ルシフェル・スキアー
明朝、士郎は軍のトレーニング施設を見上げていた。
地上十二階の建築物、その規模は、下から見上げれば大したことが無いように思えるが、横をの幅を見ると、感想は違ってくる。
大学のキャンパスが三つは入りそうな敷地面積、大規模な軍事演習や、トレーニングをこの場で行うために、かなりの規模で建築が行われた。
このエリアで、この建築物に匹敵する規模のものは他に、対sin専用軍事研究室を設置したエリアの統括理事会本部ぐらいだ。
そこでは、エリアのトップ達が世界各地から寄せられた事件情報を、sinによるものか判断し、各小隊に割り当てると言う作業を行っている。他にも、千種にも及ぶ部門が設立されており、それは例えば、新たな兵器の開発や軍事施設の増築などの資金提供だったり、外交だったり。
事実上、そこは国会であり、軍の総元締めであり、軍のパトロンであり、ブレーンだ。
なにより、世界をsinの恐怖から救うために設立された、軍事国家エリアの心臓部分なのだ。
「まあ、綺麗ごとばかりでもないみたいだけど・・・。」
権力に溺れた人間はろくな事をしでかさない、汚職事件が絶えないのは日本でなくても同じらしかった。それが、たとえ世界を救うと言う明確な目標を持った人間でも、一度権力の甘い蜜をすすってしまうと、そこから抜け出すのは中々に難しいのかもしれない。
崇高な理念を掲げているだけに、悪事が露見したときのバッシングもそれは手厳しいものになるのも簡単に予見出来ようものなのにだ。
そんな色々な問題を抱えたこの街の心臓部はここから数キロ離れた場所にある。
だが、今の士郎にはそんな事は関係ない、sinと言う脅威と戦っているのは、椅子の上でふんぞり返っている重役ではない、士郎たち現場の人間なのだから。
「さて、入るか。」
士郎はIDカードをトレーニング施設の入り口のスキャナに読み込ませると中に入っていった。
そして、シュミレーションルームへと向かう。
まずは何人かの屈強そうな男達が汗臭いトレーニングを続けているジムの前を通り、明朝なので誰もいない食堂を突っ切り、通路を進む、見えてきた。シュミレーションルームだ。
ガラスの自動ドアの前にまで来ると、士郎は少し緊張しながら一歩を踏み出した。
思えば全ての始まりはこの場所からだった気がする。
イグナと出会わなければ、恐らく士郎はヨルムンガンドに殺されていた。
あの訓練が無ければ、士郎は自分の力を開花させることも無く今頃、グレイブヤードで眠っていたことだろう。
今回も、ここから始まるきがする。
士郎ははそんな希望を抱いて、一歩を踏み出した。
自動ドアが開き、中に入る。
いつもと変らないカプセル状の機械、しかし、その前には、眼鏡を掛け、白衣を着た、研究員と思しき女性が立っていた。
「神谷・・・士郎クン、ですか?」
初対面の女性にいきなりクン付けで呼ばれて、士郎は少しむっとしたが、悪意が在るわけでも無さそうだし、何より、ここでせっかく武器のチューニングを担当を買って出てくれた研究員と事を構えるのは得策ではないと思い、特に反論もせずに士郎は答えた。
「はい、神谷士郎です。よろしくお願いします。」
取り繕った笑顔で手を差し出す士郎、女性はその手をとりながら自己紹介をする。
「よろしくお願いしますね、私はミーナ、ミーナ=パルスノルドです。
今回、士郎クンの武器のチューニングを担当することになりました。
今後ともよろしくお願いします。」
「今後ともって、チューニングは今回だけじゃないんですか?」
士郎はミーナの言葉に疑問を抱き、質問した。その言葉に少し、ミーナに対する反感がにじみ出ているのに士郎自身が気付いて、たじろいでしまった、(気付かれたかな?)士郎は自分よりも少し背の高いミーナを上目遣いで見上げた。
「ああ、何回もチューニングをするって訳じゃないんですよ!
個人用に、武器のプログラミングをするのは一回だけです。
ただ、一度戦闘に出るたびに、メンテナンスとかが必要になるので、その度に私のところに武器をもってきていただくことになるんです。」
ミーナは士郎の言葉からにじみ出た嫌そうなオーラを違うふうにとってくれたようだった。
慌てて、両腕をばたばた振りながら説明を付け足した。これは士郎としては好都合だった。
「その度に貴方の詳細なデータが必要になるわけじゃないんですよ!
だから、安心してください!」
「ええ、大丈夫です、わかりました。」
士郎が必死に説明するミーナにおされ気味に返事をすると、ミーナはホッとしたように胸をなでおろした。
「あ、でも、今回は身体計測とかしなきゃいけないんですか?細胞を取ったりとか?」
「いえ、シュミレーションシステムに入ってくれるだけで、その人の脳波の状態や、コンディション、体重や身長とかが分かる仕組みになっているのでそういった事は必要ないです。」
「なるほど、だから僕はここに呼ばれたんですね?」
「はい、そうです、元々はシュミレーションシステムのこの機能は、シュミレーション中に意識を失ったりしたときにすぐに助け出せるように付けられた機能だったんですけど、今回はちょっとズルしちゃいます。」
秘密ですよ?と、唇に人差し指を当てながらウインク付きでミーナは囁き、微笑んだ。
士郎はこの仕草にちょっとドキッとした。
士郎はミーナを改めてまじまじと見た。
あらゆる主義や好みがあるこの国では、誰もが認める、という表現は少しタブーだが。
少なくとも士郎の眼からみればミーナは可愛らしかった。(美人と言うには御幣がある。)
そばかすの多い肌だが、それが童顔な顔によく似合い、赤いフレームの眼鏡がそれをさらに引きてる、それに、なによりはにかんだ表情が魅力的だった。
体の方も、成熟しており、ユリアとは違う魅力を持っている。
「どうかしましたか?」
チョコンと、首をかしげながら士郎の顔を覗き込むミーナ・・・破壊力抜群だった。
「い、いえ・・・別に・・・。」
顔を背けながら士郎はしどろもどろに答える。
「あ、もしかして?」
口を押さえてこちらを見るミーナ、(今度こそ気付かれたか?)士郎はジーッとこちらを見るミーナの視線を感じながら。
「武器の姿が見えないから不安になってるんですね?」
「え?はい、まあ・・・。」
またも見当違いな方向に話を進めるミーナ、だがやはりこれも士郎としてはありがたかった。
「ちょっと待っててください!すぐに持ってきますから!」
ミーナはタタタと走って、シュミレーションシステムの影から、なにやらスーツケースを取り出した。
銀色の表面を光に反射させながら、ミーナは駆け戻ってきた。
「さあ、ご覧下さい!これが士郎クンの特注武器、ルシフェル・スキアーです。」
手品師のきめ台詞のような、ネット通販の常套句のような、前置きと共に、スーツケースが開かれた。
銀色の箱に収まっているのは、黒塗りの銃剣、刃の部分が金色で所々に金色の装飾がある以外は全て黒で、形状は士郎がもっていた一般兵用の銃剣と変らない。
この派手な外見は、予想していた通りだ。
第一小隊のメンバーの持っていた武器はことごとく絢爛豪華な装飾が施されていた。
「武器の情報はあらかじめ、システムの中に入力していたので、実物を見せる必要はないと思ってたんですけど、やっぱり実物が見たくなるのは当然ですよね?
私の見立て違いでした。」
ミーナは嬉々としてそう語った。
「じゃ、早速、シュミレーションしましょう!ね、ね、ね?
私も早くこの武器の真価を見たくてウズウズしてるんです!」
興奮するミーナに追い立てられ気味に、士郎はシュミレーションシステムのパネルに向かった。
ボタンを操作し、演習メニューを開く。
「敵はヨルムンガンドを指定してくださいね?一度戦ったことのある相手の方が違いが分かると思いま す。」
「はい。」
士郎は言われたとおりにヨルムンガンドを指定し、装備の欄で新しく足されたルシフェル・スキアーを選択した。
認証の文字が浮かび上がり、士郎はバイザーをつける、意識が電子情報の渦へと融けていった。
焼け付くような日差しを感じ、眼を開けるとそこは辺り一帯砂漠だった。
『うへぇ、なんでこんな場所をえらんだんですか?見てるだけで熱くなります・・・。』
士郎の頭に直接響くように、ミーナの声が聞こえてきた。
「ヨルムンガンドは、爬虫類です、温度が高いほうがより活発に動くはず。
今回はせっかく武器の特注をしてもらったんだから、より強い相手と戦ってみようと思ったんです。」
『なるほど、まあ、とにかく、武器の説明は戦いながらします。
あと十秒で演習が開始されますから。』
「はい、よろしくお願いします。」
十秒後、何もない場所に、突然大蛇が姿を現した。
忘れもしないその姿、士郎は奮い立った。
白い鱗、岩をも切断する牙、ギョロリと見開かれた眼、あの時以上にその姿に獰猛性を感じる。
だが、と士郎は思う、それはこちらも同じだと。
突如、ヨルムンガンドの口が開かれ、士郎を襲う。
士郎は横に前転をすることでそれを回避した。
『本当に、改造兵じゃないんですね、ビックリです。』
頭の中に響いてくる声はさして驚いたような声でもない、むしろ現実を再認識したようなたぐいのものだった。
「いいから、操作の説明をしてください!」
士郎はやや苛立ち気味に、呟いた。
その間もヨルムンガンドの牙は士郎を粉々にしようと振り下ろされる刃のごとく襲い掛かる。
士郎は砂まみれになりながら攻撃を避け、指示を仰ぐ。
『まずは、その武器の切れ味と銃弾の威力を確認してみてください、今までのそれとは全く異なっているはずです。』
「了解!」
士郎は動き続けるヨルムンガンドに照準をあわせ、銃の引き金を引いた。
放たれた弾丸は、ヨルムンガンドの鱗を確かに貫通し、ダメージを与えた。
ヨルムンガンド苦痛に呻いた。シューシューと言う舌の音が、気味悪く響く。
だが、ここで怒りの形相を見せたヨルムンガンドはキッと士郎を睨むと、これまでにないスピードで襲い掛かる。
(速い!でも・・・。)士郎はそれでも慌てなかった。(今のこの武器なら!)士郎は横薙ぎルシフェル・スキアーを振るった。金色の刃が白い鱗を突き破り、ヨルムンガンドの鼻の上辺りをえぐった。
「キシャアアアアアア!!」
大蛇が身をよじり、血液をそこら中に撒き散らした。
『それでは、最後に、その武器の特殊機能を説明します。』
大蛇が苦痛に呻いている間に、ミーナの声が頭に響く。
『貴方の能力を引き出すために、その武器には死の感覚を思い出させる機能がついています、
つまり、どういうことかと言いますと、死を象徴するイメージがその武器の中にはあります、心理学的な 見地からその武器のデザインが決定されました、その武器を見つめて、自分が直面した死の危機を思 い出してください。』
「そんな、自己暗示みたいな方法で大丈夫なんですか?」
『もちろん、それだけじゃありあません、その武器は生態兵器です。
と、言うより特注の武器の殆どは生態兵器です。
この武器はあなたと五感をリンクしています。感じていますか?
武器がさっきから小刻みに震えているのを・・・。』
士郎はそう言われて初めてそのことに気付いた。武器が震えているのだ。
『その武器もまた、貴方に死の予感を伝え、体全体の細胞を活性化させようと、電子情報として、脳にそれを伝えるわけです。
あまたの常軌を逸した力は、死の恐怖から逃れようとするもの・・・。
死に抗う力です、それならば、逆に、死の恐怖を疑似体験すればいい。
さあ、武器を見て、死の恐怖を思い出してください。』
士郎は、武器を見つめた。
黒いその武器は、死神を連想させると言う人が居るかもしれないし、死そのものを連想する人が居るかもしれない、しかし、それはやはり何となく気味が悪いものであるのは確かだった。
そして、死の恐怖を士郎は思い出した。
これまでに何度と無く経験してきた記憶が、頭の中で渦を巻く。
その瞬間、士郎はまたあの感覚に浸っていた。
意識がクリアになり、時間が遅く感じる、ヨルムンガンドが呻く声が鮮明に聞こえるが、不思議と気にならない、ミーナの声もはっきりと聞こえるが、その内容を理解しようとする気が、今の士郎には起きなかった。
それよりも、今目の前に居る敵で、今の自分を試してみたかった。
士郎は足下の砂を蹴った。体が砲弾のようなスピードで跳躍し、一瞬の間に、大蛇の体をズタズタに切り裂いた。
息を呑むような声が聞こえる、しかし、今の士郎にはただの雑音でしかない。
「駄目だな・・・。」
士郎は消えていく大蛇の死体を見下ろしながら呟いた。
しかし、それは大蛇に対して言ったのではない。
この程度の敵から、仲間を守れなかった自分に対して吐き捨てたのだ。
「本当に駄目だったよ、僕は・・・。」
もう一度、照りつける太陽を睨みつけながら、士郎は懺悔するように呟いた。
『お疲れ様、士郎クン。』
今度は、その声の意味を理解しながら、士郎の意識は暗闇に落ちていった。




