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堕天

 今日も少年は窓から外を見つめていた。

今日は雨で、外に出ることも出来ない。あれから、記憶の回復に進展が無い。

そのことに、少年は、焦りを感じていた。

(僕は、誰?)

少年は自身に問う。

(どこから来たの?)

再び問う。

「なーに、暗い顔してんの?少年。」

「万理さん・・・。」

万理がいつの間にか部屋に入ってきていたらしく、食事を少年のベッドの上の台に運びながら、

言った。

「未だに自分が誰なのかどこから来たのか分からない、でも、僕を待ってくれてる人が居るのは何となくわかるんだ・・・。その人たちに早く合わなきゃ。」

「焦ってるんだ、少年。

 まあ、気持ちは分かるけどね・・・。でーも、まずは、栄養しっかり取らなくちゃ。」

さあ、お食べと、万理は少年に箸を差し出して、食事を促した。

「うん、有難う、万理さん。」

鮭の焼いたもの、お味噌汁、野菜サラダ、ご飯、代表的でスタンダードなメニューと言える。

少年は、鮭を箸でほぐし、器用に骨を取りながら、食す。

「大分器用になったね、最初は全然、箸の使い方まで忘れてるようだったから、本気で心配したんだよ?」

万理は、ウンウンと一人で感慨に耽りながら、その様子を見ていた。

少しオーバーアクション気味の万理に苦笑しながら、少年は、箸を進めた。

そして、ふと手を止める。

「どした、少年?」

「何か、来る。」

少年の放った不吉な言葉に、万理は「え?」と、戸惑いながら、疑問符を放つ。

そして、少年の感じた何かは、その時すでに、動き出していた。

玄関口で、悲鳴が上がる、続いて無数の銃声。

万理の表情が、凍りつく。そこへ、日下部が息を切らして入ってきた。

「例のテロリストの残党のようだ、なんでこんな小さな病院を狙うんだ?」

「まさか、僕を?」

「そんな訳無いでしょ!とにかく、逃げるよ、少年!」

万理が少年の手を引き、出口に向かおうとしたときと、この部屋に入ってきた、迷彩服のライフルで武装している男が発砲するのは同時だった。

万理がそれに気付き、少年を庇う。

万理の背中に銃弾が数発打ち込まれ、万理は士郎に覆いかぶさるように倒れた。

「万理さん?」

「怪我、無い?少年・・・。」

荒い息を吐き出しながら、少年を気遣う万理。

「逃げ、て。」

その言葉と共に、万理の意識は途絶えた。

「万理さん?万理さん?万理さあああああん!!」

何度も万理の名を呼びながら、最後に少年は絶叫した。

その間にも、ライフルを持った男は近づいて、目標の息の根を止めようとしていた。

日下部が少年と武装した男の間に割って入る。

「私の患者に指一本触れさせんぞ!」

怒号だった。医者としての本能が、震える足を前に動かす。

恐怖に顔は引きつりながらも、体中から冷や汗が出てきても。

それでも、患者をみすみす死なせるわけにはいかないと、日下部の意思がそうさせる。

「だめです、日下部先生!」

武装した男は少しの躊躇も無く引き金を引いた。

日下部は銃弾を浴びた。日下部は地面に崩れ落ちる。

少年は、叫んだ。


―そうだ、この時だ、僕が、僕でなくなったのは・・・。

怒りにまみれた心が、僕の中の、古い記憶まで、呼び覚ました。

記憶の奔流が、僕を明確に目覚めさせ、これまでの比ではない陶酔感に浸りながら。

僕は、いや、俺は、怪物として、目覚めた。


 目覚めた怪物は、武装した男を睨みつけた。

武装した男の体が動かなくなる。まるで時間が止まったかのようにピクリともしない

怪物は、万理の体をそっと、地面に置くと、ゆっくりと、武装した男の方へ歩いていく。

士郎はそっと呟いた、死刑囚をこれから血に染め上げる、断頭台のように。

「た・・・なか・・・のは・・・ち・・・の・・い・・・・。」

こんなに、近づいているのに、こんなにもゆっくりと動いているのに、何故か敵は銃を撃とうともしない。

怪物は、それを不思議だとは感じなかった。

「足りなかったのは、力の使い方・・・・。」

そう呟いた。そう、彼は失敗作などではなかった、最初から花開く才能があるように、後から花開く才能というものがある、彼は力の使い方を知らなかっただけ。

そして、今日始めてそれを掌握した。

怪物は、男が持っているライフルを取り上げ、男の肺に向けて、一発だけ、撃った。

男の顔は防護マスクに阻まれて、見ることが出来ないが、苦痛にゆがんでいるはずだった。

だが、敵は倒れない。

そして、そのまま怪物はその男をそのままにし、部屋を後にする。

後ろでドサッという音が聞こえ、同時に苦痛に呻く声が聞こえた。

怪物は、ゆっくりほくそえんだ。残忍な笑い、残酷な歩み。

入り口の方には、もっと敵がいるはずだった。

ゆっくりと、ゆっくりと、怪物は歩んだ、ライフルを持ったまま。

そして、受付のある部屋で、怪物は武装した集団に取り囲まれていた。

だが、銃を構え、引き金を引こうとした男たちは、そこで止まってしまった。

怪物は、ゆっくりとゆっくりと、一人一人の肺に、風穴を開けていった。

そして、部屋に戻る、その瞬間、苦痛に呻く声が、聞こえた。

今度は無表情に、それを聞きながら、さっきの部屋へ、ゆっくりと歩いていった。

そして、万理と、日下部の死体に駆け寄ると、呟いた。

「全ては、俺のせいだ・・・。

 万理、日下部、すまない・・・。」

日下部の見開かれたままの眼をを閉じてやる。

「やっと思い出せた、俺は、俺は・・・、被験体001.ホムンクルス・1st」

神谷士郎を脱却し、少年は、怪物であることを受け入れた。

今までの人格の否定、自分が異質なものであることの肯定、それが少年の選択。

「もう、俺は人間としては生きていけない、思い出した以上は・・・。」

ホムンクルス1stは、二人の姿を痛ましげに、名残惜しげに見ると、その場を去ろうとした。

「怪物が悲しむフリをしても虚しいだけだぞ?」

そんなホムンクルス1stの背中に、声が掛かる。

「誰だ?」

短く、振り返らずに、ホムンクルス1stは問う。

「ニーチェ=グレム・・・、お前と同じ怪物だ。」

ニーチェは、ホムンクルスの背中にライフルを付きつけて、特に自分を卑下する様子でもなく言った。

「俺と、同類?」

フッと、笑う。

「何がおかしい?」

「違うな、お前は違うよ、俺とは・・・。」

ニーチェは、しばし黙ると、言った。

「創り方が違うからか?姿が違うからか?それとも、力の差があるからか?

 その根拠はどこにある、俺もお前も人間を演じているだけの怪物だ。

 そこにどんな違いがある、そこにどんな差異がある。」

「・・・勧誘でもしに来たのか?」

今度は、ニーチェが笑う番だった。

「フハハハ!そうだ、俺は嬉しいんだ、やっと見つけた、俺と同等の存在、いや、それ以上!だから、お前を是が非でも仲間にしたい。」

「傲慢だな・・・。お前ごときが俺と釣り合うと?」

ホムンクルスは冷笑する。

「傲慢なのはお前だよ、ホムンクルス1st、神谷士郎」

ニーチェもまた、冷笑した。

「だが、気持ちは分かる、力を手にした瞬間は誰でも傲慢になるものなのだから。

 それに、お前はハザード様が欲しがっていた力を手にした。傲慢になるだけの実力はある。」

「ハザード=クライシスか、何度も実験室で俺を始末しようとしていた奴だな・・・。

 思い出したぞ、まあ、そんな事はどうでも良いが・・・。」

ホムンクルス1stは思い出したように、呟く。

「それで、俺はお前の仲間になる気はさらさら無いが、どうするんだ?」

ホムンクルスは馬鹿にしたような調子で問う、後ろを取られた上に、銃を突きつけられているこの状況でだ。

「ここで殺すのは惜しい、どこへなりと消えるがいい。」

ニーチェはここで剣を引いた。

ホムンクルス1stは後ろを振り返り、その顔を見る。

視線と視線が重なり、火花を散らすように、ぶつかり合った。

「これを持っていけ。」

ニーチェがもう片方の手に持っていた、黒い銃剣を投げ渡した。

「随分、サービスが良いんだな、貸しだとは思わないぞ。」

黒い銃剣、ルシフェル・スキアーを手にしながら、釘を刺すように、言う。

「構わない、俺は本気のお前と勝負がしたい。

 今はまだその時ではないが・・・。」

「ふん、なら俺はやらなければいけないことがあるのでね、失礼しよう。」

突然、ホムンクルス1stの姿は消えていた。

「俺と同じ移動方法まで習得してるのか・・・。」

ニーチェは、感心するというより、呆れたような声で、呟いた。

そんなニーチェの不意を突くように、携帯端末の音が鳴り響いた。

「はい、こちらニーチェ=グレム。」

『話の顛末は聞かせてもらったよ、ニーチェ、君の判断は正しい。

 神谷士郎は、生かしておく必要が出てきたな。

 ただの失敗作だと思ったが、あそこまでの器とは・・・。』

「ええ、私も驚きました、彼なら、ウロボロスをも操れるかもしれません、

 ホムンクルス2ndにもそれは可能でしょうが、このままでは時間が掛かりすぎます。」

『そうだな、プランの練り直しを計ろう。』

ハザード=クライシスは、盤面の駒が、自分の想像以上に上手く動いてくれるのが面白くて仕方が無かった。独裁者は笑みを浮かべ、携帯端末の電源を切った。


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