決意と夢と・・・
ミーミルチェストから帰って、アパートに着いた士郎はクタクタだった。
帰り道に沢山の荷物を持たされる羽目になったからだ。
例えば、服とか、お菓子屋さんのケーキとか食材とか。
まあ、こうなることはある程度予想はしていたので、大して不満も無い。
士郎はリビングにあるソファーの上に横になって休息をとっていた。
「じゃあ、夕飯作るから、ちょっと待ってて。」
「ああ、僕も手伝うよ。」
「いいの、士郎は休んでて、今日も買い物に付き合ってくれたし。」
ユリアはご機嫌な様子で士郎の提案を断った。
そして、台所に向かうと鼻歌交じりに、先ほど冷蔵庫に入れたばかりの食材を出して、エプロンを付け、料理を始めた。
このキッチンにはマニュアル機能がついており、何万通りもの料理のレシピを表示でき、音声と映像で、料理の仕方を細かく教えてくれる、この指示に従って料理をすれば、たとえ初めて作るものでも、まず間違いなく失敗することは無い。
しかし、正確すぎるそのマニュアルでは、個人の料理の特性、個性が出ない。
つまり、確かに美味しいが、面白みが無いものになってしまう。
よって、ユリアはこの機能を使うことがあまり無かった。
が、今日はなにやらモニターのタッチパネルを何度か操作し、レシピを探している。
と、いうことは、何か新しい料理をするに違いない。
士郎には、ユリアのタッチパネルを操作する指が踊っているように見えてならなかった。
どうも今日のユリアは舞い上がっている、士郎はその原因を探してみたが、心当たりが多すぎて逆に見当がつかない。
オッサンの件か、風兄弟のことか、アクセサリーを渡したことか、それともその全てか。
(きっと、全部か・・・。)
そう考えをまとめると、士郎は急に眠くなってきた。
そして、いつの間にか、士郎の意識は深い暗闇の中へと落ちていった・・・。
「お・・ちゃ・・・。」
暗闇に落ちた意識の底で、ぼんやりと声が聞こえる。
「おに・・・ちゃ・・・。」
それは次第にはっきりとした声に変っていく。
「お兄ちゃん!」
そして、それは完璧な言葉となって、士郎の意識に浮かび上がる。
「誰?」
士郎はたずねた。
視覚を刺激する情報はなく、全てが真っ暗闇の中で、その声だけが聞こえる。
聞いたことの無い少女の声、それでいてどこか懐かしい声だった。
「そう、覚えてないんだ・・・。
せっかく、こうしてお兄ちゃんを見つけることが出来たのに・・・。」
少女の声は悲しそうで、切ないものだった。
「姿を見せて・・・。」
「ごめんなさい、それは無理。」
まだね、と少女は付け加えた。
「またね、すぐにまた会えるよ、私には分かるの、そんな気がするの。」
少女が遠ざかっていく、視覚ではなく、もっと別の感覚で、士郎はそれを感じた。
「待って!」
士郎はソファから起き上がり、必死で叫んだ。
「え、何が?」
起きてみれば、ユリアが調理を終え、テーブルに料理を並べているところだった。
士郎が叫んだのにビックリして、慌てて料理の乗った皿を落としそうになっている。
「夢、か・・・。」
慌てて取り繕う士郎。
「なんだ、寝ぼけちゃったの?」
「う、うん、いやー、sinと戦ってる夢を見ちゃってさ・・・。」
嘘だ。
「職業病ね、士郎、夢の中でまで敵と戦ってたら疲れ果てちゃうじゃない。」
ユリアの言葉にあいまいに笑いながら、士郎は今見た夢のことをそっと心の奥にしまった。
それは、ただの夢で、現実とは何の関係も無いんだと自分に言い聞かせながら。
「少し、出かけてくるよ。」
ユリアが作った料理(中華料理だった。)を食べ終わった後、後片付けをするユリアを手伝っていた士郎は、しばらくして片づけが終わるとユリアにそう告げて、アパートを出て、ある場所に向かった。
今まで、中々気持ちの整理がつかなかったり、色々なことがあって忘れていた、と言うよりは無意識に避けていた事。
戦友たちの墓参りだ。
第十番小隊の仲間、アラスカで命を落とした仲間達はあの場所で眠り続けている。
そこは海沿いの海岸、潮風が吹きぬけ、心地よい波音のする、静寂の世界・・・。
士郎のアパートからはやや遠い。
電車を使って、十五分。
ちなみにこのエリアが導入している電車のシステムは日本と代わらない。
改札や切符を買うのも一緒、もちろん日本で言うパスモやスイカのようなものもある。
違うのは車両の形状にやや差異があることぐらいだ。
デザインや、色合いも、日本のそれとはこどことなく異なっている。
しかし、中のほうは、ほぼ同じなので入ってしまえば関係ない。
士郎はほぼ誰も居ない電車の中に一人で入っていき、適当な席に座った。
窓の外の景色は暗く、なんだか淋しい。
街の家々が視界を右から左へとゆっくりと流れて行き、海へ近づいていく。
そして、きっかり十五分、電車は目的地へ着いた。
電車のアナウンスが鳴る、『グレイブヤードです、お忘れ物のないようにお降りください。』
「グレイブヤード」、兵士達の魂が眠る場所という意味だ。
海沿いに作られた巨大な墓地は、あらゆる宗教に対応して、色々な埋葬の仕方をしている。
たとえば、日本の代表的な墓の群、西洋の十字架の建てられた墓の群などだ。
士郎は波音を聞きながら、西洋の十字架の建てられた墓の群に向かった。
祖国に遺体を帰して埋葬されたメンバーも何人か居るが、ほとんどはここに埋葬されている。
身寄りの無い人間が多かったからだ・・・。マックスもその一人。
多くの墓が立ち並んでいるが、それはすぐに見つかった。
マックス・ウェイバー、その名が刻まれている石が・・・。
他にも第十番小隊の面々は同じ場所に葬られている。
海に最も近い、海岸沿いの絶壁、一番波音が聞こえる場所で・・・。
「偉大なる戦士、マックス・ウェイバーはここに眠る・・・。」
墓に刻まれた文字をゆっくりと読み上げる。
その瞬間、士郎は胸に何か熱い思いがこみ上げてくるのが分かった。
「ごめん、花も何も持ってきてないんだ・・・。
君は、そういう辛気臭いの嫌いだったろ?」
士郎は独り言のように語り掛ける。
風がそれに応えるように士郎に吹き付ける。
「僕のせいだ、僕がもっと早く、あの力を使えていれば、みんな死ななかった。
怖かったんだ、多分。でも、ちゃんと向き合うことにするよ・・・。」
ここで、士郎は大きく息を吸い込み言葉をつむぎだした。
「僕は・・・・・・・・・・。」
言い終えると、士郎は身を翻して、その場を立ち去る、その背中を生暖かい風が後押しし、士郎は決意を新たにした。
―そう、僕は、決意を固めた。
馬鹿みたいに単純で、純粋で、考えなしの覚悟、ただ、誰かを守れる力を欲しいとその時思った。
分岐点は間違いなくここだった。
僕の運命は、この、考えなしの覚悟のせいで狂い始めることになる。
「ええ、例の話、受けようと思います、はい・・・はい・・・ええ。」
アパートに戻った士郎は玄関に設置されている電話を使って、ある場所に電話を掛けていた。
相手はもちろん、セイファ。
『手続きはこちらで済ませておく、・・・ああ、ああ。
何はともあれおめでとう神谷士郎君、早速で悪いのだが、明朝、シュミレーションルームに出頭してくれ。』
「シュミレーションルームですか?」
『ああ、そうだ、君の武器が完成した。』
え、もうですか?と士郎はエリアの技術者の仕事の早さに感心しながら、受話器に向かって呟いた。
『ああ、君の武器を君専用にチューンする作業をしたいと言うことだから、研究者も同行するらしい。』
ここで、士郎は疑問を感じた、そんなに重要なことではないが、一応聞いておくことにした。
「研究者ってドルクさんのことじゃないんですか?」
これに対して返ってきたのは予想しない答えだった。
『いや、彼ではない、もう一人、どうしても自分に担当させて欲しいと頼み込んでいる研究員が居るらしくてね。』
「はあ、なるほど。」
士郎は少し戸惑い気味に答えた。自分のような兵士の武器のチューニングを好んでやる人物が想像つかなかったからだ。何故なら、士郎は改造兵ではないからだ。
セイファはそんな士郎の心情を読んだのか、少し面白そうな声で
『君が改造兵でないのが研究者の興味をそそったんだろう、君は一般兵期待の星だからね。』
「そんな、大袈裟なものでは・・・。」
『謙遜したいのは分かる、威張れとは言わないが、自信のない素振りをすると周りにもそれが波及する、君には自覚を持って行動してもらいたい、これまで以上にね。』
言いよどむ士郎に、セイファははっぱを掛けた。
さすがに隊長を務めているだけあって、言葉巧みに士郎の気合を引き出してくれた。
士郎は唇を不敵にゆがめ、言い放った。
「大丈夫です、もう、覚悟は決めましたから。
誇りと自覚を持って行動しますよ。」
『そうだね、頑張ってくれたまえ、神谷士郎君。』
そう締めくくると、セイファは電話を切った。
士郎は受話器を置くと呟いた。
「ええ、必ず・・・。」




