようと思っている。

 如月総司のウロボロス計画、それを完遂させるためにな。

 この友との約束は、この世界を救うための計画だ」

「世界を滅ぼしかねないあんな生物を生み出しておいてか?」

イグナは鼻で笑った。士郎はその言葉に頷き、イグナに続いて言葉を発する。

「アメリカにウロボロスをけしかけて、大量の人間を虐殺することが何故世界を救うことに繋がるんですか?」

しばらく、ハザードは沈黙し、静かに語り始めた。

「・・・いずれ、世界に大きな脅威が訪れる。

 その時を乗り切るため、ウロボロスの力によって全世界がまとまることが必要なのだ。

 ウロボロスの力によって、世界はエリアという一つの支配国家の元一つになる。

 それが、ウロボロス計画、恐怖という感情によって全世界を纏め上げるのだ。

 その為には、まずアメリカが犠牲になってもらわねばなるまい」

「その脅威って一体?」

「君たちがそれを知る必要は無い、ここで君たちはウロボロス計画の糧となるのだから」

ハザード=クライシスは、その言葉と共に右手を上げた。

士郎へ向けてかざされた手が金色の光を帯びている。

そして、閃光が発射された。

「危ねえ!!」

イグナが叫ぶ、士郎の身体が吹き飛ばされて地面に転がった。


アメリカ・カリフォルニア湾で、


グレンは空を縦横無尽に駆け抜けながらウロボロスの注意を逸らしていた。

何本もある首が不気味に揺らめきながら、グレンに向けて緑色の液体を吐き出す。

グレンは、その巨体には似合わない動きで、右に左にその攻撃をかわしていた。

何度もそれを繰り返していくうち、グレンに疲労が見え始めていた。

ウロボロスが吐き出す液体の量は、首の数に比例する。

つまり、無数の首が存在する今、その攻撃は広範囲にわたるのだった。

既に生い茂っていた木々などは完全に枯れ、荒野のような空間がカリフォルニア湾に広がっている。

そして、それでも容赦なくウロボロスは強酸のような液体をグレンに向けて射出した。

遂に、その液体ががグレンの片方の翼を捉えた。

炭酸水が弾けるような音が響き、グレンの黒い翼が溶ける。

コウモリのような翼が液状化し、ぶくぶくと泡立ちながらその形をみるみる崩していく。

「グオオオオオオオオオオ!!!」

グレンは呻き声を上げた。

グレンの巨体から出される咆哮が空気をびりびりと振動させた。

だが、ウロボロスはそんな事は意にも介さず翼の形が崩れ、地面に落下しているグレンに向けて攻撃を行おうとしていた。今度こそ、確実に仕留めるため、ウロボロスの無数の眼はグレンの身体を凝視していた。

そして、グレンが地面に落下したところで、液体を吐き出そうとした。

が、それは第三者による攻撃によって中断された。

爆撃だ。

ウロボロスはその首を全て、上空へ向ける。

『ああ、大丈夫かね?ドラゴン君、君にコテンパンにやられて面目丸つぶれの第四小隊隊長ゼーマンだ』

飛行機による爆撃だ。それも、無数の軍用ジェットによる。

その空中を滑空する飛行機の一つから、気の抜けた声が聞こえてきた。

(あの時の人間?何しに来た?)

グレンは、不可解な力を使って問い掛けた。

『何って、そのデカブツを倒すために来たんだよ!!これより、第四小隊隊長の権限により、撲滅指令を敢行する!!アメリカ合衆国の皆さん、ご安心ください、エリア本国は決して皆さんに宣戦布告したわけではありません、あくまで、これは上層部の暴走です。よって、これよりエリア本国には戦う意思が無いことを示すため、このデカブツを太平洋に沈めましょう!!』

『隊長、駄目です。そういうことはちゃんと国際緊急チャンネルで言わないと、あのドラゴンにしか聞こえてませんよ多分』

『マジかよ?やっべ、スイッチ入れるの忘れてた!!』

飛行機の同乗員と思われる男の声と、ゼーマンのそんなやり取りが行われる。

グレンはぽかんとしていた。

既に、エリアの部隊は全てハザード=クライシスの手中にあると思っていたのだ。

それが、ウロボロスと敵対している。

その事実を確認する前に、空から雨のように爆弾が降ってきた。

グレンは慌てて傷付いた羽で何とかバランスを取りながらその場を逃げるように離れた。

直後、爆音が何度となく響いた。

爆炎がウロボロスの身体を包み、焦がし、吹き飛ばした。

グレンは羽ばたきながら、その様子を見ていた。

(この程度で終わるとは思えないが・・・)

『安心しろ、俺もこの程度で終わるとは思ってねえよ、ちゃんと準備してあるって』

その言葉の通り、ウロボロスは健在だった。

再生の様子は見えなかったが、その治癒能力で元に戻ったようだった。

『アメリカ救うために、こっちは色々と準備してんだよ!二酸化炭素排出量に気もくばらねえような馬鹿共のためにな!!』

『隊長!今度はスイッチが入ったままです!その暴言が筒抜けです!!』

『うわ、やっべ!』

軍用ジェットから聞こえる大音量の会話にまじって、ブチッとスイッチを切るような音が聞こえる。

『まあ、いろいろあったが、敵さんはまだ健在だ。

 そういうわけで、第一小隊のメンバーをそっちに投下する。そんじゃあ、お前ら死ぬ気でいってこい!!』

その言葉と共に、パカッと、軍用ジェットの本来ミサイルなどを投下する場所が開き、そこからパラシュートを装着した影が飛び出した。

そして、カリフォルニア湾の砂浜に着地する。

サラ、サクヤ、ロト、ビクター、テイルズ、ノアが、出揃った。

「ホントにいいの?命令違反だよ?これ」

ロトが爆撃を受けているウロボロスを見ながらぼやく。

「決めたでしょ、ロト、正しいと思ったことをやるって」

サラが、同じくウロボロスを睨みつけながら言った。

「まあ、俺は面白そうだからついて来ただけだけどニャ~」

ノアがバンダナを強く結びなおしながらそう嘯いた。

「エリアの真実を知って、僕たちは存在理由に揺らいだ、だけど、今こそそれを見つけ出すときだよ!」

「俺は、俺にやれる最大限のことをやるだけだ・・・」

「よし、気合入れていこうか!」

サクヤが、それに答え。

テイルズ、ビクターと、順に思い思いの言葉を口にした。

(俺も加勢しよう、人間達よ)

それに、グレンが加わった。

そして、爆撃が止み、六人と一匹は臨戦体勢に入った。


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