-桔梗-[逢引]
-桔梗-[逢引]
『桔梗、ちょっと付き合ってくれないかい』
そう言い笑った姐さんは
どこかふわふわ上機嫌で
返事をする間もなく
あたいを外へと連れ出した
遊女達には
ちっぽけな自由しかなく
行ける所など
数えるくらいしかない
手を引かれるまま
通りを歩く
からんころん、下駄の音と
ふわふわ、姐さんの笑顔
『さあ、着いたよ』
そこは馴染みの簪問屋
あたいは引き寄せられる様に
桜の簪を手に取り
姐さんの髪にすぅと差し込んだ
『……綺麗』
『やだね桔梗ったら、世辞なんか言うもんじゃないよ』
『違うっ、世辞なんかじゃないって』
大声を張り上げたあたいを見て
姐さんはふふと微笑んだ
姐さん……
これは世辞でも何でもない
素直なあたいの気持ちなんだって
言いたかったけど
言わなかった
『姐さん、どうして此処に?』
あたいは馬鹿だ
分かりきっているじゃないか
姐さんの笑顔を見ただろう?
きっと月影絡みの事だ
知ってるのにさ……
どうしてあたいは
聞いちまうんだろうねえ
『月影様に着物を頂いてね……それで……』
ほら見たことか
想像通りじゃないか
全く……惨めだねえ
もしかしたら
あたいの為かもなんて
何を図々しい
ほんに惨めな事よ……
『じゃあ飛びっきり綺麗な物を選ばないと!』
暗い顔をするな
情けない顔をするんじゃない
これはあたい自ら選んだ道だろう
辛くとも
想い続けると決めただろう
『これもいいけど……これも捨てがたい』
『そうだねえ』
あれやこれやと選んでは
次から次へと簪を姐さんに合わせた
何故か姐さんは
自分から手を伸ばす事はせずに
ただあたいの選ぶ簪を
愛おしそうに見つめていた
『やっぱりこれが一番似合う、姐さんこれにし……姐さん?』
真っ直ぐに
あたいを射抜く凛とした眼差しに
あたいはみっともなく簪を掲げたまま固まった
『……何だか逢引みたいじゃないかい?』
顔が熱い
見透かされてしまったのだろうか?
あたいの選んだ簪を
姐さんが生涯身に着ける
月影に抱かれている時も
あたいは姐さんの傍にいれる
そんな気味の悪い欲を
知られてしまったかの様で
あたいは姐さんの視線から逃げるように
顔を背けた
『やあね、何て顔してるの』
恐る恐る見上げれば
とろける程に美しい笑顔
目を泳がせるあたいに姐さんは言った
『桔梗、お前はいつもあたいの好みの物を見つけてくれる……あたいは嬉しいのよ。この簪、大切にするわ』
『……姐さん』
『あとね、気に入るか分からないけれど……これはお前に』
手の平にそっと
桔梗を象った真紅の簪
目頭が熱くなり
不覚にもあたいは泣いてしまった
もう充分だ
愛されずとも
つがいには成れずとも
姐さんは充分
あたいを大切にしてくれているから
『か、家宝にする!』
大袈裟だねえとはにかんだ
姐さんの笑顔が枯れる事のないよう
あんたの想いは
あたいが守ってやるから




