鈍感
日本街といわれる、エリアの歓楽街で少女達は餡蜜屋昇華堂で談笑していた。
「うーん、この餡蜜っていうスウィーツまじで美味しい」
「うん、私も久しぶりに食べたけど、本当に美味しいね」
クリーム山盛り、小豆掛け放題、カロリーの高そうなスウィーツを何の躊躇もなく食べながら談笑するユリアとリンダ。
「そんなに、食べて太らないの?二人とも・・・」
アリーナが、本当に不思議そうな顔で尋ねる。
実は朝から、たこ焼き、団子、蕎麦、もんじゃ焼きなどを軽々と平らげている二人だった。
「全然、太ったことないよ?」
「うん、私も、心配したことないな」
二人の言葉に、ものすごいショックを受けた顔をするアリーナ、イ・スンヨンがアリーナの肩を叩き、慰めた。
「大丈夫ですよ、アリーナさん、二人は特別なんです」
「ユリアが特別なのは分かるけどさ・・・」
「アリーナ、スポーツすればいいんだわ、一緒にバスケットでもやりましょう」
「キャサリン、あれって、疲れるのよね・・・」
フウッとため息をつくアリーナ。乙女の悩みは尽きないものなのだろうか・・・。
そんなこんなで、日本街を食べつくした、二人とそれを引き気味に眺める三人は、そろそろ帰ることにした。
ターミナルに急ぎ、IDカードをタッチして、改札を通り抜ける五人、すぐさま電車に乗る。
ここで問題が起きた、満員電車に乗って、人ごみに揉まれるうちに、ユリアが他の四人とはぐれてしまったのだ。とりあえず、出口につくまで、待つしかないと判断した、ユリアだった。
だが、ここでユリアを見る二つの視線があることを、まだ彼女は気付いていなかった。
テュール=クロムウェルは、満員電車の中で辟易していた、休日に適当にぶらぶらしようなんて考えるんじゃなかったと、自分の選択に後悔していた。
しかし、この彼の後悔は、百八十度回転して、グッジョブに変わっていた。
ユリアが、恋焦がれた相手が、同じ車両に乗り合わせていたのだ。
(これは運命じゃあるまいか、こんな所で、偶然、彼女と乗り合わせることになるとは、何か声を掛けたいが、くそっ!何を言えばいいんだ?
「やあ、偶然ですね」駄目だな、これじゃ初対面というよりは、割と中が良さそうな感じだ。
じゃあ、「君カワウィーね」ではどうだろう日本で流行ったという、女の子を褒めるときの用語らしい、
いやいや、駄目だろ、なんか意味はわかんないけど、なんかチャラそうだ・・・。
「あの、君ユリアさんだよね、僕、同じ学校のテュール=クロムウェルだけど。」これが一番無難かもしれない、よし、これだ、行くぞ!)
その頃、ユリアは痴漢にあっていた、確実に臀部を触られている、最初は偶然かも、と思っていたが、これはもはや確信犯だとしか思えない・・・。
ユリアは、痴漢にあって、萎縮するような気の弱い女の子ではない。
瞬間、平手打ちが飛んだ。
バッチイイン!という音と共に平手打ちが男にヒットした。
「何すんだ!このアマァァァ!」
完全なる逆切れだったが、痴漢は逆上していた。
「そっちが悪いんでしょ!この痴漢!」
もう一度バッチイイン!
「やめ・・・」
もう一度、
「ごめ・・な」
もう一度、
「すいませんでした」
痴漢は謝った、かわいそうになるぐらい惨めだった。
にもかかわらず、後ろから、ド突かれた。
「貴様、観念しろ!この痴漢!ユリアさんの、お尻を触るなんてうらやまし・・じゃなくて、言語道断だ!紳士の風上に置けない、即刻成敗してやるから覚悟しろこの野郎!」
後ろから出てきた、男、テュールは、周りの眼も気にせず、痴漢をド突きまくった。
その目には、義憤に燃える光以外にも、何かもっと別の色があったようだが・・・。
遂に、痴漢が泣き出した丁度その時、列車が駅に着いた。
「あ、ここで降りなきゃ」
ユリアは独り言のように、というより完全に独り言だったのだが、痴漢をド突いた男がその言葉に反応する。
「いや、偶然ですね、僕もこの駅で降りるんですよ!」
「はあ、そうなんですか・・・。」
「ここは、もう痴漢に会わないように僕が着いていって差し上げます!」
「それはご親切に、でも結構ですわ、友達を待たせているので・・・」
「そ、そうですか、それは何よりです!では、僕はこれで」
残念そうな顔で、その場を立ち去ろうと、テュールが駅のホームへ向かおうとしたとき、怪しそうなオッサンがユリアの方へ真っ直ぐ歩いているのが見えた。
「む、なんだあの怪しいを絵に書いたような人物は、怪しいをとおりこして妖しいぞ・・・」
テュールは、身を翻して、そのオッサンの動きを凝視する。
「やあ、ここであったが百年目、すまないね~、あれから全然連絡できなくて、それで、写真のモデルになる決意はしてくれた?」
(写真のモデルだと?ユリアさんに湧く害虫め、確かにユリアさんが被写体になったら、その雑誌の売り上げはミリオンセラーを記録するに違いない、何故なら俺が百万冊買うからだ!)
妄想だけで、頭に血を上らせて、鼻血を出すテュール、彼も健全な男子であるということ。
「えーと、しばらく延期できないですかその話、今そういう気分じゃないんです」
「うーんそれはこまったね~、今月号の表紙の娘は決まってるって言っちゃったから、なんとかやる気を出してくれないかなー」
そこまで言ったオッサンの前に、テュールがたちはだかる。
「彼女は嫌がっているんだ!そこまでにしたらどうですか?」
「あれ、君はこのまえの男の子とは違うみたいだけど、一体誰かな?
ユリアちゃんの彼氏ではないみたいだけど・・・」
「そんなことはどうでもいい!とにかく、彼女は嫌がってるんです!」
今にも胸倉を掴まんばかりの、テュールに、気を呑まれたオッサンは、後ずさりし、言った。
「分かった、今日は諦めるよ、明日電話するからね!」
それを見送りながら、ユリアは、テュールに感謝を述べた。
「有難う、本当に今、そんな気分じゃなかったから・・・」
「い、いや、あの、当然のことをしたまでです」
テュールはどぎまぎしながら答えた。
「おーい、ユリアー!」
ユリアの友達が、ユリアの名前を呼ぶ。
ユリアはそちらを向き、もういちどテュールの方に向き直る。
「貴方のお名前は?私はユリア=如月です」
「あ、テュール=クロムウェルです、よろしく」
電車が出発し、ユリアは電車の行ったほうを見ながら、呟いた。
「電車でも、どうもありがとう」
「いえいえ、あれくらい」
「それじゃあ、また、機会があったら・・・」
「はい、お会いしましょう」
その言葉と共に、ユリアは、友達のほうへ走っていった。
テュールはその手を掴んで、引き止めたい衝動に駆られたが、グッと手を引っ込めた。
「また、会いましょう・・・」
そう言って、テュールは、駅の人ごみの雑踏の中に消えていった。
「ユリアさん、あれってテュールさんですよね、同じ学校に通ってる」
「うん、ちょっと助けてもらっちゃった」
四人と合流したユリアは、スンヨンと話していた。
「偶然乗り合わせた見たい、終始緊張してたけど、変な人だったな・・・」
ユリア以外の全員が顔を見合わせ、ニヤッと笑った。
「それは、あれだよね」
「うん、あれですね」
「そうそう」
「十中八九間違いないかも」
四人とも何か勘付いたようだが、ユリアには分からない。
頭の上に疑問符を浮かべて、首を傾げるだけだった。
「あちゃー、鈍感ときた」
リンダがこめかみの辺りを押さえて、茶化すように言った。
「何の事?」
ユリアにはまだ分からない、
「ここ数日、食堂行くたびテュールさんが貴方に熱い視線を送っていたのに気付きませんでした?」
スンヨンが尋ねる。
「え、どうだったかな?」
「やっぱ、駄目だ。ユリアには多分分からない」
「安心したよ、ユリアにも欠点があったんだね」
リンダに続き、アリーナも茶化すように言う。
「だから、何の事!?」
とうとう、怒り出すユリア、四人は「さあね」と言って、くるりと背を向ける。
思わぬ友達の集中砲火にあい、ユリアは、その背中を追いかけながら、頭の上の疑問符は消えることはなかった。




