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Love me, Kitty!!  作者: りほ
4/6

What is your name?

犯罪はダメ絶対!


「ないよ」


あっさり言い放った奴に俺は眉をひそめた。


「んなわけねぇだろ」

「それが事実なんだよねえ残念ながら」


20分前、ガキを文字通りぶら下げて戻ってきた俺を見てアメデーオは爆笑した。5歳の頃アメデーオにもらった誕生日プレゼントが古典的なビックリ箱で開けたとたん衝撃のあまりまっぷたつに引きちぎった時と同じ笑い方だった。今回はその時以上に本気で殺意がわいた。鳩尾に一発キメるだけでおさめた俺の理性を讃えてやりたい。

スラれたマフィアが依頼していったガキの情報をまとめた書類(未売却)をめくりながら、間違いないよ、とアメデーオはもう一度言った。


「その子に名前はないね」


俺は、家というより掘立小屋の中でむきだしの地面をならしただけの床に座り込み自分の右手をいじくっているガキを見やる。

適当に切ってしまったがどうやら天然パーマらしいくしゃくしゃの髪と、それが覆っている小さな丸い頭と短くがりがりの手足。「当然ながら戸籍も出生登録もないね」それは予想していた。


「ここで暮らしてたなら誰かしらこいつの面倒をみてたはずだろ。こんなガキが一人で生きてけるかよ」

「それがこの子2年くらい前にふらっと住みついた子でさ。最初のうちは僕も気にかけてたんだけどなんだか自活してるっぽいし別に大丈夫かなと。だってたぶんこの辺では僕の次に稼ぎ多かっただろうし」

「おまえはなんて呼んでたんだ」

「いやー、呼ばないでも寄ってきたから呼ぶ必要がなかったというか、あははー」

「なんでだよ……」


ため息がもれた。親父と懇意にしているこいつとの付き合いはそれなりに長いのだが、あいかわらず考え方が理解できない。殺すなと念を押すほどかわいがっているガキに名前の一つもつけてやんねぇのか。

ガキはいくら触れても反応しない右腕に飽きたのか今度は足の包帯をいじり始めた。


「坊がつけてやってよ」

「オサカベの名前のつけ方なんて知らねえよ」

「正確に言うとヒサメの子だね」


ヒサメはオサカベの中でも最も小さな国で、最も技術力のある国だ。食料は完全輸入制、農業を放棄して工業国として名を馳せている。


「戸籍はないんじゃなかったのか?」

「僕を誰だと思っているんだい?地道に辿ったんだよ、売人ルート。まだ生後間もない時期にヒサメからチェン、タイロー、ブラシュカロを通ってエメリアへ」

「……スペロファミリーだな」

「坊は力任せじゃないから好きだよ」


スペロは中の上程度の規模で、このあたりに根を下ろしていたそこそこ羽振りのよいファミリーだ。このスラムはスペロの根拠地だった街に付随していたもので、ファミリーが2年前にうちに吸収されて街が廃れ、さっきシャワーを浴びパンを食ったあの小さな町だけが農業に依存していたおかげで残ったあとも、ここには行き場のないやつらがしがみついている。

スペロのようにここ百年の間に軍の力を利用してのしあがってきたファミリーは少なからず自警団的な性格を脱しているから、裏で人身売買に手を出していたとしてもおかしくはない。

が。


「わざわざヒサメから持ってくるか普通」

「最初はまあ妥当な値段だったけど、最後は500万ランゲで買われているね」

「500万!?」


絶世の美女ならともかく手間のかかる赤ん坊に500万は多すぎる。4人家族が10年生きていける額だ。


「もちろんチェンからも何十と送られてきてるよ。ただヒサメで調達できたのはこの子だけみたいだ。さすが先進国。あとは途上国の子供が多いかな…ただ値段はだいたいどこの子も同じだね。買った子を転売もしてない」

「スペロはなにやってた」

「さあ、そこまでは。チェスカトロに吸収されて情報は全部そっちに持って行かれたから、坊のほうが詳しいんじゃない?―――ああ、謹慎中だっけ、ごめんね」

「もう一発喰らいてえのかてめぇは?」

「いやだな余裕を持たないと女の子に嫌われちゃうよ。このデータだって国中の人身売買の仲介人を虱潰しにして作ったんだから。お金くれるならもっと調べてあげるけど」

「………いや、いい」


苦虫50匹をまとめてかみつぶしたようになってると自分でもわかる俺の顔を楽しそうに眺めまわしてから、アメデーオは「こっちおいで」とガキを手招き自分の膝に抱きあげる。


「坊もいいことするじゃないか。洗ってあげるなんて」

「俺はゴミの臭いは嫌いなんだよ」


感情の読めない表情はおよそガキらしくないが、アメデーオの膝の中でちんまりおとなしくなっている様子とさっきの泣き方はこのままここに捨てて帰ろうかという選択肢を諦めるのに十分な威力を持っていた。それ以外に理由はない。哀れだからだ。おまけにスペロの人身売買の被害者というなら、現在スペロの上に位置するチェスカトロの構成員として、とりあえず、自警団的な意味で、責任は感じる。だから連れて帰る。

断じてこのガキがかわいいからとかそういうんじゃねえ。





「―――ひな」

「ヒナ?なにが?……あ、この子の名前?なんでひな?」

「昔ヒサメ語の教本に出てきた」


そういうとアメデーオはからから笑っていい名前じゃないか、と言った。


「名前が決まったよ、ひなだってさ。よかったね、ひな」


ガキはアメデーオに手を握られながらきょとんとしている。


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