取り戻した色
日下部医院は、東京にある小さな病院で日下部文博医師は中々腕の立つ医者だと人気がある、少年は軽い怪我だったので、規模の小さな病院に搬送された。
エリアの爆撃は容赦のないものだったので、少年の怪我の少なさは、異常なほどだった。
これを奇跡とみなすか、それとも他の何か別の力が働いたと考えるかは、人ぞれぞれだろう。
なにはともあれ、少年は奇跡的に生還し、奇跡的に無傷に近かった。
心に負ってしまった傷はともかくとしてだ。
そんな少年は、暇があれば窓から外の景色を見ていた。
鳥の数を数え、道行く人々を見、草木が揺れるのを楽しげに眺めていた。
「そんなに外が好きなら外出したらいいのに?
篭ってばかりいると治るものも治らないよ?
傷のほうは、そこまでじゃないんだから。」
若い看護婦が呆れたように少年のそんな様子を見、提案すると、少年は答えた。
「うん、でも見ているのが楽しいんだ。
草も木も鳥も人も、みんな楽しそうで。
でも、僕はなんとなく入っていっちゃだめだって、言われてるみたいで、僕があの中にはいっても仲間にはなれないんだよ、きっと。」
「あら、もしかして、怖いの?仲間外れにされるのが。」
冗談めかして問う看護婦に、少年は真面目な声で答えた。
「うん、怖い。
拒絶されて僕がみんなを嫌いになるくらいなら、じっと眺めてたほうがいいよ。」
「そんな、大袈裟な、貴方みたいに大人しい子を拒絶する人なんてそうそういませんよ。」
さ、行こう、と言って士郎の手を引く看護婦、少年は戸惑い気味に言った。
「万理さん、僕は・・・。」
「車椅子は要りませんよね?
松葉杖で、私が付き添いますから、外に出ましょう、ね?」
渋々少年は看護婦に手を引かれるまま、ベッドに掛けてある松葉杖を取り出し、歩いた。
「今日はいい天気ですからね、もしかしたら貴方のことを知っている人もいるかもしれないわ。」
万理のテンションは少し高めだった。
少年はそのテンションに押され気味に後ろに付いていく。
この病院は一階建てなので、特に苦労もなく外に出ることが出来る。
ただし、通路が長く、敷地面積は中々あるほうだ。
一分ほど歩いて、外に出る、その瞬間外の空気が少年の肺に、流れ込んできた。
少年は目を見開いた、そして、深呼吸するように、世界を感じる。
「どう?久しぶりに外に出たから気持ちいいんじゃない?」
「うん。」
満足げに少年の様子を眺める万理、少年は外の空気をかみ締めながら答える。
そのまま、照りつける少しだけ暑い日差しを感じながら、二人は歩きだした。
病院の前は大きな公園になっており、散歩をするには絶好の場所だった。
談笑する老人夫婦、ハイキングをする女性、駆け回る子供達。
少年は、目を細めてその光景を見ながら歩いた。
相変わらず、少年の表情は真っ白で、何色にも染まっていない。
記憶という色が、まだ戻らないのだ。
外の空気を感じて、公園を歩き回っても、少年の表情に変化は無い、白く、ただ白く、透明に。
「何も、思い出さない?」
「うん、何も。ただ、誰かに強引に引っ張られて、外に出たときがあったような気がしたんだ。
その時は、こんなに空気が新鮮だとは思わなかったと思う。」
それは、小さな変化、気付かないほど小さな。
「他に、何か思い出せない?」
万理は思わず詰問口調になって聞いてしまう。
せっかく、少しでも記憶の片鱗が出てきたのだからすぐにでも思い出させてあげたいという気持ちがあった。
「うーん、何かその後、変なおじさんに会って、駄目だ、思い出せない・・・。」
「変なおじさん、変なおじさんね、変なおじさんといえば日下部先生も変なおじさんだし・・・。」
さりげなく失礼なことを言う万理、仕事中の日下部はこの時大きなくしゃみをしていた。
「他に何か思いだせることは?」
「ええと、もう、分からないな。」
「そう・・・。」
万理は残念そうにうつむいたが、すぐにポジティブシンキングに入った。
「凄い!一歩踏み出せた!
良かったじゃない、少年!」
バシッバシッと背中を叩かれる少年。少年は松葉杖でバランスを取りながら思い出したように呟いた。
「あ、前にもこんな事があったような?」
「誰かにこうやって背中を叩かれたってこと?」
「うん。」
少年は頷いた。
「でも、ここまでかな、もう思い出せない・・・。」
少年の表情は、少しだけほんの少しだけ、色合いを取り戻した。
そう、万理の目には映った。




