最初の出会い
数々のトレーニング機器が立ち並び、空調の効いた軍のトレーニングルームで士郎は汗を流していた。エリアに移り住んで早一ヶ月、通常の訓練の後にここでトレーニングをするのが士郎の日課になっていたのだ。
「オーイ、シロー、まだやんのか?」
そんな士郎にかなり肉付きのいい、(と、いっても筋肉が、だが。)黒人が声をかけた。
「うん、まだもうちょっと、先に行っててよマックス。」
「そうか、じゃあ、ほどほどにナ、お前の体ときたらもやしみたいで今にも折れそうだからな。」
「うん、ほどほどにしておくよ。」
「なんだあ、せっかくからかったのに拍子抜けだぜ、シロー。」
マックスは大袈裟に悲しむような仕草で首を横に振った。
士郎は他の国々から来た人よりは体格的に小さいことに最初はコンプレックスを持っていたが最近は開き直りつつあった。
士郎がそのままベンチプレスを続けているのを見て、マックスはやれやれ、という風にため息をついてトレーニングルームを後にした。
しばらく士郎はベンチプレスを続け、やがて、汗をぬぐい、トレーニングルームを出た。
だが、まだ家には帰らない、まだトレーニングを続けるためだ。
士郎が向かうのはシミュレーションルームだ。
何人かの兵士がグループを組んで、食事を楽しんでいる食堂を突っ切り、(ちなみに今は夕食だ。)
誰もいない空のエントランスを通ってシミュレーションルームの自動ドアの前に足を踏み入れた。
バーチャルシュミレーションの技術など、このエリアではすでに当たり前の技術なのだが、士郎ははじめて体感したとき驚きを禁じえなかった。
バーチャルシュミレーションシステムは五感全てに電子情報を入力することで、よりリアルな仮想体験ができる装置だ。シュミレーション内で受けたダメージはある程度実際のものとなって使用者を襲うためこれを多用する兵士は少ない、が。まだ一度も実際の未確認生物との戦闘を経験していない士郎にとっては絶好の経験値稼ぎの場だった。
そして、部屋に体が入りかけたとき、士郎は人の気配を感じた。
(だれか入ってる?)このシュミレーションルームに人がいるのは本当に珍しいことだった。
士郎はシュミレーションシステムに近づいた。どうやら本当に誰か使っているようだ。
銀色のカプセルのような、そして、マッサージ器のようにも見える装置には金髪のツンツン頭で、身長180センチほどの青年がバイザーを目にかけて、座っていた。
士郎は銀色のシステムの上部についたディスプレイを見上げた。
そのディスプレイにはシュミレーションの装着者の体感している視覚情報と音情報だけが表示される。
シュミレーションを客観的に分析するために配慮された結果だ。
「すごい。」
ディスプレイを見ていた士郎は感嘆の声を上げた。
画面上に映る敵が瞬く間に一掃されていく。
しかも、青年は一度も敵の攻撃を受けていない。
そして、ゲームセット、ミッションコンプリートとディスプレイに表示された。
「ふう、まあこんなもんかな。」
青年はバイザーをはずし、首を回すと、士郎の方を見た。
「ああ、悪いな気付かなかった。」
青年は済まなそうに謝罪を述べた。
「あ、いえ、こちらこそ、すいません。」
士郎はぺこりと頭を下げて、あいまいな笑みを浮かべた。
なぜ、あいまいな笑みを浮かべたかと言うと、青年がジーッと士郎のことを見ていたためだ。
「なあ、お前日本人だろ?」
「あ、はいそうですけど?」
すると青年は嬉しそうな顔をして言った。
「妹が日本好きでな、いつも話すことといったら、日本のアニメのことなんだ。」
「はあ、」
士郎があいまいな返事を返すと、青年は慌てて自己紹介した。
「ああ、これは失礼した。日本人は礼を欠く奴がきらいだったんだっけ。
おれはイグナ、よろしくな。」
「はい、僕は士郎、神谷士郎です。」
差し伸べられた手を取りながら士郎は答えた。
「そっか、よろしくなシロー。」
これがイグナさんとの出会い。このあと質問して分かったんだけど、イグナさんは強化細胞を埋め込まれた兵士だった。エリアの科学力によって作られた強化細胞は適合者の体に順応して体中に増殖する。そして、もとの細胞と結びついて、遺伝子情報を強化するシナプスを作り出すというもの。
これによって、イグナさん達、強化兵士は超人的な力を発揮できるらしい。
僕は驚いた、いや、強化細胞のことは前から知っていたからそれについてはおどろかなったけど。
強化細胞を埋め込んだ兵士は僕達一般兵の事なんて馬鹿にしていると思ってたからさ。
イグナさんみたいな人がいるなんて思いもしなかったんだ。
「一般装備でやるのか?シロー。」
「はい、一番しっくり来ますし、何よりこれ以外は僕には支給されませんから。」
なるほどな、とイグナは相づちを打った。シュミレーションの設定で、イグナに質問をされたのだった。
一応シュミレーション内ならもっと特殊な装備を選ぶことができるのだがやはり、実際の戦闘で使えるものを使ったほうがいい。よって、士郎は一般兵士が使うオーソドックスなライフルの先に小さな刃がついた銃剣を使うことにしている。
士郎はバイザーを掛け、眼をつぶった。意識が電子情報の渦の中へと、融けていく。
そして、いつのましかうっそうと茂った森の中で、士郎は武器を構え、敵と対峙していた。
敵は、フェンリル、狼のような形態の敵で、通常の狼の三倍ほどの大きさを有している。
グルルルと、フェンリルは士郎を睨み付け、鳴いた。
蒼白な毛は逆立ち、赤い舌が口から時々見えるのは戦闘態勢に入っている証だ。
そして、フェンリルはいきなり飛びかかってきた。しかし、士郎は動きが分かっていたかのように横に飛びのき、攻撃を交わす。否、動きが分かっていたがゆえに交わすことが出来た。
次の攻撃も分かっていた。よけられたあとに横っ飛びに跳んで爪を突き立てる攻撃だ。
士郎は爪を突き立ててくる場所から起用に逃れ、銃剣を突き出した。
そして、銃剣がフェンリルの喉元に突き刺さる。
ミッションコンプリート、視界にその文字が刻まれた。
視界が真っ暗になり、シミュレーションが終了し、士郎はバイザーを外した。
「やるじゃねえか士郎。」
イグナが手放しの賞賛を送る。しかし、士郎の顔は優れなかった。
「?、どうしたんだシロー。」
「・・・、これじゃあ、駄目ですね。」
「何でだ?倒したじゃねえか。」
当然の疑問を口にするイグナに士郎は答えた。
「いえ、僕はシュミレーションを何回も経験して、その上で今の倒し方を編み出したんです。
でも、実際の戦闘で敵が狙い通りに動くはずが無い、結局、編み出したパターンなんて意味無いんです。」
そう、何回も同じテストの問題をやるようなもので、その中でならものすごい力を発揮できるが。
他の問題を出されたら太刀打ちが出来ない。それと全く同じだ。と、士郎は考えている。
「うーん、まあそれはそうかもなあ。」
イグナはしばらく考え込んだ後、言った。
「じゃあ、俺と戦うってのはどうだ?」
「えっ?」
士郎が異を唱える前に、イグナは続けた。
「んじゃあ、明日のこの時間に、ここに集合な。」
イグナさんのこの誘いが、僕の能力を目覚めさせる切っ掛けになった。
知らなかったほうが良かったのか。それとも、知っていて正解だったのか。
イグナさんに出会わなかったら、今の自分にはきっとならなかった。
でも、それが良い事なのか、悪いことなのか、今の僕には分からない・・。
まあいい、後から考えよう、このことは・・・。




