転移5日前 篠崎優香
私と浩也は、いつも大事な話をする時には
校舎のはずれにある、樫の木の下で話をする。
教師や生徒が通ることが少なく、人気が少ないため
何かと相談毎をするには向いているというのもある。
もちろん、一番の理由はまた別にあるんだけど。
「優香、話っていうのはなんだ?」
「ごめん、またお金、貸して欲しいの・・・。」
浩也はお医者様の家に養子になった、というのもあるが
彼自身、優れた才能を発揮して活躍しており
学生ながら、かなりの蓄えがある。
情けない話だけれども、私はこうして浩也からの援助を受けている。
「また篠崎か?」
「ごめんなさい・・・。私のバイトだけじゃ間に合わなくてって・・・。」
「そこまでして、篠崎に義理立てする必要はないだろう?
いったん、縁を切って施設に戻った方が・・・。」
「そうした方がいいのはわかってる・・・。
でも、ごめんなさい、それだけはしたくないの・・・。」
浩也と違って、私の引き取り手は、散々だった。
私を養子にした直後はそうでもなかったのだけど
色々あって、今は養父も養母も手がつけられない。
最初に彼からお金を受け取ったのは、
毎日学校も休んでアルバイトばかりして過労で倒れた時だった。
最初はその時だけのつもりが、今ではすっかり彼に頼るようになってしまった。
おかげで私はこうして学校に通うことができるようになった。
でも、皮肉なことに、それが私からあの家から離れる覚悟を奪っていく。
「まぁ、おまえがいいならいいんだが・・・。
金は前と同じ口座に振り込んでおいてやるよ。」
「ごめんなさい、浩也・・・。私、迷惑ばかりかけて・・・。」
「おまえがあって、今の俺がいる。気にするな、これはお互いの問題だ。」
「ありがとう・・・ありがとう、浩也・・・。」
彼がいないと成り立たない。そんな依存しきった生活。
駄目だとはわかっていても、依存という関係であっても
彼とのつながりが、うれしくて、愛おしくて。
それが、ますます、私から覚悟を奪っていく。
「話はそれだけなら、俺はそろそろ戻るぞ。
授業をさぼると、麗奈がうるさいからな。遅刻程度にしておきたい。」
「ふふっ・・・そうね。本当にごめんなさい、浩也。」
「いいさ。優香、おまえは戻らないのか?」
「もう少しここにいるわ。
私のクラスには噂の九条麗奈さんはいないし、ね。」
「ははっ、それもそうか。それなら安全だな。じゃあ、先に行くぞ。」
「ええ。九条さんによろしくね。」
依存しきった私を、彼は疎ましく思うのではないか。
その恐怖もある。
それでも、彼といること、彼とのつながりを私は断ち切ることはできない。