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-桔梗-[願い]

 






-桔梗-[願い]






 


 

 

 主人が止めるのも聞かず

あたいは今宵も牙を剥く



『あんた、大概しつこいよっ』



『やかましいっ!早く出さんかっ!』



 薄汚い男

あんたの様な輩を

あの人の元へ行かせる訳にはいかない



『このゲス野郎っ!とっとと帰れってんだ!』



『なにを~女郎ふぜいが調子に乗りやがって』



 男の手の平が容赦なくあたいの頬を打った

だがね

こんなのは何でもないんだよ

……あの人を守れるなら



『旦那っ、何を……』



 青ざめる主人

男は懐に隠し持っていた小刀を振り上げ

あたいに飛びかかった



『殺れるもんなら殺ってみやがれどさんぴんがっ!』



 いっそ一思いにやっちゃくれないかねえ

あたいも実は疲れてんだよ

届かない想いを抱えんのは

疲れた……


 だからさあ

あの人を守って逝ったんだって名誉を

あたいにくれやしないかねえ



『馬鹿にしやがって……死ねっ』



 振り下ろされる刃に

あたいはゆっくり目を閉じた

しかし

いつまで経っても痛み訪れず

代わりに凛とした声が

小屋に響いた

 

 

 

 

『何をなさっているのです?』



 あんたの声は

こんな時ですら

微塵の動揺も見せず

あたいの心を魅了する



『駄目だよ姐さんっ、あんたは来ちゃ駄目だ……』



『桔梗、もういいから』



『でもっ』



『……下がりなさい』



 あんたの声は

あたいから抗う力を奪ってしまう

あんたの瞳は

あたいから自由を奪ってしまう

こんなのは

格好悪いじゃないか……



 怒り収まらぬ男が

その小刀を華月に向けた刹那

どこからともなく月影が現れ

男は地面に平伏した



 かなわない

あたいは月影には

想い合う二人の間に

あたいが付け入る隙なんか

一つとしてなかった



『頭……冷やしてくる』



 主人にそう告げて

あたいは夜の色街へと駆け出した

重なる二人の姿から

……逃げるように

 

 


 

 

 夜の焔がゆらゆら

水面で揺れた

映った顔の情けなさに

あたいは酷く悲しくなった



 姐さんと出会い

十年の月日が流れた

掟など何も知らないあたいに

優しく手解きをしてくれた姐さんを

好きになるのに理由などいらなかった

おなご同士で可笑しいかい?

そうだろうねえ……



『ほんにあたいも諦めが悪い……』



 姐さんが誰を愛しているかなんて聞かずとも分かる

だってあたいは

ずっと姐さんを見てきたから



『桔梗』



 柔らかな手の平が

あたいの髪をそっと撫でる



『泣いてるのかい?』



『泣いてなんか……ないっ』



『そう……なら良かった』



 それきり姐さんは

何も言わなかった

何も言わず

ただあたいの頭を撫で続けた

 

 

 だからあたいは

この時が永遠に続きますようにと

夜空に流れた星屑にそっと願った

それは姐さんの望むものではないけれど

 

 

 手前勝手なあたいは

そう願ったんだ

 

 


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