少年の瞳の為に
ユリアの背を追いかけ、人込みをかきわける士郎。
今度こそ、この忌々しい物体を渡さなければ。
やっとのことでユリアに追いつき、エレベーターの前で手を振っているユリアに声をかけるその時と、甲高い子供の声が店内に響くのは同時だった。
「あの・・ユリ・・・。」
「あああああ!!お姉ちゃんだ、あの時の!!」
言葉を紡ごうとした士郎を邪魔するかのように放たれる声。
「う、デジャヴ。」
士郎は呻くように呟いた。店内の注目を集めてもお構い無しの子供、というか子供たち・・・。
手をつないだ仲の良さそうな二人。中国人だ、というのはすぐに分かった。
二人とも色違いのチャイナ服を着ているからだ。まさかここでコスプレをしているということはあるまい。エリアに住む住人は国際色豊かな格好をしていることが多いのであまり目立たなかった。
片方は赤い、もう片方は青い、どちらもスカートタイプではなくズボンのような形態をとった下と、上はオーソドックスな形のチャイナ服。
これだけだと二人の性別までを判断できないが、さっきの口調からして、声を上げた方は、少なくとも男の子のようだ。
「もう、恥ずかしいから大きな声出さないで、蒼龍!!」
赤いチャイナ服の子が青いチャイナ服の方をたしなめた。
歳の割にはしっかりした口調で、どうやら女の子であるらしいことが分かった。
「へへへ、でもさ、僕たちを助けてくれたお姉ちゃんだよ、紅龍。」
対して、男の子の方は少し歳の割には幼そうな挙動と言葉だった。
「えっと、ああ、病院の時の!」
「そう!有難うね、あの時は。」
記憶をまさぐって、二人のことを思い出したユリアに蒼龍と呼ばれた少年が感謝を述べる。
「本当に有難うございました。その節は本当にお世話になりました。」
続いて女の子の方、紅龍が丁寧に感謝を述べる。
「二人は双子なの?」
「はい。」
「うん!」
片方は礼儀正しく、片方は元気よく答えた。
その光景がなんだか微笑ましくてユリアはニコリと笑ってしまった。
「じゃあ、どっちがお姉さん?それともお兄さん?」
「僕が先に産まれたんだよ!」
「そうは見えないですけどねー。」
「なんだと?おい、紅龍。」
手をつないだまま兄をからかう妹、兄は仏頂面でそれに答える。
「こーら、喧嘩しないの!!」
「ははは、もうお姉ちゃんみたいだね、ユリア。」
二人をたしなめるユリアに、士郎は歩み寄って、正直な感想を述べた。
「お兄ちゃんって、もしかして、あの怪物を追い払ってくれた人?」
眼を輝かせて、今度は士郎に向き直って質問する蒼龍。
「そうよー、とっても強いんだから、士郎は。」
「なんだか、ご機嫌だね、ユリア?」
「そんなことありませんよー♪」
いや、どう考えてもおかしかった。やはりさっきのオッサンのことで舞い上がっているのだろうか、と士郎は少し心配になった。
しかし、そんな士郎の心配など関係なく、蒼龍はさらに士郎に質問を続ける。
「すっげー!じゃあ、小隊に入ってる人なのー?」
「うん、まあね。」
「改造兵、ですか?」
妹の方が少し控えめに、兄の影に隠れながら聞いてきた。
「いや、違うよ、今のところは、だけど。」
「今のところは?」
蒼龍が細かい言葉の機微を読み取って、質問してきた。
「ああ、いや、言葉の綾だよ、そういう予定があるってわけじゃないんだ。」
「そっかー。」
蒼龍も、そこまで追求しようとはせず、にぱっと笑う、つられて士郎も笑ってしまった。
「ところで君たちさ、ずっと手をつないでるけどどうして?」
膝に手を付いて、顔を少年たちと同じ高さに持っていって質問をしたところ紅龍がビクッと体を震わせた。
「どうしたの?大丈夫。」
さらに詰め寄る士郎に紅龍は蒼龍の後ろに隠れてしまった。
「ごめんなさい!あの、えっと・・・。」
紅龍は居心地悪そうに目をあちこちにやって、必死で士郎に謝った。
「・・・何か、僕、気に障るようなことしたかな?」
「いえ、そうじゃなくて、・・・その・・・有難う。」
ペコリと頭を下げる紅龍、その顔は真っ赤だった。
「へへへ、紅龍は人見知りだからね、こう見えてさ。」
「うるさい!」
やはり手をつないだまま喧嘩を始める二人、妙だった。
単に仲がいい、では説明ができない、二人はまるで、そう、まるで手が離せない、そんな感じだ。
「もしかして、その手って・・・。」
ユリアが士郎よりも先に問う。
二人はケロッとした顔で答えた。
「うん、くっついてるんだよ?生まれつき。」
つまりは、奇形の双子ということだ・・・。
「不便じゃない?」
ユリアは更に問う。
「うーん、生まれつきこうだったからね、不便だって思ったことはないよ?
それに、近々ここで手術するんだ。僕たちのこの手を切り離すんだよ。」
「そうなの?」
「うん。」
蒼龍はコクッと頷き、さらに続ける。
「二人はもう、モノゴコロつく歳だからって、父さんがいってね。
僕も紅龍もまだ不便は感じてないからいいって言ったんだけど、どうしてもってね。」
「それに、蒼龍には夢があるんでしょ?」
紅龍がことさら大人ぶった調子で言った。
「うん、僕はエリアの軍隊に入って、お兄ちゃんみたいな兵士になるんだ。」
「僕みたいな?」
士郎は少しおかしくなってきた。蒼龍が純粋な眼でそういうものだから。
「うん!だってこの前のお兄ちゃん、凄くかっこよかったよ?」
「そうかい、有難う。」
―誰かに憧れられるって、初めての経験だった、多分。
なんとなくむずがゆくて、恥ずかしくなる。
この時、この子の期待を裏切りたくないとぼくは思った。
多分、この子が求めているのはもっと大きな僕なんだろう。
第一小隊に入るっていう選択肢に僕は少しだけ心が傾いた。
少年の純粋な眼のために・・・。




