七対七 ノア対ライガ
ビルとビルを飛び越えながら、ノアとライガは、お互いを見据え、機を伺っていた。
(軽率そうに見えて、慎重だな、全ては演技か・・・。狡猾な男だ)
「ははは、買い被られちった?これは参ったニャ~」
ここで、ノアは足を止め、ライガもそれに合わせるようにノアの立つビルの向かい側にあるもう一つのビルの上で止まった。
二人の間の距離は、約20メートル、どちらもその攻撃が届く範囲にいない。
ノアは、そのどちらも攻撃の仕掛けられない、間合いを維持したまま喋った。
「別にそういうわけじゃないんだぜ?俺は、猫ちゃんが大好きだから、こんな喋り方をしてるんだニャ~」
相変わらずへらへらと笑いながら、そう嘯く。
そして、言い終わらないうちに、十メートルの安全な間合いをキープしていたノアは、その均衡を自ら打ち破った。
ビルを挿んだ二人の間合いが詰まる。
飛び出したノアに反応して、ライガも動いた。
ガギイイン!と、金属同士がぶつかるような音がする。
その形容はあながち間違いではない、ライガの爪は、鍛え上げられた金属のように硬い、対するノアの二本のナイフは正真正銘金属だ。その二つがぶつかり合って、金属同士がぶつかり合ったような音がしたのだ。
二人はビルの合間で交差し、それぞれがお互いに相手がさっきまで立っていたほうのビルに着地する。
そして、くるりと相手の方へ向き直った。
二人はもう一度向かい合った。
さっきまで晴れていた空に暗雲が立ち込めている、太陽の光が遮られ、嫌な雲行きになっていく。
雲が通り過ぎ、また光が射したとき、それが突撃の合図だった。
青い色が見え隠れする空、立ち込める雲をバックに、二人は空中でもう一度交差する。
今度は、空中で取っ組み合うような形になった、突き立てられる爪をナイフで防ぎながら、逆に迫り来るナイフを爪で防ぎながら、二人は落下した。
空中に衝突しても、二人はその姿勢を保ったままだった。
ズン!という音ともに、地面に降り立った二人は取っ組み合いを続ける。
グググッと突き立てられようとしているいるナイフと爪尾がお互いに何かを締め付けているような音を立てる。
ここで、ノアは、前面にナイフを押し出し、後ろに下がった。
「やっぱ、お前とは力比べにならないみたいだニャ~」
(またも道化を演じるか、力は五分五分、虚構に飾られた言葉だな)
「いやいや、俺は本気だぜ、お前もあの粒子が使えるんだろ?今あれを使われたら俺やばかったって」
(それはそちらも同じだ、ニルヴァーナがあるだろう?使えないとは言わせんぞ)
ノアは少し黙った。
「違うんだニャ~、俺はそれを含めてお前とは力勝負になんないって言ってるんだぜ?」
ノアは急に真面目な顔になる、そして得体のしれない殺気を放った。
「分かってんだよ。お前は本気を出す気が無いって事ぐらい、他の奴らはどうだかシラネーがな、お前は最初から負ける気だ。そんな奴と力比べしてもつまらなすぎて眠くなっちまうだろーがよ!!
なんのつもりで負けようとしてんのかは知らないが、ただの時間稼ぎで俺と戦うってんなら、俺はお前と戦う気にもならねえ、力比べしても無駄だ」
(ククク、やはり食えない男だ)
ライガの顔は、ノアにも分かるように、少しだけ歪んだ。
それが笑いであることがノアには分かった。
(確かにワシはお前に殺されるつもりだった、ワシの目的は、というより、我らの目的は死の先にある。)
「どういうことだ?」
ノアは心に響いてくる声を出している主に尋ねた。
(ワシも、他の皆も、人間に近い感情を持っている、喜び、悲しみ、憤り、そんな感情を持った上で、ある日気がついた、ワシらは人間になりたいのだ、死ぬことで、ワシらは生まれ変わることが出来る、その前に、ホムンクルス1stの仕事を完遂させる)
「とんだロマンチストだな、輪廻転生を信じているのか?まったく馬鹿馬鹿しい、夢物語を信じて自ら死のうというのか?」
(そうとも言い切れないのだ、ホムンクルス1stの力を持ってすればな、これ以上は語るまい、お前はワシが本気を出すことを望んでいるようだな、そうしなければこれ以上戦う気を起こさないと)
「そうだ、お前が本気を出さない限り、俺はお前を殺さない、お前が本気を出すなら、本気でお前を殺しに行ってやる」
(仕方あるまい、では、本気をだそうか・・・お前の力がワシのそれをを凌駕していることに期待しよう)
かくして、全長三メートルほどある巨大な虎の体から、強烈な光が放射された。
謎の粒子、思念に反応し、その性質を変えるその不可解な粒子が、光を放っているのだ。
それは、オレンジ色の光だった。
この虎の体色に合わせた強烈な光。
その性質は、純粋な肉体強化、筋肉の硬化、反応速度の向上、攻撃能力の飛躍。
レナのように、その粒子を攻撃性のものに変えるのではなく、純粋に身体能力を上げるためのものにする。
生物という枠組みを超えた力を持つもののみが手にする力。
アプローチの仕方は沢山あるが、その不可解で、人間には理解の出来ない力を手にするには、精神か、肉体面で生物の限界を超える必要がある。
この力の元を辿っていけば、ある答えにたどり着く、気というものが、中国の拳法の道場で重要視される。そして、エクトプラズムや、霊体の存在も、囁く人間がいる。
その全てが、この不可解な力に関与しているとしたらどうだろう?
例えば、中国の少林寺拳法の秘術には瞑想により、極限まで高めた集中力により、痛みを感じなくなったり、第六感的な力を得たりと、科学的に証明された効果を持つことが証明されている。
この現象に、この不可解な力が関わっているとしたら?
また、エクトプラズムや、霊体の存在を知覚できる人間、それらが、この粒子に敏感な反応を見せ、それを認識できる存在だとしたら?
全ては繋がる、この不可解な力が全ての元凶だ。
まず、この粒子そのものは、全ての生物が日常的に放っているものだとしよう。
霊の存在をこう定義する、霊体とは、全ての生物が放っているこの粒子のことを指すとする。
思念によって性質を変えるその粒子は、死に行く人間の後悔や怨恨などといった、強い感情に反応して、その場にとどまり続ける、あたかもその人間の意思そのものがそこにとどまっているかのようにこの力を知覚出来るものがその存在だけを感じ、霊だと思うのだ。
思念によって巻き起こされる事象、オカルトチックな現象が全てこの粒子の力によるものだとしたら。
この力の説明はつく、断じてこれは科学的に解明できる分野ではない、説明しようと思うこと自体が馬鹿馬鹿しくなるほど、理解しようと思うことが馬鹿馬鹿しくなるほど、神秘的で、不可侵的な分野なのだ。
その力を、ライガは武器のように振るった。
オレンジ色の閃光が、ラインを描く、ノアは叫んだ。
「ニルヴァーナ!」
ノアの体から放たれる閃光もまた、オレンジ色だった。
だが、その色は決定的に違う。
ノアの光は、どことなくぼんやりとして、淡い色彩を帯びており、ライガの方は、くっきりとした輪郭を持っている。
単純な物量の差、(物質量といわなかったのは、はたしてそれが物質と言っていいのか判断できないからだ)それが勝敗を分けた。
ライガの圧倒的な力でノアは比喩的に押しつぶされた。
(これが、その力を操っているか、いないかの違いだ。ぼんやりとでもその力の本質を自分なりに分かっていれば、お前がきっと勝っていただろう)
胸元から腹に掛けて、深々と、三つの引っかき傷を付けられて、ノアはビルに叩きつけられていた。
既に気を失い、戦える状態ではなかった。
はずだった、ここで、ライガはノアの体の光が一向に消えないのに気付いた。
「ふん、やっとあったまってきたかな」
(何?)
光が消え行くどころか増大していく、それと同時に、ノアは起き上がり、ライガを見据えた。
手放さなかった二本のナイフ、それを手元でクルクルと回しながら、ノアはぺロット舌を出し。
「いや、悪いニャ~、俺のニルヴァーナはエンジンが掛かるまで時間が掛かるんだ。
この粒子の力の正体はまだ掴めないけど、これでお前とも対等に戦えるかもな」
そして、頭の赤いバンダナを外し、投げすてた。ひらひらと、風にその布は舞った。
地面にそれが落ちると同時に、二人は再び激突する。
ヒトの叫び声と、獣の吼える声が聞こえた。
今度こそ、決着が着く。
ノアは、相手の喉下に刺したナイフをゆっくりと引き抜いた。
長さ四十センチほどの、刃に凹凸がついたナイフ。
もちろんただのナイフではない、ハイマネティックゲノムを埋め込んだ特注の武器。
これが無ければ、彼はニルヴァーナは使えない。
文明の利器が無ければ、この虎のような生物には勝てなかっただろう。
(いい勝負だった、正々堂々と力をぶつけ合えた)
「人間ってのは卑怯なんだ、武器ってもんを使えるからニャ~、だから、正々堂々健闘しましたなんて言わないでくれよな、俺は卑怯者って罵られるほうが好きだぜ」
(ふん、ほんとに食えない男だな)
ノアは、頭をぐしゃぐしゃと掻きながらライガに背を向け、言った。
「そうそう、そういう言葉が俺には似合ってる」
少しだけ後ろを見て、ノアは次なる戦場へ向かった。




