転移5日前 九条麗奈
「昼だ、昼休みだ!さ、さぁメシ食べようぜ!」
真一君の元気な声が聞こえてる。
でもね、でもね。私はね。
「・・・・・。」
「・・・・・・。」
「あ、あぁ・・・九条。古文を寝てしまったのは謝る。
で、でもだなぁ、とりあえずそれは忘れよう!
綺麗さっぱり忘れてメシを食べよう!腹が減ってはなんとやら。
おまえの好きな古人の言葉だぞ!」
本当に、本当に、本当に・・・・。
「な、なぁ・・・?き、霧島、おまえもそう思うよな?な?な?」
「ん、あ、ああ・・・。」
「ほ、ほら、霧島もそうだって言ってるぜ?」
本当にっ!
「ん~な、言ってない!
いい、真一君!古文を馬鹿にするってことは、
日本文学の根底を馬鹿にするってことなのよ!」
「そ、そんな大袈裟な・・・。
だいたい、古文なんて覚えたって使うところがないぜぇ?」
「な、な、なに馬鹿いってるのよ!
古文を習わずして、どうやって日本の古典文学が読めるの!」
「徒然草も枕草子も源氏物語もみ~んな古文なんだから!
古典文学全てを否定するつもり!?」
「いや、俺そういうのに興味ないし・・・。
だいたい、どれもみんな翻訳されたのがあるっしょ?」
「わ、わ、わわっ・・・!
真一君、洋画を借りても日本語の吹き替えを選ぶタイプでしょ?
これだから、吹き替えにならされた人って・・・。」
「なんで、そこで映画の話に飛ぶんだよ・・・?」
こうなったら未だによだれの後がみえる、
このだらしない真一君の性根を今日こそたたき直さなきゃ!
「いい?言語の1つ1つにはその言語にしかない、特別な意味が込められているの!
言葉に翻訳はあっても、文学に翻訳はないのよ!!
文学を学ぶにはその文章が書かれた言語を知らないと、その本質を知ることなんてできないわけ!
真一君ってば、そこの所が全然わかってな~い!」
「いや、だから俺、文学作品になんか全然興味ないんだって・・・。」
「あのね、真一君・・・!」
「まぁ、まぁ、麗奈ちゃんもその辺で許してあげなさいよぉ~。
麻生君もちょっと疲れていただけなのよねぇ?
別に日本文学を馬鹿にしようとか、そういう気はないわけだし・・・。」
「そ、そうそう。そういう感じで。」
私が怒り心頭の所で、律子の救いの手が入る。
本当に、律子は真一君に甘いんだから・・・。
「ホントにホント?
真一君ってすぐ調子いいこと言うから、ちょっと信用できないよぉ・・・。」
「ほらほら、麗奈ちゃん。
いつまでもぐじぐじ言わないの!早くご飯にしましょ。」
「は~い・・・。」
「すまん、栗原、助かった・・・。」
真一君のだらしさにも困ったものだけど、今日の私は
真一君にばかりかまっているわけにはいかないのですっ!
なんとなんと、今日は麗奈ちゃんお手製のお弁当をつくってしまったのです!
ふふふ・・・古典的、だがしかし、浩也にはこういうのがぐっとくるはず!
「ね、ねぇ、浩也・・・。浩也、今日は食堂で食べるの・・・?
あ、あのね、私ね・・・昨日ね・・・。」
そんな私の勢いは。いつもあの人に。
「浩也、お弁当つくってきたの。一緒に食べましょう。」
「そうか、悪いな。じゃあ、俺は行くぞ九条。」
砕かれる。
「あ、う、うん・・・そうだね・・・。」
「行きましょう、浩也。」
「ああ、今行く。」
わかってる、わかってるんだよ。
いくら私がにぶいっていったって、篠崎さんが浩也のことをどう思っているのか。
それぐらい、わかっているわよ・・・。
「いっちゃったね、霧島君・・・。」
「う、うん・・・。」
わかって・・・・いるわよ・・・。
「あ、あのな、九条!俺も今日は食堂だったんだけどな、
たまには誰かの弁当とか食べたくなったりするんだわ。」
砕けた私の心を真一君がひろってくれる。
がさつにみえるけど、優しい奴なんだ。わかってる・・・わかってるんだ。
「うん・・・。
・・・・あ、そ、そうだ、私、昨日お弁当つくりすぎちゃって!
ひ、一人じゃ食べきれないから、し、真一君にも分けてあげるよ!」
「そりゃどうも。」
篠崎優香・・・。美人でかしこくて、物静かで・・・。
私とは全然タイプが違う。
それが、とても寂しかった。