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-桔梗-[瘡蓋]

 






-桔梗-[瘡蓋]






 


 

 

 小さい頃

あたいはいつも姐さんに怒られていた



 瘡蓋を剥がしちゃいけないと

もっと痛くなるんだよって

よく怒られていたっけ?



 子供の頃はその意味が分からなくて

言いつけも聞かず

瘡蓋を剥がしては

綺麗に剥がれたってはしゃいでた



 だけど、今なら分かるよ



 姐さん……

心に出来た傷にもいつか瘡蓋が出来て

剥がさずそっとしていれば

いつか傷は癒えるのかな?


 


 

 

『誰だいっ、あたいが月影と寝たなんて言った奴はっ!』



『桔梗、落ち着くんだ』



『五月蝿いっ!誰が言ったんだって聞いてんだ!答えろっ!』



 腕にしがみつき止める主人を振り払い

あたいは叫んだ

誰かが

あたいが月影と寝たと

根も葉もない事を姐さんに……



『俺だよ』



『……この野郎っ!』



 何食わぬ顔でひらと手を挙げたのは

世話役である榊だった

馬乗りになり

あたいは一心不乱に

拳を振り下ろす



『……何て事をっ、この野郎、この野郎……』



 榊は無抵抗のまま

悲しげにあたいを見つめた

何を悲しんでいるのか知らないが

あたいはお前を許さない



『そんなに花魁が大事なら、すぐにでも誤解を解きにゆけばいいだろう』



 淡々と榊は漏らした



『お前なんかに言われずともそうするわっ!』



『桔梗、行くんじゃない、花魁は今……』



 主人の声など届く筈もなく

あたいはただ

全力で階段を駆け上った

早く……

早く傍に行って

何でもないんだって

姐さんを安心させなければ……



 あたいはそれしか考えておらず

姐さんが誰と居るかなんて

想像もしていなかった


 

 

 

 襖の前

呆然と立ち尽くす

手の平からひらり、手拭いが滑り落ちた

立ち去らなければ

早くここを……

だけど足がちっとも動いちゃくれないんだよ



『桔梗を御指名なされたそうですが……いかがでしたか?』



 あんまりじゃないか

姐さんは……

あたいがそんな事すると思っていたのか?

あんたの想いを知りながら

あたいが月影と交わると?

そんな分別の出来ぬおなごだと思っていたの?



『……酷いじゃないか』



 姐さん……

どうしてあたいの胸の瘡蓋を

剥がしちまうのさ

駄目なんだろ?

もっと痛くなるから……

触れちゃ駄目なんだろ?

なのにどうして

……あんたがそれを抉るんだよ



『ひっ……ぅあっ、ぐっ……』



 聞かせてはならない

この様な醜い泣き声

姐さんに

聞かせる訳にはいかない

だけど涙は枯れる事なく

足は動く素振りを見せず……



 酷いよ

あたいはまだこんなにも

あんたを愛してるのに……

あたいには

……あんただけなのに

 

 


 

 

 突然

視界が暗闇に染まった

逞しい腕に

後ろから抱き留められ

大きな手の平が

あたいの目を覆っていた



『……離せ』



『嫌だと言ったら?』



『――このっ』



 振り上げた拳は

榊の手の平に掴まれて

力無く落ちた



『……来い』



 半ば強引な手に引き摺られながら

あたいはやっと

二人から離れる事が出来た



『愛している』



 月影の囁きが漏れ聞こえ

あたいは耳を塞ぐ

幸せそうに身を委ねる姐さんの姿を脳裏に描き

ぎりぎりと唇を噛み締めて

あたいは榊の後ろを歩いた



 胸に渦巻くは

恐ろしく醜い嫉妬の焔



 ああ誰か

あたいの目を抉ってはくれまいか?

あたいの耳を削ぎ落としてくれまいか?

もう二度と……

あんな台詞を

あんたの口から聞かずにすむ様に

 

 

 

 

『入れ』



『……お前なんかの指図は受けな――痛ッ』



 有無を言わさぬ強い眼差し

乱暴に背を押され連れ込まれたのは

世話役頭である榊の部屋だった



『あたいに触るなっ!ここで叫んでやろうか?お前に犯されそうになったんだって、叫ん……』



『大丈夫か?』



 酷く……嫌な気分

こいつは昔からそう

何でも知ったようなふりをして

お前は花魁になれぬだの

女らしくあれだの

散々人を虚仮にする癖に



 こんな時だけ優しくて

丸裸にされたみたいで

気分が悪い……



『お前のせいじゃないか……』



 お前があんな事を言わなければ

あたいは知らずにすんだ

愛し合う二人を見ずにすんだ

全部……

お前が仕向けた事じゃないか


 


 


『お前の為でもある。傷は浅い方がいいからな』



『余計な事をするんじゃないよっ!あたいは別に……姐さんが幸せなら別に……』



『ならばお前は先程何を思った?あの二人に憎しみを感じたのではないか?』



『黙れっ!』



『何故愛してくれないのかと、心の中で叫んだのではないか?二人が壊れればいいと願ったのでは……』



『やめてっ……何故お前は……あたいに辛くあたるんだよ』



 仕様がないじゃないか

あたいにどうしろと言うんだい?

あんな台詞を聞かされて

へらへら笑って二人の幸せを祈れと言うのかい?



 そんな仏様みたいな事……

あたいに出来るわけないじゃないか……

 


 

 

 鼻先を擽る男の匂い

気が付くとあたいは

榊に抱き締められていた



 抵抗は……無意味だ

息苦しい程に強く抱き締める腕を振り払うなど

おなごの力では出来やしない



『まったくお前は……どうして虚勢を張る?何故素直にならない?』



『何を言って……』



『甘えろと、俺を頼れと言っているんだ!世話役をなんだと思ってる!』



 酷く苛立った声で

榊は尚も強くあたいを抱き締めた



『榊……痛いから離してちょうだい』



『断る。離したらお前は逃げ出すのだろう?だから駄目だ』



 そんなつもりはないと

何度言っても

榊は腕を離してくれなかった



 窮屈で

何とも言えず居心地は悪かったのだけど

おかげであたいは

少しだけ冷静になれた



 だけどね榊

ありがとうは言わない



 あんたもあたいの瘡蓋を

抉ってくれたのだから

ねえ榊……

これでおあいこだよ

 


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