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故郷へ

「例の任務だが。私と新しく入隊した神谷士郎くんとで行くことになった。

 期日は三日後、その間、他のメンバーには違う任務が割り当てられている。」

セイファが第一小隊のメンバーにそう告げたのは、今日の任務を終え、全員が集合したエリアのヘリポートだ。他にも多くの小隊の人間がせわしなく動いており、その殆どが国外へ発つ。

無数のヘリが空を飛び交っているの割には、セイファの声がはっきり聞こえるのは士郎には不思議だった。

今日の任務は、エジプトでの掃討作戦、さすがは第一小隊だけあって、任務は見る間に終わっていた。(いやー、あの蜘蛛みたいなのホント気持ち悪かったなー。)と、イグナが砂漠を歩きながらぼやいていた。

今回の任務はタラントという巨大な蜘蛛を退治することだった。

それも一匹ではなく何匹も、索敵センサーが大変な反応を示して壊れるほど、そして、サラがその光景のおぞましさに一瞬胃の中のものを戻しそうになるほど(女性としての最後の防衛本能によってそれはなんとか阻止されたようだ。)それは本当に気持ち悪かった。

「例の作戦って、例のテロリスト、ラグナロクとか何とかいう組織を潰すってやつですか?」

イグナの質問というよりは確認にセイファはコクリと頷いた。

「隊長が単独で行くのは分かりますけど、なんでシローが?」

イグナの表情にも、態度にも不信感がありありと見える、それもそのはず本人はそれを隠そうともしていない。

「・・・上が決めたことだ。」

セイファはゆっくりとイグナのそんな態度にも動じず答えた。

「お言葉ですが隊長、隊長にもハザード長官に意見するぐらいの権限はおありでしょう?」

サクヤが横から口を差し挿めた。そのサクヤの表情にも、他のメンバーの表情にもイグナと同じ不信感が見える。

「お前達では、彼女を殺すのに躊躇するだろう。

 だが、彼女と面識のない神谷隊員ならば話は別だ。

 テロ組織とフレイ=ヴァナディース、この二つを同時に一人で相手取るのは不可能だと、私も長官も協議の上で、そういう結論をくだしたのだ。」

「その結果、士郎君に白刃の矢が立ったと?」

サクヤはさらにセイファに食いついた。

「ばかばかしい!士郎君にそんなことが出来るはずがない!

 僕はこの作戦のプランの変更を強く要求します!」

サクヤが怒鳴った、普段の物静かな感じとは裏腹にサクヤは熱く、燃え上がるように。

「彼にフレイ元副隊長を倒せるとは思えません。」

冷静な表情で、意を唱えたのはテイルズだ、言葉こそ士郎の能力を過小評価していると取られても仕方ないものだったが、実際のところ、彼も士郎の身を案じて言っているのかもしれなかった。

(素直じゃないにゃ~。)

(全くだな。)

(だね、)

(ですね。)

このテイルズの心中を見透かし、他のメンバーはコソコソと言葉を交わしていた。

「異論は認めない、これは命令なのだから。

 止めは私が刺す、彼に罪は背負わせない。分かったな、各位、そして、神谷士郎。」

そんな中、セイファは有無を言わせぬ口調で言い切った。

エリアからの命令は絶対だ、裏でどんな非道なことをしても、彼にはやるべきことがある。

小隊のメンバーは、渋々と言った感じで、敬礼をした。

そして、士郎は「はい。」と返事をした。


その夕方、シュミレーションルームでイグナと士郎は久しぶりに二人で訓練をするため、シュミレーションシステムを作動させていた。いつものように、各種設定を行い、バイザーをつける。ただ、今日は士郎の武装が普通の銃剣から、黒塗りの特注の銃剣、「ルシフェル・スキアー」になっている。

二人の意識はシュミレーションシステムの中に転送され、いつの間にか、広大な草原に二人は立っていた。

「さっきも見て驚いたけど、やっぱ黒い銃剣、カッコいいな。」

イグナは、士郎の手元を見て感嘆の声を上げる。

「ええ、僕も気に入ってます。

 でも、やっぱりあのドルクっていう人は凄いですね、僕に一番適合するのはこの形の武器だって、すぐに見破ったんですから。」

「なるほど、確かにシローはずっとそのタイプの装備を使ってたからな。

 ともあれ、その武器を使うんなら、俺も手加減はしない。」

そう言って、イグナは空中に手をかざした。何も無い場所から巨大な剣の輪郭が浮かび上がる。

「セラフィー・ブロクス、これも俺だけの専用装備だ。

 お前のルシフェル・スキアーもカッコいいけど、これも中々だろ?」

その剣の刃はは蒼白で透き通っており刃の中心部分に十字架のような文様が施されている、柄は長く、黒い金属で出来ていた。

刃と柄を合わせて大体、横幅は五十センチ、縦幅は百五十センチはあるだろうか?

「そこまで巨大だと使い辛いんじゃ?」

士郎は真っ当な質問をしてみた。

「いや、俺達の力と、この武器の切れ味のおかげでその心配は無い。

 そこは、ちゃんと計算されているし、敵を巨大生物に定めている以上、懐に入られることもまず無いからな。」

「なるほど・・・でも、僕の武器とじゃ相性が悪いのは確かでしょう?」

「それでも、お前に負ける俺じゃない。

 一応、そういうときのための対策は無いことはないしな。」

士郎は素直に、イグナの主張を受け入れ、頷いた。実力差があるのに、相手を心配するというのはむしろ失礼にあたるだろうと思いなおしたのだ。

「そんじゃあ、時間ももったいないし、一勝負・・・。」

「「やりますか!」」

二人は同時に叫び、同時に駆け出した。

武器と武器がぶつかり合う音が仮想空間の中に響き渡る。

鍔迫り合いだ、士郎も精一杯力を入れるが、イグナの力には到底及ばない。

だんだんと押されていく、だが、士郎もそのまま吹っ飛ばされたりはしない。

不意に力をフッと緩め、身をかがめ、勢いに任せて振られたイグナの大剣を避け、懐に潜り込む。

イグナは迫り来る刃から慌てて人間離れし脚力で、後ろに跳び下がり、逃れた。

ズザザッ!と地面の砂を擦る音と共に、イグナは地面に片手を付け、士郎を見据えると、ニヤッと笑った。

「やるじゃねえか、士郎!」

「まさか、これが避けられるとは思いませんでした。」

士郎もニヤッと笑いを返した。

「いやいや、見くびってもらっちゃ困るぜシロー君。

 お前も、全然本領発揮して無いくせに、俺から一本取るなんて甘すぎじゃね?」

「そうですね、じゃあ、僕も本気で行きます!」

士郎は叫び、ルシフェル・スキアーを両手で目の前に、掲げた。

武器に刻まれた死のイメージ、戦うことで武器に埋め込まれた微生物達が感じる死の予感を感じ取り士郎は、人間としての集中力の限界へと踏み込んだ。

(空気が、変わった。来るか、シロー。)

対峙するのはわずかな時間のみ、達人と達人がするような真剣勝負での隙のうかがいあいはしない。

そんな物は、隙を例え突かれても対処できる人間には不要だからだ。

隙を見せないのではない、あえて突っ込み隙を見せて、相手の攻撃を誘う、それをまた避けて、攻撃をしかけ、またそれを避け、攻撃をする、結局はそれの繰り返し、集中力が途切れたほうが、負ける。

そういった意味では、士郎は圧倒的に優勢なはずだが。

イグナの人間離れした身体能力が、その差を覆す。

士郎は攻撃を避けても、イグナの速さに次第に押され、攻撃の隙を失っていく、士郎はやがて防戦一方になった。それでも、よく避けているといわざるおえないない、とイグナは思った。

士郎は一般的な人間というにはやや異常だが、それでも人体の改造を受けていないのだから。

イグナは士郎の強さを痛感するたびに思う、こいつは一体何者なんだろう?と。

しかし、イグナはこうも、思う、そんなことは関係ない、俺と本気で渡り合える友達が居る、それだけで良いと。

イグナは同年代の普通の友達、普通の暮らしに憧れていた。

だが、その一方で自分と肩を並べてくれる存在を求めていた節がある。

士郎はいつの間にか、その二つを満たしてくれる存在になっていた。

士郎がこれほどまでの力を持っているといつ気付いたのだろうか?

最初に一緒にトレーニングしたときか?ヨルムンガンドを倒したと聞いたときか?

いや、違う士郎と最初に出合った時から何かを感じていた。

その瞳に宿した何か士郎自身でも気付いていないような得体の知れない力。

イグナは最初にそれを感じた。「なんで、僕にこんなことまでしてくれるんですか?」士郎が言った言葉だ。イグナは思う、(お前の為じゃなく、きっと俺のためだったんだ。自己チューで悪いな、シロー。)あの時はサラが日本好きだからだと答えた。だが、それだけではない。それは士郎も感じて、触れないでおいてくれた部分。イグナはただ、改造兵の中でも突出している自分という存在に比肩する存在として、士郎を最初に本能的に位置づけた。

だから、思う。(まだまだ、そんなものじゃないずだぜ、シロー。)それは孤独ゆえの心理なのかもしれない。孤独ゆえの独りよがりなのかもしれない。それでも、イグナは、士郎という人間が、自分と同じ高みに上ってくるのが楽しくてたまらない。

そして、一瞬、一瞬の内にその瞬間は、神谷士郎が人間としての限界を超え、イグナの立つ高みに、上ってくるその瞬間は訪れた。

イグナが剣の死角に入って攻撃した士郎を、片手で殴り飛ばし、吹っ飛ばした時のこと。

イグナは第一小隊の中でもセイファを除けばトップだった。そのイグナの足元を揺るがすように、それは始まった。地面に叩きつけられ倒れている士郎の体からやや紫がかった黒い閃光がはなたれているのだ。

「ニルヴァーナ?こんなに早く・・・。士郎!」

士郎はゆっくりと立ち上がり、呟いた。

「これが、ニルヴァーナ・・・。」

自分の手を、体を凝視する。力が溢れている、その感覚に浸りながら士郎はゆっくりとイグナを見つめた。

イグナの体も、青い閃光に包まれている。

もう一度、二人は薄く薄く笑った。仮想空間を揺るがすほどの二つの力が激突した。


暗闇の中、士郎ははっと眼を覚ます。

シュミレーションシステムのバイザーを外し、イグナが居る場所を見る。

「シロー、お前・・・すごいな。」

イグナは心底嬉しそうに呟いた。

「でも、完敗でした・・・。」

そう、完敗だった。最後のぶつかり合いで士郎はイグナの力に押し負け、あえなく吹っ飛ばされていた。

そのまま仮想空間で気を失い現実に引き戻されたというわけだ。

仮想空間での怪我は、少しだが現実にもフィードバックするので、士郎は体の節々に痛みを感じて顔をしかめた。

「大丈夫か?」

「はい、これくらいなら・・・。」

士郎を気遣うイグナに、士郎は笑顔で答えた。いつもの痛みよりは強かったが、それでも立てないほどではない。

イグナから差し出された手をとりながら立ち上がった。


「フレイ=ヴァナディースさんの事、聞いてもいいですか?

 今度、僕が相手にしなければならないっていう・・・。」

シュミレーションルームから出る途中、士郎はイグナに尋ねた。

「ああ、副隊長はな、何より正義のために動く人だった・・・。

 sinは人類をおびやかす物、だから、一匹残らず駆逐する、そう、いつも言ってた。

 副隊長はさ、家族が殺されたとか、仲間が殺されたとか、そういう理由で動いてたわけじゃないんだ。

 ただ、単純に正義ってものを信じて行動してたんだ。

 それが、何でテロリストなんかに・・・。」

最後の言葉は士郎に、というより、ただ、口から出てしまったような声だった。

「とにかく、例のテロリストを抹殺する任務の途中に、向こうに寝返ったらしいんだ。

 もしかしたら、何か弱みを握られてるのかもしれない・・・。

 なあ、シロー、もしもそういうことだったとしたら、副隊長をなんとか説得して欲しい。

 連れ戻して欲しいんだ、あの人を。」

それは、士郎に対する信頼、だが、その信頼は時に人を縛る鎖になりかねないことを、イグナは知っている。その上で、頼んだ。だからこそ、「すまない。」と呟いた。

「分かりました。出来るだけのことはやります。三日後の任務で・・・。」

「本当にすまない。シロー。」

いつの間にか外はすっかり暗くなっていた、二人はそこで別れ、それぞれの思いを胸に帰路に着いた。


三日後の朝、その日はすぐにやってきた。

士郎は、軍用ヘリの前で、セイファと共に見送られていた。

全員が神妙な顔をしている、まるで人が変わったように。


―そのまま、ヘリは出発した。

僕は、第一小隊のメンバーの一人一人の真剣な表情を見たら、フレイっていう人がどれほどみんなにとって大きい存在なのか少しだけ分かった。

思えば、僕はフレイっていう人の空席に転がり込んだということになるのかもしれない・・・。

だから、テイルズさんはあんなに僕が第一小隊に入るのを拒絶したし、他のメンバーも少しはそういう事を思っていたかもしれない。

だからこそ、僕は思った。フレイ=ヴァナディースを意地でも連れ戻さなければと。

目的地は日本、僕は思いがけない形で故郷に帰ることになる。


 反エリア派組織、ラグナロクはエリアを支援している国家の主要都市を次々に狙い、エリアを支える基盤を揺るがせようとする武力介入もじさない過激派だ。

日本もエリアに多額の援助をしており、今回、標的となってしまったのだった。

「直接倒せないから、周りから潰す・・・。

 そのせいで被害が出るのも辞さない、しかも、世界の終わりを受け入れて一緒に死にましょう、なんて、本当にサイテーな奴ら!士郎、構わないから全員やっつけちゃって!)

ユリアはそう言っていた。士郎もその通りだと思う。

ヘリの中で、士郎はユリアの言葉を思い出した。

そして、フッと笑う。戦闘の前にこんな余裕があるのはセイファという心強い味方がいるからだ。

直接実力は見たことは無いが。相当な腕なのは見ているだけで分かる。

「故郷の景色はどうだ?」

「ええ、懐かしいです。といっても、僕が住んでいたところとは違うところですけど、それでも懐かしいです。」

セイファが尋ねるのに、士郎は感慨深げに答えた。

そうか、とセイファは笑いながら呟いたが、その胸中は穏やかではない。

今から、目の前の少年は、死への道を踏み出すことになる、それもセイファ自身の手でだ。

セイファは必死に自分を抑えながら、任務をまっとうするために、無表情になる。

そして、呟いた。

「しっかり見ておくといい、故郷をこうして見れるのは最後かもしれないからな・・・。」

セイファは沈んだ声で、しかし、心はもっと沈んで。少年に語りかけた。

少年は無垢な瞳で、セイファを信じきって、返事をする。

それは、これから殺されることを知らない、子犬のようで、セイファの心は更に痛んだ。

それでも、セイファという人間の芯は揺るがない、如月という名の友との約束を守るため、その計画を成功させるため、セイファは良心の呵責を押さえつけた。

ヘリはヘリポートに着陸し、二人は降りた。

ここは東京、日本の中心地だ・・・。

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