転移4日前 九条麗奈
明るい日差し、囀る小鳥の声。いつもと変わらぬ朝の始まり。
一日の朝は善のエネルギーに満ちあふれている。
きっと全てがうまくいく、そんな気持ちになれる。
願わくば、今日一日、この気に包まれて過ごせますように・・・。
早朝の誰もいない学校の様子は、昼間のそれと同じ場所とは思えない程違う。
静まりかえった校舎はあたかも澄み切った湖のように
朝日と相まって神秘的に感じられる。
朝の空気は、いつもと違った何かを私に期待させる。
「はぁ~、早起きすると、気持ちいいなぁ・・・。」
澄み切った世界を思う存分堪能していると、不意に声をかけられる。
「あら・・・おはよう。」
そこに現れたのは、私が知る限りでは
この神秘的な世界に最も似合う人。篠崎優香さん。
「お、おはようございます。」
「九条麗奈さん・・・・よね?
私は隣のクラスの・・・。」
「あ、知ってます!えっと・・・その、篠崎優香さん・・・ですよね?」
「ええ、でも、どうして・・・。
あっ、浩也から話を聞いているのね・・・。」
もちろんそれもある。
でも、篠崎優香・・・彼女はそれ以外にも何かと噂のある人だ。
入学当初は社長さんのご令嬢だったらしく
その儚げな印象から”深窓の姫君”と男子が騒ぎ立てるぐらいのお嬢様だった。
それが一転、お父さんの会社が倒産して、借金返済のために
篠崎さんもアルバイトにあけくれる、勤労少女の噂に。
朝晩、どこかで彼女が働いているのを見たという目撃証言が多数寄せられていた。
その後、風の噂で過労で倒れたという話も聞いたのだけど
学校に戻ってきた彼女は儚げな印象はそのままに、
美しく艶やかな大人の女性になっていた。
雑誌の読者モデルで登場したこともあり、男子は
”深窓の姫君”だった頃以上に、彼女が来るたびに騒ぎ立てる。
男子って本当にどうしようもないんだから・・・。
「ふふっ・・・九条さんの噂も浩也から色々と聞いてるわよ。
浩也が他人のことを話すなんてホントにめずらしいのに・・・。」
篠崎さんが浩也のことを話す時は
大人びた表情が陰を潜め、少女の面影が姿を現す。
やっぱり、篠崎さんと浩也って・・・。
「あの・・・篠崎さんって浩也と・・・その・・・えっと・・・。」
「私と浩也のこと、気になる?」
「え!?ええええ!!!
そ、そそそその、わ、わわわわたし・・・。」
私は大げさに手をわたわたさせてしまう。
い、いけない・・・動揺しているっ!
「ふふっ・・・私と浩也の関係を言葉にするのはちょっと難しいんだけど・・・。
九条さん、たぶんあなたが思っているような関係じゃないわよ。」
「・・・え?そ、そうなんですか?」
「ふふっ・・・安心した?」
あ、安心してしまいましたっ!
「え!えっと・・・そ、そ、その・・・。」
「噂通り、かわいい子ね、九条さんって。」
ふひぃ~恥ずかしいよぉ~!!穴があったら入りたいぃ・・・。
「私と浩也は・・・家族っていうのが一番近い表現かな。」
「家族・・・ですか?」
「私は浩也が支えてくれなければ生きていけない程に子供なの。
子供で子供で・・・・もう自分が嫌になっちゃうくらいに、ね。
でも、私たちがもっと大人になることができれば・・・・。
私が巣立てる日もくると思うの。」
篠崎優香さん。家庭の過酷な環境は彼女に様々な苦労を与え
彼女はその苦労を乗り越えようとしている。
少なくとも私の目には、同世代の男女よりずっと大人にしか映らない。
子供じみた考えや甘えを彼女から感じることはない。
それでも、そんな彼女すらも浩也は支えてしまうのだという。
そこに、私の知らない二人の世界があることが、痛いくらい伝わって・・・。
「それまで・・・私たちが大人になれるその日まで
九条さん、あなたにはつらい日が続くかもしれない。」
「・・・え?」
「でも、あきらめずに浩也のことを想っていて欲しいの。
あなたなら・・・あなたになら浩也の明日を任せられる、そう思うから・・・。」
「し、篠崎さん、それって、どういう・・・。」
「ふふっ、単なる独り言。
もう、いかなくちゃ。今日は日直なの。
それと、九条さん。私のこと、優香でいいわよ?」
「えっ?」
「名字で呼ばれるの、あまり好きじゃないの。
今度からは、優香って呼んでね。」
「は、はい。あ、じゃ、じゃあ
私のことも・・・その、麗奈でいいです!」
「そうね、麗奈、って呼ばせてもらうわ。
あと、かしこまらなくていいわよ。あなたとは友達でいたいから、ね?」
「え、は、はい・・・じゃなくて、その・・・う、うん・・・、こ、こんな感じ?」
「ふふっ、そうね、合格、かな。それじゃ、私、もう行くから。」
「あ、うん・・・それじゃ、また・・・。」
「ええ、またね、麗奈。」
篠崎・・・優香に初めて麗奈、って呼ばれて
女の私でも、ちょっとドキっとしてしまった。
やっぱり、優香、綺麗だなぁ・・・。