そして決戦へ
黒く、全てを呑み込むような力と、青く、青空のように全てを包み込むような力が激突した。
紫がかった、黒い光を放出しているのはホムンクルス1st、青白い、空のような色の光を放出しているのはイグナだ。
二人は睨み合った。
その瞬間、雨が降ってきた、最初は小雨だったものが、次第に大雨になり、雷が鳴った。
20階建ほどのビルの上で、二つの力は衝突した。
轟音が響く、雷と錯覚するかのような音。
それは周りに衝撃の余波を撒き散らし、ホムンクルス1stとイグナが立っていたビルが倒壊した。
耐震強度を遥かに上回る衝撃が走ったのだ。
二人の足場は無くなったが、最早関係はなかった。
ホムンクルス1stは、その不可解な力を使って飛ぶことが出来る。
対してイグナはホムンクルス1stの攻撃の衝撃を受け止めきれずに吹っ飛んでいた。
ビルが障子でも破るかのように簡単に、吹っ飛ばされたイグナの体を受け止め切れず穴を開けていく。
ビルを貫通し、地面に三回ほどバウンドし叩きつけられたイグナは完全に意識を刈り取られた。
「百回目は、俺の勝ちだったな・・・」
空に浮いた状態で、ホムンクルス1stは呟いた。
そして、地面に着地し、更に言葉を続ける。
「今度はお前たちが相手か?いいだろう、まとめて相手をしてやる!!」
ホムンクルス1stが話しかけた相手は、サクヤ、ノア、ビクター、ロト、テイルズだった。
「舐められたもんだな・・・」
そう、ビクターは呟いた。
だが、そこまでの明確な力の差があることを、彼は理解していた。
そして、それは他のメンバーも同じだ。
それでも、全員が武器を構え、かつての同僚を睨み付けた。
が、次の瞬間、武器が消えていた。
手元にあった剣が、銃が。
そして、いつの間にか、神谷士郎の足元にそれらが置いてあった。
「なんで?」
誰かが呟いた。
「この力は、俺の粒子の力、電子的ネットワークを操る力だ」
ホムンクルス1stは淡々と喋った。
「ああ、あの電子機器を操って見せた能力だな?」
ビクターが相づちを打った。
「ああ、元々、この粒子自体に電子的ネットワークを乱す力があった。
その乱し方を変えることで、電子機器を操ることが出来る」
「それが、何の関係があるんだ?今の現象と」
テイルズの疑問に、ホムンクルス1stは懇切丁寧に説明した。
「人間の脳は電気信号によって、筋肉にどう動くか、という命令を送っている。
その電子情報の流れる速さを数万分の一に押さえて、殆ど停止した状態に誘導する。
それが俺の能力の一つ。この能力を突き詰めれば、生物を自由自在に操ることが出来る。
無論、俺はこの力を使ってsinを操っていたわけだが、人間に対して干渉できるのはどうやらここまでのようだ。何せ、人間の電気信号は複雑でね、動きを止めるくらいなら何とかなるんだが、微細な調整をしろと言われると不可能だ」
「何故、この力をイグナには使わなかったんだい?」
今度はサクヤがホムンクルス1stに尋ねた。
「本来の俺の実力を出し切るチャンスもそうそう無いからな、お前たちが戦っている間に、試しておきたくなった、それだけのこと」
「ふん、その為に君の仲間は死んだんだぞ!少しは責任ぐらい感じてもいいんじゃないの?」
今度はロトの言葉だ。
「全てはあいつらが望んだことだ、あいつらの願いはお前たちのおかげで成就する」
「そう言えば、あの鳥も同じ様なことを言ってたね、どういうことかな?」
しばし、ホムンクルス1stは地面に降り立ち、黙っていたが、口を開いた。
「良いだろう、教えてやる、あいつらに、そして、俺とレナにかけられた呪いを。
お前たちは知らないだろうが、エリアという国家は最強の生態兵器を生み出すために創り出された国家だ。その為に創り出されたのが、俺とレナだ。
エリアの計画は、天才的な頭脳を持った人造人間を創り出し、その人造人間に、未確認生命体sinを創り出させることだった。
それがお前たちが今まで戦ってきたものの正体だ」
その場に衝撃が走る、誰もが言葉を失った。
「そして、この身確認生命体とお前たちが戦うことで、俺の妹として作られた人造人間レナは新たなsinを創り出し、そして、新たに改造兵は生み出された生物と戦い、この循環は続いていく」
「馬鹿な!なんのためにそんな事を!?」
「全ては実験だ、最強のsinを創るためのな。
戦闘を重ねて、そのデータを採取することで、エリアの最深部では、今も最強の生命体を創り出す研究が進んでいる、いや、それを生み出すことはもう出来る、だが、レナはその生物を操れるほどに円熟しきっていない、レナの成長を待ち、計画を完遂するつもりだったようだな、あの研究者どもは・・・」
「・・・証拠は?」
「フレイ=ヴァナディース」
その言葉と共に、全員が凍りついた。
「そうだ、何故彼女がエリアを裏切ったのかを考えれば簡単だ。彼女はエリアのその秘密を知った。だから、テロリストに加担していたのだ。
エリアは、巨大な実験都市だ、お前たちは、そんな物に従っていられるか?俺には不可能だ、今日この日、俺はエリアを潰す。
邪魔をしたいなら掛かって来い、今の話が信じられなければな」
誰も、身動きが取れなかった、別にホムンクルス1stの力によって動きを止められているのではなく、ただ、突きつけられた真実に、動揺しているのだ。
誰も何も言わないのを確認すると、ホムンクルス1stは誰ともなしに呟いた。
「さて、これが何故あいつらが死にたがる理由と結びつくのかだが、あいつらはほぼ人間と変わらない思考パターンを持ったレナのお気に入りの人造生物だ、それゆえ、レナのように人間の体を欲していた。俺は奴らに人間の体を与えることができる。その為には、一度、今の肉体を捨ててもらわなければならないのだ」
「人間の肉体を、与える?」
「ああ、そうだ、これ以上は言っても理解出来はしないだろう」
殆どの人間が退去した街で、ホムンクルス1stは、高く飛翔した。
不可解な力を使った飛行、これも彼の能力の一つだ。
そして、レナを探した。そして、直ぐに彼女は見つかった。
こちらに向かってきているのだ。
ホムンクルス1stは、すぐにそちらに下降すると、地面にフワリと着地した。
「お兄ちゃん、みんなのきおくを・・・」
「ああ、大丈夫だ、全員の場所は確認した」
そして、ホムンクルス1stは右手を高く掲げた。
その腕に、何色かの色の光が集まっていく。
記憶とは電気信号だ、その電気信号のパターンを読み取ることで、彼は記憶をコピーすることが出来る。
そして、この記憶は、彼らが生まれ変わるために必要不可欠な物だった。
「行こう、掴まれ、レナ」
作業が終わり、ホムンクルス1stは、妹の手を取った。
「まって!」
しかし、その瞬間、レナが、声を張り上げた。
レナの方を見ると、彼女は指を指していた。
その先に居たものを確認し、ホムンクルス1stは嘆息するように呟いた。
「やはり、お前が立ちはだかるのか」
「ええ、そうよ、貴方にこれ以上罪は犯させない、セイファさんに話は全部聞いた」
そこに立っていたのは、ビルとビルに囲まれた場所に立っていたのはユリアだった。
その綺麗な肌を紅潮させ、息は荒く、走ってきたのが分かる。
「全ては、私のお父さんが始めた、おかしな実験のせい、だから、貴方を止めるのは私の役目」
「俺はもう止まれない、相手がお前でも」
ホムンクルス1stは、黒い銃剣の銃口をユリアに向けた。
ここからの距離は大体十メートル。そして、ユリアも、拳銃を取り出した。
「貴方は、私が殺す!それが、私のお父さんが犯した罪の償いよ!」
その銃口は真っ直ぐに神谷士郎を向いていた。
何度も、何度も、覚悟をしたのだろう、それでも、その手は震えていた。
「そんな玩具じゃ俺は殺せない」
そうだ、ユリアも分かっているはずだ。
だが、そのままにじり寄る、雨が降る中、確実に弾丸が当たる距離まで、ユリアは足を進めた。
「そうかもね、それでも、私は貴方を止めなくちゃならないの!」
直後、銃声が鳴った。
ホムンクルス1stは、指先に力を入れ、引き金を引いた。
いや、引こうとした、だが、その瞬間、第三者からの銃撃が自分を襲っているのに気付き、飛び退いた。
「来たか、こいつが変な行動を起こさないように、見張っておけといったはずだが?」
その第三者に、ホムンクルス1stは語りかけた。
「彼女の意思は本物でした、それを尊重するべきだと、僕は判断したのです、ホムンクルス1st」
少女のように白い肌、弱々しいまでの細い体、不思議な光を湛えた眼。
ホムンクルス1stと瓜二つな外見、しかし、その姿は明確に異なっていた。
髪が白く、銀色に近い。
それ以外は瓜二つだが、彼が白い装束を着て、ホムンクルス1stが黒い装束を着ているせいか、二人の持つ雰囲気は全く異なっていた。
ホムンクルス1stの表情は鋭いのに対して、新しく来たこの少年の表情は少し柔らかい。
「士郎?士郎なの?」
銃口を下に向け、戸惑いながら、ユリアは尋ねた。
少年は、そっと微笑みながら、後ろを向くと、首を振った。
「僕は神谷士郎ではありません、彼に造られ、貴方を守るように命じられたホムンクルス1stコピーです。僕は、貴方に関する彼の記憶をインストールされ、貴方を守るためだけに、創られました。
貴方が、彼を止めて欲しいと望むなら、僕は彼を全身全霊を持って止めます。」
ユリアは、真剣な表情でこちらを見てくる少年の眼を見た。
「お願い」
それだけを伝えた。
そして、少年はゆっくりと頷くと、ホムンクルス1stを見据えた。
その手には、白い銃剣が握られていた。
純白の銃剣、ミハイル・フォース、研究室の中にあった材料を用いて造り出した、ルシフェル・スキアーと対を成す銃剣。
白い少年と、黒い少年は、激突した。
白い銃剣と、黒い銃剣がぶつかり合う、辺りにその衝撃を響かせながら、ホムンクルス1stは能力を使用した。
敵の電気信号を数万分の一に減速させる。
眼に見えないほど微細な粒子のフィールドを形成して、その範囲に入ったものの動きを止める。
だが、ホムンクルス1stコピーの動きは止まらなかった。
そのままの運動を続けている。
「成る程、対策は打ってきていたか」
「はい、電気信号に干渉されないよう、こちらも粒子の障壁を張らせてもらいましたよ」
眼に見えないほど、だが確かに見える、白く輝く粒子が彼の体に纏わりついている。
ホムンクルス1stは、薄く薄く笑った。
そして、次の行動が早かった。
鍔迫り合いの状態から脱し、白い装束の少年の真後ろに襲い掛かる。
黒い銃剣を一気に振り下ろした。
明らかに常軌を逸した早さだった。
寸前で気付いたホムンクルス1stコピーは体を捻って、それを何とか受け止めた。
胸の前で銃剣を掲げて攻撃を防いだのだ。
「電気信号の活性化?」
ホムンクルス1stコピーはそう呟いた。
「ああ、そうだ、電気信号の速さを二倍ほどに高めている」
「なるほど、ならば僕も」
特殊な粒子を使った肉体強化。
電気信号の速さを二倍に高める。
その瞬間、大容量の演算能力を得たかのように、全ての視覚情報が、音情報が、更に鮮明になった。
二人は、他の誰にもはいってくることが出来ない次元で戦っていた。
人智を超えた力、人智を超えたスピード、判断力、その他の戦闘に必要なあらゆる技巧を駆使して。
ニルヴァーナすらまだ使っていない。
それだけ、二人の力は常軌を逸していた。
レナの眼にも、ユリアの眼にも、現れては消え、現れては消える、白と黒の影、それが見えるたびに爆音が響いているようにしか見えなかった。
それが人間同士の戦いだと、誰が思うだろうか?
戦いそのものは全くの互角、二人は全く同じ力を有しているのだから。
このままでは戦いは終わることは無いと判断したホムンクルス1stは、不可解な力を使った飛行によって、滑るように空を移動した。
目指す所は、ウイングスの横たわる場所。
当然、彼の分身もついてくる。
ここで、彼はスピードを緩めて、彼が向かってくるのを迎撃し、蹴りつけた。
意表をつかれたホムンクルス1stコピーは、その蹴りを腹に受け、地面に転がった。
いや、地面に転がったというよりは、叩きつけられた。
そして、ホムンクルス1stは、ウイングスの元へやってきた。
体長八メートルほどもある、その巨体を見下ろし、その血まみれの体を見て、眼を閉じた。
「必ず、お前の望みは叶える、だが、その前に、お前の力を借りよう」
ホムンクルス1stは、ウイングスの頭に手を置き、直後、苦痛に呻くような声を上げた。
そうしながら、ホムンクルス1stの体に明確な変化、いや、変異が起こった。
黒いマントの後ろが盛り上がった。そして、彼の爪が猛禽類のように鋭くなる。
そして、後ろのマントを破いて、それは現出した。
黒い翼、堕天使のような翼。
「やはり、これが俺の本来の力、ニルヴァーナの力を応用した力、トランス」
そういっている間にも、メキメキメキッ!という音共に、翼は更に大きくなった。
その姿は、堕落した天使のようだった。
黒い羽が撒き散らされ、バサッ!とその翼は、完全に開いた。そして、黒い光が彼を包み込む。
その翼をニ三度羽ばたかせ、空に舞い上がりながら、ホムンクルス1stは下からそれを見上げている自らの分身に言った。
「これが、トランスだ、俺達にだけ許された、細胞変異の力、ニルヴァーナと同じで、俺の細胞をsinに食わせることで、その細胞と、俺の細胞が混ぜ合わされた新たな細胞を生み出す。それを体中に転移させ、身体能力を書き換える」
ホムンクルス1stコピーは、遥か頭上に君臨する堕天使を見て、懐から何かを取り出した。
それは赤い羽根、ウイングスに預けられた物だ。
「貴方に出来ることは、僕にも出来る」
そう言って、敵を睨みつけながら、少年は、その羽に自分の細胞を喰らわせた。
先程の現象と全く同じことが起きた。否、全く同じではない、彼の翼は白かった。
トランスだ。
白い天使は飛翔した、白く神々しい光を纏いながら。
敵と同じ高さで浮遊しながら、黒い天使と、白い天使は睨み合った。
「あれがお兄ちゃん、あんな風になってしまったひとでも、あなたは、まだあのひとのことを愛せる?」
異形の怪物にまで、なってしまった、兄を見て、レナは、ユリアに問いかけた。
「貴方が、士郎の妹として創られた、ホムンクルス2ndね?」
「うん、おにいちゃんは私のために、じぶんをひきさくようなことをしている、ぜんぶわたしのせい、いまあなたに、そのじゅうでうたれてもしかたがないと思う」
少女は沈んだ表情で言った。
「ええ、一度はそう思った、でも、今の士郎が本当に守りたいのは貴方なんでしょう?
私と過ごした間よりも、貴方と過ごした時間のほうが、あの子には大切だった。
だから、貴方を助けるため、あの子は怪物になった」
そうよね?と、ユリアは、確認するように呟いた後、続けた。
「でも、私の事も、大切に思ってくれた、だから、文字通り、体を引き裂くような事をして、自分自身のどちらの気持ちが強いのか、今あの子は、士郎は試してる。例え、どちらが勝っても、私は、記憶の中にある士郎が大好き、だから、士郎が謝った道を行くなら、刺し違えてでもって、思ってた。
でも、決着は全部、自分で付ける気みたいだから、私はもう何もしない」
「そっか」
白い影と、黒い影は、空中で幾度と無くぶつかり合い、その度爆音を辺りに響かせていた。
二人はその光景を見て、この戦いの終焉を見守っていた。
空中でぶつかり合いながら、二人は言葉をぶつけ合っていた。
「俺は、レナを戦争の道具にしようとする、エリア全てを潰す!その障害になるのなら、お前も倒す!!」
「その目的なら果たされました!ハザード=クライシスは消え、セイファも消え、ドルクも消えました。
研究に携わっていた研究者も、これ以上実験を続ける術が無い!」
「それでは足りない!エリアという国家そのものを潰さなければ、いずれまた、俺達と同じ運命を背負った人間が生み出されるかもしれない、レナがどうこうだけの問題じゃない、俺達のような宿命を背負った人間は、もう生み出されていはいけないんだ!!
如月総司の残した全ての研究の結晶を、俺は潰す!!」
空を滑空し、怒鳴りながら、ホムンクルス1stは銃剣を自らの分身に叩き付けた。
「く!その為にユリアさんまで殺すんですか!?」
それを受け止めながら、雨が降りしきる中、それでも聞こえるように、声を張り上げる。
「ああ、そうだ、ユリアが立ちはだかるなら、俺は殺すしかない!」
「じゃあ、何故僕を生み出したのですか?
ユリアさんを守りたいからじゃないんですか?その為に、僕を創ったのに、その本人が、何故彼女を殺そうとするんです?」
そう、それこそが最大の矛盾だった。
何故、ユリアを守るための、手を打っておきながら、ユリアを殺そうとしたのか?
「決まっている、今の俺は既に怪物だ、以前のような自制心は残っていない」
「本当は、僕がこうして貴方を止めることを望んでいたんでしょう?
そして、僕とこうしてぶつかり合うことを・・・」
「そうだ、俺は俺の中にある、俺自身を戒めようとする、神谷士郎という人格と決着を付ける!
その為に、お前を創り出した。ユリアを守らせるのも、一つの理由だったが、それが一番の目的だ!
心の中で暴れて、出てこようとする、この忌々しい、神谷士郎と決別するために!!」
金属が激しく擦れあう音がした、二人の剣が火花を散らす。
「僕は、神谷士郎の代わり、というわけですか、ならば、その代役を精一杯こなして見せましょう!」
ガン!ギギイイン!と空中で、二回剣をぶつかり合わせ、直後、ホムンクルス1stは飛翔した。
高く高く、雨の降る空へ。
そして、翼を大きく展開し、大量の粒子を体から放射した。
「この粒子の力は電子的ネットワークを操る力。
今、この環境には、自然による電気エネルギーが溢れている」
遥か下の自らの分身に語りかけるように、彼は呟いた。
その言葉は、届いたか、届いていないか判然としないものだったが、分身はこちらに向かって真っ直ぐ向かってきていた。
ホムンクルス1stの元に、雨雲から、大量の電撃が集まっていく。
粒子の電子的ネットワークを操る力で、全ての電撃を集め、その全てに指向性を持たせ、発射する。
空気が、大気が振るえ、電撃の球体が徐々に大きくなりながら、ホムンクルス1stの前方に現出する。
壮絶な雷鳴が轟いた。大自然の力を借りた、強力な一撃。
それが全てを射抜く最強の槍となって、白い髪の少年に降り注いだ。
雷撃を落とした方向を見た、しかし、敵は健在だった。
「僕も電子的ネットワークを操ることは出来る、だから今の攻撃は全て弾かせてもらいました」
だが、これこそがホムンクルス1stの狙い。
雲は雷鳴の力を全て出し切ったことで、晴れ渡っていた。
そして、ホムンクルス1stの背中には、太陽が輝いている。
ウイングスの手にしたことで、通常の何倍もの視力を、この二人は有していた。
ホムンクルス1stを見詰めた白い髪の少年は急激な光をその眼に受けて、一瞬、ほんの一瞬、その眩しさに眼を閉じた。
それが致命的なタイムラグとなる。
黒い銃剣が、一直線に、白い翼を切り裂いた。
飛行のバランスが崩れ落ちる。
だが、白い髪の少年も振り向きざまに、そのまま通り過ぎようとしたホムンクルス1stの背中を斬り付ける。
二人は共に落下して言った。
その過程で、二人の翼は羽が抜け落ちていき、最終的に全て抜け落ちた。
二人は自分の中で、ウイングスの力が消えていくのを感じた。
それでも、二人は不可解な力を使って、浮遊し、落下を防いだ。
地面に手をつき、息を荒げながら、それでも、二人は立ち上がった。
二人が降り立った場所は、統括理事会がある建物の、前の、大広間だ。
二人は走り、白い刃と、黒い刃がぶつかり合った。
雷撃のダメージを受けていたホムンクルス1stコピーは、ホムンクルス1stの力に押し負けた。
それでも、吹き飛ばされながらも、彼は敵を見据え剣を構え、叫んだ。
「ニルヴァーナ!!」
彼の身体から、相当量の粒子が放出される。
白い粒子、銀色に輝く白い粒子だ。
ニルヴァーナを使い、人間の枠組みを超えた少年は、真っ直ぐに敵を見据える。
ホムンクルス1stもまた、ニルヴァーナを使った。
自らの細胞を武器に喰らわせ、新たな細胞を創り出す。
それが体中に転移し、身体能力を一時的に書き換えていく。
二人はありったけの力を持って、この一撃にかけた。
黒い刃と、白い刃がぶつかり合う。
二人の身体が、交差し、少年は倒れた。
その手に握られていた、黒い銃剣が折れている。
彼は敗北を悟った。だが、その心は穏やかだった。
これで、決着がついたのだ。
―これで良かった、俺は、いや、僕はそう思った。
やっと、神谷士郎との決着が付けられたんだ。
そして、レナとユリアが駆け寄ってきた。
「士郎」
「ユリア・・・ごめん」
それしか言えなかった。ユリアの温もりを感じながら、僕は人間に戻っていく。
「お兄ちゃん」
「心配するな、俺は死なない、レナ」
そうだ、まだ僕は生き続ける。
僕の魂を、生きた証を受け止めてくれる人間がいるから。
「俺の全てをお前にやる、受け取ってくれるか?」
自分の分身に、僕は問いかけた。
「はい」
彼はそう答える。
僕は右手をかざし、自分の記憶を電子情報にして、彼の記憶にインストールしていった。
僕の記憶だけじゃない、ウイングス達の記憶も一緒にだ。
「俺はお前の中で生き続ける。
今度は俺のように間違うなよ?」
すべての記憶を渡して、僕は真っ白になった。
意識が途切れ、僕は眼を閉じる。
そして、僕は僕を見下ろしていた。
さっきまで、僕だった身体、複雑な心境で、僕はそれを見た。
「今度は、間違わない、ユリアもレナも救える方法を探してみせる、それが君の、僕の、新しい決断だ」
「士郎・・・」
ユリアが僕に駆け寄る。
「僕はエリアを潰すのは諦めた、でも、これからエリアがレナを利用しようとしたり、新たなホムンクルスを造ろうとしたら、僕がそれを阻止する、完全に潰すよりも難しいかもしれないけど、僕はそうするよ。
だから、戦いはおしまい」
そう、僕は締めくくった。
倒壊した街は、多分、数ヵ月後には元に戻るだろう。
停止した街の機能も復旧して、とりあえず、エリアはまた活動を再開する。
だが、sinは全てがこの戦いで消えた。
もしも、新たなsinの情報が入ったら、それはエリアが新たに実験をしていることに他ならない。
そうなった時、エリアの研究を解体する為に、神谷士郎が動く、そういう抑止の方法で、エリアを完全に潰すのではなく、街としての機能そのものは残しておく、それが彼の下した決断だった。
「それでいいかな?レナ・・・」
神谷士郎は、妹に、その決断を話した。
「うん、その方がいいよ、すくなくとも、おにいちゃんの力は、この街のひとたちにいんしょうづけられたから、かがくしゃもそうかんたんにけんきゅうできなくなると思う」
「ああ、そうだな」
そして、士郎はユリアに向き直った。
「許してくれとは言わないよ、ユリア、こんなにまでしておいて、今更、と思うかもしれないが・・・」
士郎は頭を下げる。
「ううん、元はといえば、お父さんのせいなんだから、貴方が謝ることじゃない」
ユリアは、首を振って、そう答えた。
「さて、この身体をどうするか・・・」
士郎が元々の自分の身体を見て、腕組みをしたとき、その声は聞こえた。
「その身体は、こちらに引き渡してもらう」
声がしたほうを振り返ると、機械のような無表情な男が立っていた。
その傍らには、筋骨隆々な男と、ゴスロリを着た少女が立っている。
「君は確か、ニーチェ=グレム」
「大・正・解!そうですこの方は、ニーチェ=グレム、セカンドシーズンの改造兵、なのです~。
いや~、機密事項を知っているとは、さすがにホムンクルス1stといったところでしょうか?」
無表情な男の変わりに、少女が答える。
馬鹿にしたような調子の声が響いた。
「余計な話はいい、今はあの身体を手に入れることに集中しろ」
「えー?でも満身創痍のホムンクルス二体だけじゃん?
簡単すぎてあくびが出ちゃうよ」
「いや、それに満身創痍の改造兵が一人加わっている」
ニーチェは急に振り返り、幅広の剣を振るった。
ガキイイイン!という音と共に、剣と剣がぶつかり合った。
「ふん虎獅子イグナか」
そう、奇襲を行ったのは、イグナだった。
「話は聞かせてもらった、士郎、本当にエリアの破壊を中止してくれるんだな?」
「ああ、俺は違う方法で、レナを救うことにした」
「そうか、なら俺はお前の味方だ!」
そう、言葉を交し合って、イグナは、空中でニーチェにニ三度斬りかかった。
その全てを、ニーチェは剣で弾き、最後に、イグナを思いっきり、左手で突き飛ばした。
イグナは石造りの広間の床に叩きつけられた。
「ふん、もう殆ど力が残っていないようだな、アーリマン、イグナの相手をしてやれ、因縁の深い相手なんだろう?」
「ああ、アニキ、あいつを殺す時を心待ちにしてたんだ、ありがとよ!」
そう言って、アーリマンは、イグナに突進していった。
ニーチェは、士郎の方に向き直り、尋ねた。
「それで?その身体を渡すのか?渡さないのか?」
「誰が渡すものか!」
先に動いたのは、士郎だった。
二人は、剣をぶつけ合い、戦闘に入る。
取り残されたジェーンは、不満そうにぼやいた。
「ちぇ、アタシは余りもんかよ?何の能力も持ってない、人間と、成長が遅すぎるホムンクルスか・・・」
「ユリアさん、さがっていて、あいつは私がなんとかするから!」
三つ巴の戦いは始まった。
イグナは、突如突進してきた大男を見て、ギョッとし、地面に転がることで、それを回避した。
が、次の瞬間、黒い鉄球が飛んできた。
大男が、鎖についた鉄球を振りまわし、投げつけたのだ。
イグナは、避けようとしたが、力が足りなかった、ガクッと膝をつき、その場に硬直する。
洒落にならないような音と共に、イグナの身体に鉄球がくい込んだ。
「がはっ!?」
口から、血を吐き、イグナの意識が明滅する。
そんなイグナの元に、アーリマンはつかつかと歩み寄り、イグナを足蹴にして、何度も踏みながら、楽しそうに言葉を発する。
「どうしたんだよ?虎獅子さんよ!キヒヒヒ、おら、立ち上がってみろ!」
「ぐは!」
イグナの腹に、蹴りがめり込んだ。
「つうか、俺のこと忘れてんじゃねえだろな?」
もう一度、蹴る、今度は、顔だ。
「お前にこの左目を潰された、あの時の強盗だよ」
「な?お前、何で?」
イグナは思い出した、ソフィアを救ったとき、強盗の眼目掛けて銃弾を蹴り上げて、失明させたのだ。
「地獄から舞い戻ってきたんだよ!
お前のせいで、色々狂っちまったが、今はどうだ?最高の気分だぜ!!
こんな力を手に出来てよ、オラァ!」
またも、蹴りがくい込んだ、今度は足。
「さてと、お前の左目を潰させてもらうかねえ?」
そう言って、イグナの顔を掴み、右手の人差し指をスラッと伸ばす。
そして、その手がイグナの眼に一直線に、吸い込まれるように迫っていく。
イグナは最後の力を振り絞って、傍にあった瓦礫から、金属片のようなものを掴み、アーリマンの顔に投げつけた。
別に避けなくても、そんなものに当たったところで、怪我の一つも彼は負わなかっただろう。
しかし、彼の人並みはずれた動体視力は、そう考える前に、脳に命令を出していた。
アーリマンが仰け反る、イグナは、その腹を思いっきり蹴り飛ばし、立ち上がりながら、距離を取った。
「つ、ははは、効かねえなあ!」
イグナの蹴りを受けて、仰け反りながらも、アーリマンは、鉄球を手ばなさず、そう言った。
対するイグナは、完全にグロッキーだった。
立っているだけで精一杯だ。口から、血が滲み出てきたのを吐き出した。
アーリマンは、鉄球を振り回し始めた。
今度こそ、イグナは絶体絶命だった。
レナは、ユリアを庇いながら、ジェーンを見つめた。
「アハハッハ!そんな怖い眼で見ないでよ、仲良くやろうじゃない!」
次の瞬間、ジェーンが、突起のついた棍棒を振り上げ、二人に襲い掛かってきた。
レナは、粒子の盾を前方に展開し、歌いだした。
ジェーンの棍棒が、その盾を捉える。
二三度、叩いた所で、レナの作った盾が綻び始めた。
「!?」
「どうやら、さっきの戦いで予想した以上に力を使ってたみたいだねえ!」
ジェーンは更に力を込めて、レナの放つオーロラのような光の壁を叩いた。
ここで、障壁に穴が開いた。
レナは、ユリアを庇いながら、後ろに下がる。
「はは!もう終りいい?」
完全に守るものが無くなったレナの元へ、ジェーンは迫る。
レナは、ユリアを庇いながら、眼を瞑った。
だが、その瞬間は来なかった。
「なんてね、一応あんたは殺すなって言われてんだよ、もう必要ないと思うんだけどさ」
ここで、ジェーンは手のひらを返すように、棍棒を弄びながら、そんな事を言った。
「でーも、その後ろの女の方は、殺しても問題ないわけ、分かる?
どこまでその女を守れるか、見ものだねえ!」
ジェーンが、レナの後ろ、つまり、ユリアの元に回りりこんだ。
レナが、ユリアの手を引いて、自分の身体の後ろに隠すように、前に進み出る。
そして、棍棒を避けた。
「はっは、いつまで続くかな?」
レナとユリアは、窮地に追い込まれた。
士郎は、ニーチェと、相対していた、既に、身体はガタガタだ。
「この身体を何に使うつもりだい?」
「その身体は、言わば空の器、ならば、ハザード=クライシス様の人格をその器に注ぎ込めば、どうなるか?
お前たちは反抗的過ぎる。ハザード様は、自らの手で、研究を完遂させるおつもりだ」
「馬鹿な!彼は僕が殺したはずだ!!」
「そうだ、確かに、ハザード様の肉体は消えた、だが、その魂は、この中にある」
そう言って、ニーチェは、大型のUSBメモリのようなものを取り出した。
「何だそれは?」
「人間に大量の電子情報を入力するための機械だ。
この中には、ハザード様の人格データが入っている。
おっと、ちなみに、改造生物お得意の電子機器への妨害はできないようになっている」
次の瞬間、ニーチェは、物凄い速さで、移動し、士郎の肩に手を置いて。
「ハザード様の復活だ」
そう呟くと、士郎を吹き飛ばした。
士郎は、倒壊したビルの瓦礫に突っ込んだ。
ニーチェは、ゆっくりとした動作で、USBメモリのような機材を、空っぽになった少年のこめかみに差し込んだ。
電子情報の渦が、少年の身体に、脳に流れ込んでいく。
これまでとは違う、全く別の記憶。
そして、少年は目を開いた。
そして、ニーチェの顔を見、自分の身体を見て、歓声を上げた。
「やった、やったぞ!私は蘇った、ホムンクルス1stとして!これで、計画が完遂できる!!」
そして、地上から飛び上がった。
「ふふふ、分かるぞ、力の使い方は、身体が覚えている!!」
ハザード=クライシスの背中から、翼が生えた。
金色の光を纏った翼だ。
「これが、トランス!如月のレポートにあった、細胞の変異のパターンを身体が覚えていたために、細胞の提供者がいなくても再現が出来るようになっているのか」
ハザード=クライシスは、自らの力に驚くように、誰とも無しに言った。
神々しいまでに、その翼は美しかった。
そして、ハザード=クライシス自身も、金色の光を纏っている。
ニーチェは、この光景を見て、涙を流していた。
「おお、ハザード様」
神を崇めるかのように、跪き、十字架をきった。
「ご苦労だった、ニーチェ、これで計画は完遂する」
ハザードは、微笑んだ。
ジェーンと、アーリマンが、その光景を見て、持ち場を離れ、ニーチェと同じく跪く。
「遂に、遂に!!」
「これで、悲願が達成される!」
「ああ、お前たちはよくやってくれた、ゆるりとしていなさい、私が奴らを片付けておく」
「しかし、貴方のお手を煩わせることは・・・」
「ニーチェ、私は自分の力が試したいのだ」
「はっ!」
ハザードは、ニーチェのへりくだった様子を満足げに見ながら、頷くと。
瓦礫の山の前でこの光景を見ていた士郎を見て、その方向に手を掲げた。
金色の粒子が、攻撃の性質に変化し、士郎を襲う。
だが、黒い物体がそれを遮った。
グレンだ。金色の光線を見に受け、グレンは呻いたが。
心の中で、士郎に、レナに、ユリアに、イグナに語りかけた。
(この場は引くぞ!俺に掴まれ!!)
その言葉と共に、士郎は、颯爽と、グレンの背中に乗った。
その瞬間、士郎を金色の光線が襲うが、グレンの翼に阻まれる。
この隙に、ユリアとレナもグレンの巨大な背中に乗った。
残るイグナを、グレンは飛びながら腕で掴み、その場を逃れた。
光線が、後ろから幾度か襲ってきたが、何とか身体を揺らしながら回避する。
「どこに向かう?グレン?」
(ひとまず、あの研究所に戻ろう)
「敵にはすでにばれてるぞ?」
(いや、だからこそ、向こうもまさかそこだとは思わないだろう、それにしても、お前の身体がハザード=クライシスに乗っ取られるとは・・・)
「お兄ちゃん、たぶん、あいつらはウロボロスをつくりだすんだとおもう」
「ウロボロスか・・・、最強の生命体、その力で、世界を統合するのが、奴らの願いなんだろうからな」
続く海を見ながら、士郎は呟いた。
獲物に呆気なく逃げられてしまったがハザードは上機嫌だった。
「ふふふ、奴らがどこまで足掻けるか、見ものだな」
そして、地面に降り立ち、三人に告げた。
「行くぞ、これからウロボロスを創り出しに行く」
「「はっ!」」
三人は、ハザード=クライシスの後ろに付き、その後を追った。
向かう場所は、エリアの研究施設。
その最深部だ。
殆どの研究員が知らないその場所には、ウロボロスを創るためだけに設置された培養気がある。
この可笑しな格好の四人を見て、不審に思うような人間はいない。
何故なら、研究者も全員、ここから退去しているからだ。
というわけで、セキュリティも何も関係ない、その研究施設の中を、ハザード=クライシスは我が物顔で歩いていた。
そして、隠し部屋へと向かう。
地下の研究施設、ドルクの研究施設があった場所の更に奥、そこに巨大な培養機があった。
その部屋がある手前で、ハザードは、光線を撃った。
弱く弱く、中のものを傷つけないように慎重に。
そして、道が開く。
中には、案の定、巨大な培養機があり、その液体の中心に、小さな核のようなものが浮いていた。
そして、その手前にあるキーボードとディスプレイを見て、ハザードは、笑った。
低く、押さえたような笑いだった。
そして、キーボードをカタカタと打ち始めた。
壮絶なスピードで、文字が入力されていく。
その度、培養機の中の核は脈打って、大きくなっていく。
それが、ウロボロスの基となる素材、それは素材から、完成品へと、物凄いスピードで変わっていった。




