恋のプレリュード
「二人は何を買いにきたの?」
ユリアはショッピングモールの中で出会った兄弟と歩きながら質問した。
「別に買いたいものは無くて、見に来ただけだよ?えっと・・・。」
「ああ、私の名前?」
ユリアの顔を見上げ、口ごもる青龍、ユリアはすぐに原因を察し、青龍に尋ねた。
青龍はコクリと頷いた。
「ユリアよ如月ユリア。」
「僕は風青龍。ユリア姉ちゃんか、じゃあ、日本人なんだ?」
「ええ、そうよ。」
「そっちのお兄ちゃんも?」
「そう、士郎も日本人、でも、それがどうかしたの?」
えっとね、と口ごもる青龍、紅龍が後を続けた。
「お爺ちゃんがすごく日本嫌いなんです。昔の事をほじくりかえしては、お父さんやお母さんにたしなめられて、それでも頑固に日本製の物は食べないし身に着けないんですよ。
いいかげん、日本人と喧嘩してるっていう意識を捨てればいいのに。」
「でも、お爺ちゃんは確かに頑固者だけど、すごく優しいんだ。
だからさ、お爺ちゃんの事、悪く思わないで欲しいんだ。」
青龍は上目遣いで、二人の顔を覗き込んだ。
「確かに、日本の歴史を振り返ってみると、中国人に色々酷いことをしてきたこともあったから、それは仕方の無いことかもしれないね。
だから、大丈夫、それくらいで君のおじいちゃんを悪く思ったりはしない。」
この街は、それを人類が、わだかまりを人類が乗り越えた証なのだから。
「うん、ありがとう、士郎兄ちゃん。」
またもやにぱっと笑う青龍、やれやれ単純なんだから、とでも言いたげな眼でそれを見る紅龍。
やはり少し、ませた娘だな、と士郎は思った。この兄弟は見ているほど面白かった。
「それじゃあ、一緒に回ろうか、店の中。」
「えっ、いいのー?」
「ご迷惑じゃないですか?」
士郎の提案に眼を輝かせて応じるのが青龍、少し控えめな態度で応じるのが紅龍だ。
「全然迷惑なんかじゃないよ。君達、今日は二人だけなんだろ?」
「えっと、その、ハイ。」
またも、顔を真っ赤にして兄の影に隠れながら控えめに返事をする紅龍。
(やっぱり、嫌われてるんだろうか?)士郎は紅龍の顔が真っ赤になっているのに気付いていない。
ふと、ユリアを見ると、何だか意味深な視線をこっちに送っている。
士郎は訝しげな表情でユリアの視線に答えた。(全然、意味が分からないよ?)
そういう意図が含まれた表情だ。すると、ユリアがため息をついた。
ますます、訳が分からなくなった士郎は更に訝しげな表情になる。
「ところでさー、二人は兄弟なの?それとも、恋人なのー。」
「こらっ!失礼でしょ?そんな事聞いたら・・・。」
「でもさでもさ、紅龍も気になるだろ?」
「そ、それは。」
青龍をたしなめながらも、少し興味が有りそうな表情をする紅龍に青龍は少し痛いところをついた。
口ごもる紅龍、それ見たことかと、青龍は続けた。
「ねえ、ねえ、どうなの?恋人なの?付き合ってるの?兄弟じゃないよね?」
正直なところ、二人は付き合っても居ないし、そういうふうにお互いを見たことも無い、(と、すくなくとも士郎は思っている。)だから、答えは決まっている、士郎は唇を開こうとした。
「恋人よ。」
(そうそう、恋人って、ええええええ!?」
ユリアが先回りをしていた。それも、思わぬところでだ。
士郎は面食らう、ユリアの意図が測れない、なんでそんな嘘を付くのだろうか?
「何を言って・・ムグッ?」
すかさず異を唱えようとする士郎の口をふさいだのはユリアの柔らかい手のひらだった。
そのままユリアは士郎の最近筋肉が付き始めた腕を抱き寄せた。
青龍が真っ赤になる。まさかここまでするとは思わなかったのだろう。
だが、一番驚いているのは士郎だ、ユリアがあんな嘘を付くとは思わなかったし、何より、今、士郎の腕には柔らかい感触が伝わっている。それが士郎の思考を一旦停止させた。
一方で、紅龍もまた顔を真っ赤にし、ちょっと涙目になりながら「うう、やっぱり・・。」とか、「そうだと思ったけど・・。」とか、言っているが、青龍と士郎には聞こえない。
ここで、ふっとユリアは口元を緩めた、その瞬間、士郎も正気に戻る。
「フフフ、嘘よ、嘘。もう、ホントに面白い。」
ユリアが大爆笑している。青龍も士郎もからかわれたのに気づいた。
しかし、それが一番よく分かったのは誰あろう、紅龍である。
「ひどいです、ユリアさん。」
ボソッと、紅龍は呟いた。同時に、ユリアが自分の士郎への好意に気付いているのが分かった。
「ごめん、ごめん、青龍くんも紅龍ちゃんもごめんね。
・・・士郎も、ごめんね?。」
「ごめんじゃないよ、全く、ビックリするじゃないか。」
「うん、ごめん。」
もういいよと、士郎はため息をつきながら嘆息する。
ユリアは笑顔を崩さず、今度は兄弟の方へ近づいていった。
そして、紅龍の耳元で何事かコソコソとしばらく喋った。
紅龍は再び顔を紅潮させながらも、真剣に聞き入っていた。
その間、ちらちらと士郎の方を見ては意味深な笑みを浮かべていた。
「なんの話?」
内緒話が終わると、一応士郎は内容を聞いておくことにした。
「ガールズトークよガールズトーク。」
「はい!そうです、ガールズトークです!だから男の人が聞いちゃ駄目です!」
微笑を湛えて、謎めかすユリアと、必死でブンブンと首を横に振りながら拒否する紅龍だった。
「・・・分かったよ、それじゃあ回ろうか。」
「まってましたー。」
そこで話を打ち切り、四人は歩き出した。その後姿は中の良い四人兄弟のようだった。
「じゃあ、またねー。」
「さようなら。」
紅龍と青龍が別れを告げる。
しばらく店内を回った後、青龍が慌てて、ショッピングモールの広場に設置された時計を指差した。
どうやら、何か用事があるらしく、二人は別れの言葉を告げて、去っていった。
ショッピングモールの大きなガラス張りの自動ドアから出る二人の姿が遠くなっていく。
「ああ、残念、下の兄弟が出来たみたいで楽しかったのに。」
「うん、そうだね・・・。」
二人が居なくなったガラス張りのドアを淋しげに見つめるユリア。
士郎も全く同じ気持ちだった。
だが、士郎にはやらなければいけないことがある。
そう、アクセサリーを渡すことだ。これまで二回、邪魔にあってきた。
三度目の正直が本当になるか?それとも二度あることは三度あるのか?
士郎は意を決してポケットからアクセサリーを取り出した。
そして、ドアを見つめたままのユリアの背後に近づいて口を開いた。
「あの、ユリ・・・。」
「おおおお、そこのお姉ちゃん、まぶいねー!」
またしてもだ、二度あることは三度あった。
「う、またもデジャヴ・・・。しかも、一体何世紀前のナンパだよ。」
士郎は恨めしげに声の主を探した。
店内を見渡す、ここは中央の広間で、噴水のようなオブジェクトが中央に飾られている。
上を見上げると、ガラス張りで、そこから日差しが差し込むようになっている、さらに、噴水の近くに大きな時計が設置されていた。
そして、声の主はユリアのすぐ前に立っていたのだから。
それは士郎が知る人物でもあった。
と、いっても、名前は知らないし、多分向こうはこっちのことを知らない。
トレーニングルームでニ三回見ただけなのだから。
つまり、このナンパ野郎も兵士であることはまず間違いない。
ナンパ野郎はユリアの手をパシッと掴むと相変わらず古典的といえるまでの時代後れっぷりを披露したてくれた。
「ねえ、彼女~、日本人だよね~、一人?」
ねえ、彼女~、なんていう人間は始めてみた士郎だった。
さらに、小指で耳の辺りをほじるような仕草をするおまけつきで。
「なんですか?あなた、離してください。」
当然の反応だった。だが、このナンパ野郎はさすがに古典的な手を使うだけあってしつこかった。
「ね~、そんな事いわずにさ~。」
「やめて下さいって、言ってるでしょ!」
手を振り解くユリア、まあ、これも当然といえば当然だった。
更に平手打ちを食らわすユリア、これは当然とは言えなかった。バッチイイン!という小気味よい音が響いて、士郎の顔が真っ青になる。
「何すんだこのアマァァァ!!」」
ナンパ野郎は切れた。これもまあ、当然といえば当然だ。
「なにやってんだよユリアー!!」
叫びながら二人の間に割ってはいる士郎、その眼は涙目だ。
しかし、ユリアの顔に反省の色は無い。
「おい、なんだテメー、俺とやろうってか!?」
本格的に切れているナンパ野郎、士郎はなだめすかす方策をとった。
「あの、ホントにすいません、彼女にはちゃんと言って聞かせますので、ここは穏便に・・・。」
「おんどりゃあああ、何をいっとるんじゃわりゃああ!!」
逆効果だった、もはやナンパ野郎改めどっかのやーさんだった。
仕方ない、戦うしかないか、と、士郎が覚悟を決めたとき、
「おー、シローじゃん、どうしたんだ?」
と、声が掛かった。その声はとても聞きなれたものだった。
「イグナさん!」
士郎は思わず名前を呼んでいた。渡りに船だ。
金髪のツンツン頭、整った顔立ち、割と筋肉質な体、普段とは違い軍服ではなく、黒いシャツの上にパーカーを羽織りジーパンを履いているが間違いない。
「イ、イグナだと?第一小隊、虎獅子イグナか?」
やーさんがうろたえた。
「うん?そいつ知り合いか?俺、そのあだ名嫌いなんだけど?」
「ひっ!じゃあ、本物でごわすか?」
もはややーさんのキャラがつかめなくなってきた。
「失礼したでごわすー!!」
やーさん改め、西郷もどきは退散して行った。
「だれだったんだ?あいつ・・・。」
イグナはその背中を眼で追いかけながら誰ともなしに呟いた。
「イグナさん、こんなところで会うなんて奇遇ですね?」
「ああ、そうだな、二人はあれか?デートか?」
すかさずイグナは茶々を入れてきた。
「買い物に来ただけですよ。」
「そっか、それは残念。」
何が残念なのか士郎は良く分からなかったが、とりあえずそれについては追求せずあいまいに笑ってみせる。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
そんな中、ツインテールのお下げの女の子がイグナに近寄ってきた、サラだ。
「おお、サラ、服は買ってきたのか?」
「うん、買ったよ?あら、シローさん、ユリアさん、こんにちは。」
「やあ、こんにちは。」
「サラちゃん、こんにちは。」
ペコリと頭を下げるサラに、ユリアも士郎もつられてお辞儀をかえす。
「お兄ちゃんとデート?」
「はい、そうですよ。」
なかばからかうような口調で聞いたユリアに、サラは何の躊躇もなく答えた。
しかも、嬉しそうに。そして、イグナの腕を抱き寄せて、これをすれば恋人と周りから認知される体制になった。
「ねっ、お兄ちゃん?」
「ああ、そうだな。」
さすがのユリアも面食らった。
「ま、まさか兄弟同士で?」
「い、いや、何もやましいことはしてないぞ!!」
「うん、デートって言っても、そういう感じじゃなくて、もっとナチュラルな・・・。」
二人は真っ当な反論をする。やや、しどろもどろ感があったが。
「ま、邪魔しちゃ悪いし、行こうか、士郎。」
「うん、そうだね。」
ちょっと意地の悪い表情で、からかい半分にその場を立ち去ろうとする。
「だ、だから違うからな!」
イグナの声が虚しく響く。
「実際の所どうなんだろうね、あの二人。」
「違うって言ってるんだから違うんじゃない?」
「そうだね。」
一階のエレベーターに乗り込んだ二人は、顔を見合わせてフフフッと笑った。
ここで、ふと、士郎は真顔になり、ユリアを真っ直ぐに見つめた。
ここはエスカレーターの中、ほかに誰も居ない、すなわち邪魔が入らない。
「士郎?」
ユリアは急に真剣な顔になった士郎を見て、顔を背けた。
顔が赤くなっているような気がしたからだ。同時に、胸の高鳴りも感じている。
「動かないで。」
「え?」
ユリアはいよいよ、胸の高鳴りが押さえられなくなった。
士郎が今、ユリアが想像するようなことをするはずが無いと分かっているが、それでも想像をぬぐえない。
エレベーターのドアを背に、後ずさる。
エレベーター内に貼り付けられた広告が眼に入った。
映画の広告だ、恋愛物の、恋のプレリュードという題名、二人の愛は永遠に、とデカデカと書かれている。
ユリアは期待に胸を高鳴らせながら眼を閉じた。
すると、士郎が近づいてくるのが分かった、その息遣いを感じる。首筋に冷たい感触がつたわった。
耳の後ろでカチャッと言う音がする。
「もう開けていいよ。」
「?」
首元を見ると、金と銀のネックレスが掛かっていた、金色の卵のようなものに付いた、銀色の羽、とても可愛らしい装飾だった。
「これ・・・すごく可愛い・・・。」
「でしょ?店員さんお墨付きなんだ。」
士郎が言うのと同時に、ドアが開いた。
ピンポーンという音が鳴る。
「じゃ、行こうか。」
「うん。」
士郎がエレベーターから、先に出た。その後姿を追いかけながら、ユリアは思う。
(こういう渡し方は反則だよ、士郎のバカ。)
ユリアは未だにおさまらない胸の高鳴りを誤魔化すように、心の中で精一杯の照れ隠しをした。




