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[口付け]

 






[口付け]






 


 

 

 もしもあいつが

だらしなく遊郭に入り浸り

おなご遊びに耽っていたら

 

 

 もしもあいつが

全てを過去の産物とし

家庭を築いていたのなら

 

 

 あたいはきっと

声を掛ける事はなかった

だけどあいつの屋敷に行き

あたいはすぐさま声を掛けた

そこには変わり果てた

月影がいたから



『あのもし、月影様では御座いませんか?』



 ゆっくりと振り返り

大きく目を見開いた後

月影はあたいから顔を背けた



『何用か?』



 全てを拒絶する様な枯れた声

あたいはそれでも尋ねた

否、聞かねばならなかった



『月影様はまだ華月姐さんを愛しておいでですか?』



 月影は答えなかったけど

あたいには分かった



『何故斯様な事を?』



 まだ迷っている

あたいの選択は正しいの?

姐さんを苦しめやしないか?



 暫しの沈黙空が夜色に染まり

ふわり、雪が舞い落ちた

あたいは姐さんの微笑みを胸に

月影の手を取り歩き出した



 月影は

何も言わずあたいに続いた

 

 

 

 

『此処は?』



『さあ月影様、此方へ……』



 小首を傾げ訝しむ月影

姐さんは怒るかもしれない

あたいの顔なんかもう見たくないと

だけど……

あたいは覚悟を決めて

月影の背を押した



『どちら様で……』



 布団に伏せていた姐さんが

ゆっくりと月影を見つめた



『あっ……何故……』



 あたいと月影の間で

視線を彷徨わせ

姐さんは布団の中へ消えた

カタカタ震える姿に

あたいは拳を握り締め

隣りを見上げた



『華……月……?』



 愛しい人が居るのに

いつまで我慢するんだい

姐さんあんたは

もう充分頑張ったんだ

一人寂しい夜を

何度も堪えたんだ

だからさあ……



『姐さん、もういいじゃないか……もう……』



 あたいは月影に

全てを話した

 

 


 

 

『桔梗、二人きりにしてくれないか?』



 この男……何て顔を……

あたいは心底ぞっとした

月影の怒りの深さと

その愛の深さに



 気が付けばあたいは

月影の足にすがりつき

許してあげてと懇願していた



『大丈夫……酷な事はせぬ』



 もしその言葉が嘘ならば

あたいはきっと

……きっと月影の息の根を

だけどこんな穏やかな顔をするのだから

その必要はないのだろうねえ



 あたいは静かに一礼し

どうか幸せに……と

それだけを祈り

踵を返した

 

 

 多分もう

あたいが姐さんの温もりを感じる事は出来ない

愛し合う二人が

再び結ばれるのだから

悔しいかって?

無粋な事を聞くんじゃないよ

悔しくなんかないさ



 あたいはねえ

姐さんが幸せならそれでいいんだよ

あたいがそれを出来れば一番良いのだけど

そうじゃないのだから

仕様がないじゃないか

 

 

 

 

 降り積もった雪に

真新しい足跡が

新雪を踏みしめながら

あたいは篭を目指した



 榊は

行くなと言ったけれど

あたいは見届けたかった

だからあたいは

躊躇う事なくその襖を開いた



『……よかったねえ』



 重なり合う骸は

きつく手を握り合っていた

その傍に

静かに腰を下ろす

ふと

枕元にあった紙切れに

あたいは目を通した



『姐さん……知って……』




【想いに応えられず、辛い思いをさせたねえ……桔梗、幸せにおなりよ】




 やっぱりあたいは

どうやったって姐さんには

……かなわない

こんな気味の悪い想いを知っていても

姐さんはあたいを捨てなかった



 あたいは幸せだよ

それだけで……

あたいは幸せだ


 


 


 懐に眠る二つの簪

あたいは不意に

秋の夜の姐さんの話を思い出していた



『ねえ桔梗、この簪はつがいなんだよ』



『つがい?桔梗と桜が?』



『ああ、なんでもこれを作った簪職人の好きな花が桔梗、その奥方の好きな花が桜、ってな事でこれは夫婦簪なんだってさ』



『どうしてあたいにこれを?』



『お前とは幼子の頃から一緒だし、夫婦って訳じゃないがつがいみたいなもんだからねえ』



 あたいはもう

泣かないって決めたんだ 

姐さんは幸せなのだから

……泣かないって

だけど……無理だ



『ごめん姐さん……一度だけだから……許しておくれよ』



 冷たい頬に手を這わす

とめどなく溢れ出した桔梗の涙が

華月の頬を濡らした



 何度も何度も両の手で

愛おしそうに華月を撫でて

青白いその唇に

桔梗は深く口付けた

 

 

 

【色街恋唄】

桔梗 片恋

     終わり

 

 

 恋は成就しなかったけれど

決してバッドエンドではない

そんな物語があたしは好きです。

 

 

 次は桔梗の新たな恋の物語。




 

 色街恋唄[第三夜 恋慕]へ続く

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