転移4日前 霧島浩也
俺は正直困惑していた。
九条と優香は正直仲が悪いと思っていた。
いや、実際に悪かったと思う。
それがある日学校にきたら、お互いを名前で呼び合うようになっていて
昼まで一緒に食べようというのだ。
「しかし、いつの間におまえら知り合いになっていたんだ?」
「へ?えっと・・・そ、それは・・・。」
「ふふっ、内緒よ、浩也。ね、麗奈?」
「う、うん・・・そ、内緒なんだよ、浩也。」
「ふん・・・勝手にしろ・・・。」
なんて言うか女は二人になるだけでこうも違うものかと思う。
優香も一人の時はおとなしいのに、二人になった途端よく話すようになった。
「あ、浩也すねてる~!
ふふっ、初めてみたよ、浩也のすねてるとこー!」
「ホント?かわいいでしょ~。
浩也ったら、すねるといつもこうなの。」
「へぇ~、浩也ってば、見かけによらず、子供っぽいとこあるんだぁ~。」
「くっ、おまえら二人そろうと圧倒的に俺が不利な気がする・・・。」
「ふふっ・・・たまにはこういうのもいいでしょ?
浩也ったらいつも余裕だもの。たまにはドギマギしてもらわないと、ね。」
「ふん・・・勝手にしろ。」
九条麗奈・・・。不思議な奴だ、あの優香があれ程心を許すとは・・・。
奴は俺や優香にはない、何かをもっているのか?
例えばあの深い闇に光を当てる、心の救いとなるべき何かを・・・。
「また浩也すねてるよぉ~!何だか今日の浩也はかわいいよぉ~。」
・・・・考えすぎだな、単なる天然だろう。
「ふふっ・・・でも、今日は風が気持ちいいわね・・・。
こういう日は外で食事をするのがとっても楽しく感じられるわ。」
「二人とも、いつもここでご飯食べてるの?」
「そうね・・・二人の時は大抵ここに来て時を過ごすわね・・・。」
ここは学校のはずれにある、大きな樫の木。
最近、ここで遊んでいた生徒が血まみれで発見されている。
巷では変質者がやった、なんてことになっているが
アレはそんな生やさしいものじゃない。
ああいった傷をつけるなら、日本刀とかそういったたぐいの武器が必要になる。
他にもライオンとかそういう大きさの肉食獣であるとか、だ。
傷のたぐいが全然違う。第一発見者の俺が言うんだから間違いない。
「ここの噂はどれもくだらないものだけど、たった1つ、良い噂もあるわ。
あの大木には大地の精霊が住んでいて、どんな願いでも1つだけかなえてくれるの。」
「どんな願いでも叶うの?夢みたいな話だねぇ~。」
「どんな願いでも叶う代わりに、その身を生け贄として差し出す必要があるんだって。
ここで見つかった人は、そうやって自分の身を生け贄に捧げた人らしいわよ。」
「ひっ・・・。なんだか急に夢がなくなっちゃったよ~。」
「ふふっ、何かを護るためには何かを犠牲にしないといけない。
そういう所があって、この噂なら信じてもいいかなって思ってるわ。」
「で、でも・・・そんなの悲しいよ・・・。
私はそういうのはやだな・・・。」
俺はあの現場をみて以来、再三この場所には近寄らないように優香にはいったが
あいつは頑として言うことをきかなかった。
本当に、そういった荒唐無稽の噂を信じているとは思えないが
それに近い何かがあるんじゃないかと思っている。
「・・・・ごめんなさい。あまり明るい話じゃなかったわね。」
「わ、私は別にかまわないよ・・・?」
「生け贄なんてばかげているさ。
おまえが何かを望んだとしても、俺が生け贄になんてさせない。」
「えっ・・・・あ、ありがとう・・・浩也。
ふふっ・・・頼りにしてるよ・・・。」
あいつは、ここで何かをかなえてしまったのかもしれない。
だからその代価を支払う時を待っているのだとしたら。
それでも、俺は何とかしてやりたい。そう思っている。
事件を思い出してすっかり忘れていたが
麗奈と優香の組み合わせは思った以上に強力だった。
「そんなわけで、浩也からもお願いしてよ!」
「そうね、浩也。
麗奈のためにも、一緒にお願いしてあげたら?」
何の話かというと。放課後、麻生が例によって
俺に部活の勧誘をかけてきて、運悪くそこに九条が相乗りしてきて
さらに運悪く、そこに優香が現れてしまった。
「真一君も、このままだと私に一勝もできないまま卒業しちゃうからね。
涼夏先生の元で少しは鍛えられれば、また違った発見もあるかなって。」
涼夏先生というのは、俺と九条が師事している武道の師範で
武道全般に通じている化け物のような人だ。
柔道、剣道、合気道あわせて十何段になるとかなんとか。
「涼夏先生は弟子を選ぶし、どうだろうな。」
「だから、涼夏先生お気に入りの浩也から頼んで欲しいっていってるんじゃない!」
「その見返りに、俺はあの人の稽古に延々とつきあわされるんだが・・・。」
「あら、浩也ったら。涼夏先生に命の危険を感じさせるぐらい、
凶暴なのに、稽古につきあうのが怖いって言うの?」
事情をしる優香と勢いのある麗奈によって、俺はタジタジになっていた。
ちなみに、涼夏曰く、命の危険を感じるようなドキドキした真剣勝負ができる人は少なく
俺はその数少ない一人だというのだ。
とはいっても、俺が勝てたことはただの一度もない。むしろ、ボロボロに負ける。
それで、何故命の危険を感じるんだ・・・?
「霧島っ!俺からも頼む!俺を・・・俺を男にしてくれっ!」
麻生のよくわからない熱血スイッチが入ってしまった。
俺は断り切れず、しぶしぶ了承し、涼夏先生の道場まで案内することになった。
「で、この子が新しい門下生?」
「そうです、麻生真一君って言って、私と同級生なんです。」
「努力は足りませんが、そこそこ才能はある奴です。
涼夏師範に鍛えてもらえれば、と思いまして。」
「お、おい、霧島・・・。」
「なんだ、麻生?」
「この人がさっき言ってた涼夏師範なのか?」
「そうだ、九条がさっき言っていただろ?」
「何か、九条よりさらに華奢じゃないか?
武道の達人っていうから、もっとごつい人かと・・。」
「麻生君・・・だっけ?私が師範じゃ不安かしら?」
やばい、涼夏先生の眼がマジになっている。
麻生、恨むなら己の口の軽さを恨むんだ。
「や、そんなことはないんですけど・・・。
思ったより華奢だし、稽古とかしたら何か怪我さしちゃいそうで・・・。」
麻生は思った以上に馬鹿だった。
この後、ストレス発散代わりに稽古につきあう俺の気持ちも考えて欲しい。
「人は見かけによらないものよ、麻生君。何なら少し試してみる?」
「え、でも俺、手加減しませんよ?」
「良い心がけね・・・でも、それは私も同じ。
私だって武道を志すもの。試合を挑むからには相応の覚悟はできています。」
「そうまで言うなら、お相手させて頂きます。」
俺も九条も、呆然とその成り行きを見守るしかなかった。
涼夏師範は確かに小柄で見た目も綺麗な女子っていう感じで
まぁ、麻生のいうこともわからなくはない。
だが、もう一度いっておく。
涼夏師範は、柔道、剣道、合気道で数十段の腕前をもつ化け物だ。
いや、正面きって化け物といったら命がないので口にはだすなよ。
麻生は予想通り、打ちのめされ、たたきとばされ、
ぼろ雑巾のようにズタボロになっていた。
ただ、思った以上にタフで何度も起きあがる麻生に対して
涼夏師範の何かが目覚めたらしく、これからもずっと稽古をつけてくれるそうだ。
だが、俺はよかったな、等とはとても言えなかった。