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イグナの回想

士郎の第一小隊入隊の報は、小隊のメンバー全員に届けられた。

あるものは喜び、あるものは複雑な心境で、あるものは無関心に、それを受け入れる。

イグナはその中では、喜びを露にしたほうだった。

携帯端末の画面には、神谷士郎が入隊を受諾した。早速明日から君達と任務を共に行うことになる。というような内容の文章が表示されていた。

今、彼は暗い部屋で、一日の疲れを取ろうとベッドに入ろうとしていたところだった。

この部屋はちゃんとした一戸建ての一室であり、イグナとサラは二人でこの家に住んでいる。

家賃の心配や生活費の心配をしたことはない。

それだけの給料が、エリアという場所から支給されている。

イグナは携帯端末をパチンと閉じると、呟いた。

「そうか、士郎が入隊か。」

その言葉には、結構に深い感慨が込められていた。

イグナと士郎は偶然に知り合った。それから二人は何度もシュミレーションルームでお互いを磨きあった。

一ヶ月ほどの付き合いしかないのに、もう何年も付き合っている友達のようにイグナは士郎のことを考えている。

いや、弟のようにすら感じていた。

第一小隊のメンバー一人一人は和を重んじるタイプではない。

サクヤやビクターは割りと気さくな面があるが、それでも、あくまで同僚といった感じの付き合いしかしていない。

軍事関係の仕事に就き、身体能力を高められた、おおよそ一般人とはいえない彼でも、まだ十八歳の青年なのだ。それゆえに、普通の、同年代の友達が欲しいと思うし、その友達と遊びたいとも思う。

士郎は同年代とは言えないが、普通に接してくれる友達だ。少なくともイグナはそう思っている。

彼もサラも、改造兵となってから、周りとは違う存在になったことを認識している。

普通の人間からすれば、近寄り難い存在だということも。

彼がsinを倒し、その周囲にその名を知らしめれば知らしめるほど、それはますます強まっていく。

だが、士郎は言ってくれた、「僕は君の事を怖がったりはしないよ。」と、これはイグナに向けられた言葉ではなかったが、イグナはその言葉に、強い衝撃を受けたのだった。

小さい頃に両親をsinの襲撃によって失い、それから人の道を外れる事を願って、人体改造という鬼の道に踏み込んだイグナとサラが諦め続けていた言葉だった。

士郎という人間は、自分を怖がるような眼でも異物を扱うような眼でも見なかった。

ただ、一人の人間、イグナとして扱ってくれたのだ。

別にこれが初めてと言うわけではない、前にもイグナを、自分を一人の人間として見てくれたごく普通の人間はもう1人居た。

イグナはその人物の顔を思い浮かべた。

今、どこで何をやっているのだろうか?イグナはそこまで考えかけた思考を振り払った。

いや、もう忘れよう、彼女の事は・・・。

彼女との約束を守れなかった自分にはそんな心配をする権利は無い。

イグナはベッドに寝転がり、それでも思い出そうとする自分の思考を振り払うことが出来ず、仕方が無いので、思考に逆らわず、回想することにした。

時は、一年前にさかのぼる。


一年前のこと、イグナは街を歩いていた。

今日は非番の日で、イグナは適当に暇を潰そうとプラプラと行く当てもなく歩き回っていた。

いろいろな店がこの街にはあって、トレーノング施設でよく見かける顔も道行く人々の中にはあった。

だが、別に声をかけるでもなく、挨拶をするでもない、そこまで踏み込むような関係ではない。

彼らは皆一様に当時のイグナにとってはどうでもいい存在だった。

当時のイグナはサラ以外の人間を避けていた。

皆、自分が改造兵であることを知ると、潮が引くように、見事に離れていってしまう。

だから、彼は人間がきらいだったし、積極的に関わりたいと思わなかった。

人間不信といったら手っ取り早い。

彼女に出会う前の彼はそんな状態だった。

その彼をほんの少しだけ変えた出来事は、あるささいな事故がきっかけ。

工事中の鉄筋コンクリート、沢山の建材が組み立てられ、建物の骨組みを作っていく。

無骨な鉄筋がワイヤーに吊るされ、危なっかしく空中を移動していた。

工事の騒音のせいで、誰もがそこに近寄らなかったが、その女性だけは違った。

工事中の建物のそばを、騒音を、建材を気にせず歩いていたのだ。

その女性は思いっきり目立っていた。そういう行動を取るのもそうだが。

茶髪にウェーブの掛かった髪を頭の後ろで結び、紺色のリボンが胸元に付いた、青いドレスを着ていた。おっとりとした表情、おっとりとした動作、その全てを加味すると、彼女は恐らく育ちのいい令嬢か何かだろうと推測するのが妥当だった。そんな容姿の女性が歩いているのだから自然と視線を集める。

いわゆる温室育ちのお嬢様だ。そんなお嬢様の頭の上、そこでは、なんの確率が働いたのか。

はたまた神様の悪ふざけか、それとも悪魔の仕業なのか、鉄筋を吊るしているワイヤーが切れ掛かっていた。切れ目は更に深くなり、遂にそれが切れて、鉄筋を生活を営むための資源から、人間を簡単に叩き潰す凶器へと変化させる。

その凶器は歩く女性の頭上から襲い掛かるが、女性はそれに気付かない。

ただ、同じスピードでゆったりと歩いている。

女性に注目していた人々は、女性に一直線におちてくる鉄骨を見て、ある者は眼をつぶり、ある者は叫び声を上げ、ある者は口を開けてただ傍観する。女性も遂にそれに気付き、その場にうずくまった。

だが、その全てが無意味だった。女性を助ける為に駆け出した者は一人も居なかった。

彼を除いてだ。その男、イグナは工事現場のワイヤーが切れたことをいち早く察すると、すでに駆け出していた。

衝突までの時間は数秒とない、だが、イグナの足は常人には絶望的といえるまでの距離を一瞬で詰める。

本来なら、頭上から重力加速度の力を受けて、時速数百キロに及ぶスピードで地面へと落下する鉄の塊は、女性の体を無慈悲に粉々に比喩ではなく粉々にするはずだった。

だが、彼という常軌を逸した人間が居たことで、その運命は簡単に逆転する。

鉄筋が衝突しメッキイイイイ!!という音がする。

女性は覚悟を決めていた、イグナも覚悟を決めていた。

一方は死ぬ覚悟を、もう一方は骨折の覚悟を。

だが、運良くそのどちらも起きなかった。

イグナは両腕を広げて鉄骨を受け止め、落下の衝撃をすべてその身に受けることとなった。

意識が朦朧とする、鉄筋はイグナの体とぶつかってくの字にひしゃげていた。

「おい、大丈夫か?あんた。」

意識をなんとか保ちながら、イグナは鉄骨を背中に背負ったまま腰を抜かしている女性の身を気遣った。

本来ならばイグナが気遣われるべきところなのだが、彼にそんな常識は通用しない。

あっさりと、悠然と、鉄骨を傍に落としながらたずねる。

鉄骨が傍に落ちて、ドスン!という鈍い音がする。

「あらあら大変、血が出てます。」

本来ならそんな言葉が出てくる場面でも無い、しかし、この女性にも常識は通用しないのだ。

事実イグナの頭からは一筋の赤い液体が垂れていた。女性はハンカチを持っていたバッグから取り出し、血に濡れたイグナの顔を拭う。

「大丈夫だ、これぐらいならすぐにふさがる。」

「あらあら、丈夫なんですね~。」

周りでこれを見ていた集団は思った。(いやいや、丈夫ってレベルじゃねえだろ!)

確かにその通りだし、そう思うのは当然だ。そして、多くの人間は気付いた。

この街の人間には周知の事実、エリアの保有する軍隊には身体を何らかの方法で強化した人間が居ることを、そして、彼がまさにその一員だと言うことを。

それを悟った瞬間、その辺りの空気が一変した。

異質なものを見る眼、恐れと興味が入り混じった眼、とにかくイグナを見る眼が、珍しい動物でも見るような、そんな雰囲気をかもし出している。

誰かが呟く、

「おい、確かあれ虎獅子イグナだぜ、この前sinがアラビアを襲ったときに百数十の敵を一人で皆殺しにしたって言う・・・。」

ひそひそと陰口を叩くように、ざわざわと喧騒を増幅させるように。

英雄のような扱いではない、ただ、恐れと、異質なものを見る眼。

人間の歴史は自分と違うものを排斥して排除して成り立っている。

改造兵だって、迫害されることは無いものの差別の対象になる。

まだ、これはマシなほうだな、とイグナは思う。

これくらいの経験は、慣れがくるほど、飽きが来るほどに、何度もあったことだ。

石を妹に投げられたこともあった。制服を隠されていたことも、化け物呼ばわりされたことも。

学校にかよっていたころは、そういうことが多々あった。

イグナはそれ以上そこにいるのがいたたまれなくなっていた。

奇異な視線が、イグナだけでなく、女性にも降り注いでいる。

自分のためにこの女性がそんな目で見られるのは避けたかった。

「もう大丈夫だ、じゃあ・・・。」

それだけ言い残すと、イグナはそそくさとその場を去ろうとした。

「待って。」

その背中に声が掛かる、もちろんその女性の声だ。

「これ、持っていってください。」

渡されるハンカチ、イグナはしばし、それを凝視し、頷くと。

「どうも。」

そういい残し、こんどこそ去った。

もう会うことは無いだろうと、イグナはそう思いながら、ゆっくりと歩く。

後ろからつきささるあらゆる種類の視線を感じて。

しかし、イグナとこの女性の再会は、思わぬところで実現する。

本人達が全く予期せぬ事態が原因で。

さっきの道とは違う、さっきの道は人だけが通れる大通りで、さまざまな人が闊歩していた。

今、イグナが歩いている道には、信号があり、車両の通れる場所が確保されている。

そんな道で、その女性はまたも危機に見回れていた。

大型二輪が前の車を追い抜かしながら、猛スピードでジグザグに車の間と間を縫って走っていた。

あぶねーな、なんて思いつつ、大型二輪の行方を眼で追っていたイグナは目撃した。

渋滞している交差点、大量の車がクラクションを鳴らしている。

沢山の建てものが左右にぎっしりと敷きつめられたその大通りは突き当りからくる車を隠してしまう。

その大型二輪と、死角からやってきた大型トラックが丁度鉢合わせし、それを避けようとする大型二輪が、丁度信号を渡ろうとしていた女性にぶつかりそうになるのは何の因果か。

しかも、その女性、さっき大通りで命を助けた女性である。

イグナの足は猛スピードで動き出す、車の上を跳び越し、女性と大型二輪の間に割ってはいる。

そして、女性を突き飛ばし、覚悟を決めてドンッ!

大型二輪の運転手が声にならない声を上げる。

しかし、それは別に人にぶつかりそうになったからではなく、自分の体が宙を舞っていたからだ。

すこしだけのけぞったイグナは宙を舞う運転手を追いかける、ズザアアア!とスライディングし運転手を受け止める。

見事な手際だった。一人の怪我人も出さずに事態を収拾する。(運転手が泡を吹いて失神していたが。)

その場が静まり返る、全員が運転することを忘れ、信号も眼に入らないほどに、イグナの行動は常軌を逸していた。

警察に事情聴取されるのが嫌だったイグナは運転手を置いてその場を退散した。


そそくさと交差点を後にしたイグナは、ある洋装店の前で立ち止まっていた。

ガラス張りのショーケースに飾られた、子供サイズのドレスを凝視していた。

別に彼がそういう趣味をもっているとか、あぶない人だとかそういう訳ではない。

そういえばそろそろサラの誕生日だっけ、なんて考えながら、ポケットに手を突っ込み、ついでに何か買ってしまえ、なんて思ったイグナの眼に、その可愛らしいドレスが飛び込んできた。

ピンク色の生地にフリフリのレース、リボンのついたブローチさっきの女性の格好を彷彿とさせるようなデザインだ。これまで誕生日プレゼントは、日本のよく分からない品物を取り扱ってきたが、たまにはこういうのも良いだろうと、イグナは店の中に入っていった。

子供用の服が、しかもあんな高級そうな服が置いてある店は珍しい。

店主がそういう趣味なのかもしれないな、とイグナはお墨付きのシスコンである自分を棚に上げて心の中でそっとほくそえんだ。

店内には裕福そうな親子連れが多く、品揃えも見た感じでは中々良さそうだった。

イグナは、ツカツカと店の奥のカウンターへ歩いていった。

当惑した顔の店員がそれでも笑顔を取り繕いながら、マニュアルどおりの接客をしてきた。

「なにかお探しでしょうか?」

「あの、店の前に飾ってあるやつなんですけど、サイズっていくつですか?」

「ああ、はい、あれはMサイズになりますね」

ピッタリだ・・・。サイズがピッタリだ。買うしかない・・・。イグナは心の中で呟いた。

「実はあれ買いたいんですけど、大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫ですよ。」

店員は愛想良く答えた。

「それじゃあ、カードで・・・、ありゃ?」

財布を取り出し、開いたイグナが素っ頓狂な声を上げる。

「どうかいたしましたか?」

店員が財布を覗き込むように見つめると、金色のカードが粉々に砕かれている。

「ああ、さっきバイクにぶつかった時だ!」

そう、さっき女性を庇ったときにその衝撃で砕かれていたのだ。

しかし、女性店員にはなんのことかわからない、確か大型二輪に跳ねられたとかいっていたような気がするが、きっと聞き間違いだろうと、無理やり思うことにした。

「すいません、ちょっと銀行に行ってきますんでそれまでとっといて貰えると助かります。」

「かしこまりました。では、おまちしております。」

店員が笑顔でイグナを送り出した。

店をあとにするイグナ、さっきまで接客していた店員に他の店員が駆け寄り、ヒソヒソと話していた。

「ねえ、さっきの人いけてなかった?」

「うん、うん、すごいイケメン、でもちょっと怖そうだったから最初ドキッとしちゃった。」

「軍の人だよね?きっと。次来たら名前とか聞いちゃう?」

「仕事にそういうの持ちこんじゃだめよ。」

女性店員は同僚を諭す。そんな中、入り口に新たな客が入り、無駄話をしていた二人は慌てて「いらっしゃいませー。」

と、マニュアルどおりのあいさつをした。


イグナは、急いで銀行に向かっていた。

今自分がどの程度の金額を銀行に預けているのかも分からないイグナ、実際の所は当面は遊んで暮らせるだけの金額が引き出し可能だ。

イグナもサラも金銭感覚には疎い、それでもやり繰りできるだけの給料が彼らにはある。

改造兵の若者のなかでは、これは別に珍しくも無いことなのだが。

一時期、そんな現状を憂いて、ニュースに報道されたこともあったが当人達にすれば余計なお世話だ。

キャッシュカードがあれば、欲しいものが手に入る、そんなメチャクチャな金銭感覚を持つイグナが、銀行に踏み込むのは滅多にない機会だった。

イグナは少し走り気味に銀行へと走っていく、そして、銀行が見えた。

だが、様子がおかしい、代表的な某金融業の支店、その前に、大きな人だかりが出来ていた。

「なんだ、なんだ?」

イグナも野次馬根性を働かせて、人ごみを掻き分け、覗いてみる。

すると、銃を持った男達が銀行の中を占拠しているらしく、怒鳴り声が聞こえる。

その内容は詳しく聞き取れなかったが、おそらく金を要求しているのだろう・・・。

まだ、警察は到着していないらしい。

「一体、何年前の手口だ。すぐに、つかまるに決まってんだろ。」

イグナはあとは警察に任せて別の銀行を探そうと、きびすを返そうとしたが、眼に飛び込んできた光景に、口をあんぐり開けた。ウェーブの掛かった茶髪を頭の後ろで結び、青いドレスを着た女性が銃を突きつけられている。間違いようが無い、さっきとさっき助けた女性だ。

「どんだけトラブル体質なんだよ・・・。」

イグナは呆れたように呟いた。

「しゃあない、助けるか・・・。」

乗りかかった船だし、と心の中でつけたし、イグナはその場で屈伸をし、息を整える。

そして、駆け出した。(これでまたどっかで事故にあったらホント怒るからな!)

これが最後になる事を祈りつつ、イグナは人間を相手にする戦場へ乗り込んだ。

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